三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

オオカマキリと少年II——梅雨

オオカマキリは、孵化したときの姿の原型をとどめたまま、成虫になる。いわゆる不完全変態の昆虫と呼ばれるこの手の種は、脱皮を繰り返すことで、徐々に成長していく。そして、その脱皮を行なった回数で、呼び名の方も1齢虫、2齢虫、3齢虫といった具合に変化…

オオカマキリと少年I——卵

11月下旬、窓の外には雪が降り積もっていた。外に生き物の気配は感じられない。多くの昆虫は秋に産卵をし終えるとやがて衰え、外気温の下降とともに力尽きてゆく。少年の飼っていたオオカマキリも、陽光とストーブの火の温もりに温められながら、静かにその…

少年時代

少年の住む場所は、市街地から少し離れた場所にあった。団地という言葉が地名に入っているもののの、住宅同士は決して密集することなく、一定の距離を置いてのびのびと立ち並んでいた。住宅は「目」の字でいえば、三つに区切られた空間の右側に数件あって、…

ラジオ体操の夏

7月下旬、午前7時、この日も少年は眠い目を擦らせながら、なんとか起きることができた。 「もう、勘弁してくれよ」 小学6年生になると、町内会の班長という、いわゆる生徒代表のような役割があった。少年の住む町内に、彼の同級生は誰一人としていなかったの…

オーシャンビューホテルでの一騒動【トルコ滞在記】

※この記事には"昆虫"が登場します。苦手な方はここでドロップアウトなさることをお勧めします。 この日はトルコ南部のアンタルヤというところにいた。ここはマナウガト(Manavgat)というエメラルドグリーンの滝と、地中海が有名なリゾート地であった。筆者は…

トルコの結婚式に行く【トルコ滞在記】

この日は、トルコの結婚式にお邪魔することになった。筆者が過ごしていたのは、トルコ中部に位置するネブシェヒルという地域だった。ネブシェヒルは、カッパドキアのあるギョレメ国立公園が世界遺産に指定されていて、毎年多くの観光客が訪れる。キノコのよ…

空港とホテルとハンバーガー【トルコ滞在記】

成田空港から約12時間、イスタンブルのアタトュルク空港に到着した。無事トルコに到着したと安堵するのも束の間、早速、サマースクールのスタッフを探さなくてはいけない。日本人は他にもいるはずであったが、それぞれが別の席に座っていたためか、見つける…

さあ、再出発だ——エレカシ全作レビューXVIII『STARTING OVER』

一曲目の「今はここはが真ん中さ!」の一音目、そして歌い出しの一節目から強い決意として感じられた、"STARTING OVER"、いうならば、"一からの再出発"という言葉。堅い合金のような冷たさを持ったサウンドは、磨き抜かれた金属光沢を放っていて、鋭利に尖っ…

路地裏猫街道 2

www.miuranikki.com ある日、目が覚めてからいつものように、窓の外をのぞいてみると、"猫のお爺さん"はすっかり狼狽していた。突然、猫が路地裏からいなくなってしまったのである。彼は、「おーい。どこに行ったんだい」と、猫を呼ぶ合図を口で鳴らしながら…

ある元旦のこと、続(つづき)

1月3日 祖父の遺体は、実家ではなく、五城目町の葬儀場へと運ばれた。葬儀場の中に寝泊りができるような部屋があって、遺体もそこに運ばれた。小綺麗な和室で、冷蔵庫や調理場、さらには浴室まであって、旅館の一室のようになっていた。 祖父の棺に入れるも…

ある元旦のこと

12月31日 早朝、飛行機で秋田へ帰省した。この季節にしては、珍しい雨模様だった。秋田市の少し外れたところにある実家に着くやいなや、母の面持ちはどこか神妙だった。祖父の容態があまりよくないという。余命は一週間。11月に入ってから、入退院を繰り返し…

キャンドルと一筋の煙

寝る前は決まって、本を読む。間接照明のオレンジ色の灯りの下、白地に印刷された浮かび上がってくる一文字一文字に集中する。次第に視界がぼんやりとし始め、いけない、いけないと言って灯りを消す。それが就寝前の私の日課になっていた——。 とある日、家電…

2058

2038年、カジノ関連法案が成立すると、巨大なギャンブル施設はいたるところに建設された――。 それから20年が経ち、東京はどこもかしこも似たような商業ビルや高層マンションで町中が埋め尽くされていた。その中でも特に、上野周辺の再開発の前後の差は顕著だ…

「歴史」は敗北の産物である (後編)—エレ歌詞論考VI

前回は、「歴史」の歌詞の内容的な部分に触れた。抽象性と具体性の天秤が"森鴎外の人生"をテーマに据えたことで具体性の方に傾き、その視点は三人称で貫かれたことで俯瞰的なものになっていた。彼らの共感性が抽象と具体とのバランス感覚の良さと、私小説的…

「歴史」は敗北の産物である (前編)—エレ歌詞論考VI

エレファントカシマシの「歴史」は、2004年にリリースされた『扉』に収録されている。ドキュメンタリー映像の『扉の向こう』では、その制作風景が収録されているが、この曲の"歌入れ"はレコーディングの最後の最後まで残ったということで、歌詞に関して相当…

「友達がいるのさ」の冒頭部分の描写について—エレ歌詞論考V

東京中の電気を消して夜空を見上げてえな エレファントカシマシの『風』(2004)に収録されている「友達がいるのさ」。この楽曲は、なんといっても先に載せた冒頭部分が強烈な印象を放っている。聴くものを一瞬にして惹き込んでいく魔力を持ったようなフレーズ…

