三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

東京ディズニーシーの思ひ出

東京ディズニーシーに行く——。アキ・タケン(秋田県)という山に囲まれた辺境の地に身を置く当時小学生の筆者にとって、このことはとんでもないくらいの冒険であり、ユートピアを目指す夢への旅路であった。長い長い空と列車の旅の果てに、家族一同を迎え入れてくれたのは、大きな建物であった。白黒映画で観たような、1930年頃のアメリカで旅行者たちが使っていたスーツケースと、帽子箱の形をしたユニークな建物には、"Bon Voyage"という看板が。良い旅を——。なるほどそうか、我々の旅はこれからがスタートなのだ。そこで、幾分かの物資(グッズ)を調達したのち、ディズニーシーへの門(ゲート)へと繋がる列車へと急いだ。

 

ディズニーシーに到着したのは、開園の30分ほど前。夢の世界へと続く門の前ではすでに、多勢の民衆がその開門を今か今かと待ち望んでいた。我々もその流れに身をまかせ、粛々とその瞬間を待っていた。そのときである。制服を身に纏った若い女性が、我々一同に声をかけてきた。この夢の国ではどうやら労働者のことをキャストと呼ぶようだが、彼女もまたその一人のようであった。
「あ、あの、すみません——」
小さい声でささやく彼女の佇まいは、周りにこのことが聞こえてはならないといった様子である。はてさて、なにか具合の悪いことでもしてしまったのか。はたまた、我々辺境者の入場はこの国では承諾されないのか。ここまできたのも、全て水の泡。神よ、どうかお助けくださ......
「ちょっとですね、皆さまにお手伝いしてもらいたいことがありまして——」
すみません、の後に続いた言葉は意外なものだった。お手伝い——。我々のような辺境から訪れたものは、その立ち振る舞いで分かってしまうという話を聞いたことがある。やはり、使っていた言葉だろうか、アキタ語(秋田弁)は、北の一部の地域の者しか使わない特異な言語であった。なるほど、神は我々にこの国へ入るための、試練を与えてくださったということか。

 

具体的には何をするのか、と問うてみても詳細は語ってくれない。それだけではない。彼女の表情は先ほどにも増して、何か触れてはいけないものを触れてしまったときのような神妙なものへと変化していた。
「えぇとですね、詳しい話は、こちらでしましょう——」
入場券を確認されたのちに、我々は正面のゲートから少し離れた、小さなゲートへと通された。不安と、一抹の期待のようなものが入り混じる一同。しばらく歩いたのちに案内されたのは、大きなソファーが置かれた一室。ソファーの横には、船長の姿をしたミッキーとミニーの大きなぬいぐるみが飾られてあった。部屋全体が高級感のある木目調になっていて、どうやらここが来賓客用の部屋であったことは、辺境の我々にも一目瞭然であった。

 

「皆さんは、どちらからいらしたんですか?」
「アキ・タ(秋田)です」
そう答えると、先ほど我々を呼び止め案内してくれた女性の表情は、たちまちパーッと明るくなった。安堵したというか、辺境の地からはるばる訪れた人たちを選んで良かったというような、そんな含みを持った笑顔だった。
「本日、皆さんにやっていただきたいのは、東京ディズニーシーの開園の合図です」
そのように告げられた。この夢の国では毎日、開園時にゲート内で労働する人々にその開始を告げる合図を出しているという。そしてその役割が、我々に担われるということであった。指示があったら、