「シグナル」の"町を見下ろす丘"について—エレ歌詞論考IV

エレファントカシマシの「シグナル」は、2006年リリースの『町を見下ろす丘』に収録されている。この楽曲は、表題と同じ〈町を見下ろす丘〉というフレーズが登場する。非常に端的で、印象に残るフレーズである。そして何より、具体的な場所の名前は一切登場…

路地裏猫街道

カーテンの隙間から朝日が差し込んできていた。それだけでなくこの日は、外から猫の鳴き声も聴こえてきていた。私の暮らすアパートは、窓を開けるとすぐにちょっとした小道があった。アパートや住宅地の間をまっすぐ貫くようにのびる小道にはレンガが敷かれ…

東京ディズニーシーの思ひ出

東京ディズニーシーに行く——。アキ・タケン(秋田県)という山に囲まれた辺境の地に身を置く当時小学生の筆者にとって、このことはとんでもないくらいの冒険であり、ユートピアを目指す夢への旅路であった。長い長い空と列車の旅の果てに、家族一同を迎え入れ…

"自由気まま"な奥田民生の歌が"牙を剥く"とき

奥田民生の父、幹二氏はかつて共産党議員であった。"蛙の子は蛙"ということわざの逆には、"鳶が鷹を生む"ということわざがある。奥田民生は、そのどちらか。息子民生は、小学校6年生から上京するまで『赤旗』日曜版を配達していたという。また、父が街頭演説…

地方出身者の東京、幻想ーサカナクション「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」より

心地のよいダンスビートはBPM120、AM1時の恵比寿リキッドルームで——。 この曲を一聴すると、東京というアイコンが持つ、整然としていて無機質なイメージが想起されてきた。ただしそれは、東京の表層部分、もっといえばライブハウスの中での話に過ぎない。一…

善人と悪人、両者を平等に苦しませる酷寒の悲劇―『ウインド・リバー (Wind River)』(2017) レビュー

草原がなびく私の理想郷 風が木の枝を揺らし水面がきらめく 孤高の巨木は優しい影で世界を包む 私は このゆりかごであなたの記憶を守る あなたの瞳が遠く現実に凍えそうな時 私はここに戻って目を閉じ—— あなたを知った喜びで生き返るの やさしく、満たされ…

軽やかさ、いまだ健在——Green Day『Father Of All...』レビュー

3年ぶりにGreen Dayの新作がリリースされた。2000年代、特に2004年、ジョージ・W・ブッシュ政権を痛烈に批判した『American Idiot』、そして、アメリカ社会を痛烈に皮肉った、2009年リリースの『21st Century Breakdown』以降の彼らは、自身の生み出した政治…

自身の信条と、それに背反する精神との戦い―『ハクソー・リッジ (Hacksaw Ridge)』(2016) レビュー

第二次世界大戦は、多くの犠牲者と憎しみを生み出した惨状であった。同時に、世界中で多くの作品も生み出すことにもなった。『ハクソー・リッジ』もまた、その数ある産物の内の一つである。作品の舞台は太平洋戦争末期、1945年5月の沖縄の前田台地。ハクソー…

人間のエゴについてーオーストラリアのカンガルーから

オーストラリアでは、カンガルーが増えているらしい。そうこうしている間にもどんどんと......。その数は約5000万頭だとか。オーストラリアの人口が約2500万人なので、人口密度よりも、"カンガルー密度"の方が高いという計算になる。なぜ、こうも増えてしま…

君にとり唐をあげたい

揚げ物って、すごく面倒なのよね〜。何よりも、油がはねるのが怖くて怖くて。もう何度やけどしたことか。夏だったらなおさら嫌ね。キッチンはただでさえ暑いのに、揚げ物をするとそれだけで体感温度が一気に上がった感じがするんだもの。あと、準備も面倒ね…

ショウガ焼きを極めたい

生姜焼き——何の疑問もなしに使っているこの言葉、語義通りに受け止めてしまえば、生姜を焼いたもの。ある意味これは、レトリックである。とことん無駄が省かれたその名前に薬味である身分の生姜は謙遜をする。「ははぁ、恐縮極まりない。私は、主役ではない…

イメージについてーCMとピラミッドとお茶石鹸

世の中の、ありとあらゆるものにはイメージが付きまとう。 たとえばCM。ビールのCMに出ている俳優が、グイっとビールを飲みつつ、「これ、美味いねぇ。やっぱり◯◯(商品名)でしょ!」と言うものがあったとする。ビアガーデンか何かの屋外で、同僚がいて、乾杯…

青年の老年期——エレカシ全作レビューXVII『町を見下ろす丘』

"四〇歳は青年の老年期であり、五〇歳は老年の青年期である" 詩人であり『レ・ミゼラブル』などの著書で知られる、ヴィクトル・ユーゴーはこんな言葉を遺している。40代と50代を大きな境目に前者を青年の終わり、つまり老年期に。そして後者を老年の始まり、…

その歌声、狂暴につき——宮本浩次『宮本、独歩。』レビュー

宮本浩次のデビューアルバム、その名も『宮本、独歩。』。タイトルに固有名詞が使われるのは、バンドのデビュー当時の作品を彷彿させる(『THE ELEPHANT KASHIMASHI 』、『エレファントカシマシ5』など)。無論、今回はバンド名ではなく自分の名前。ここで、あ…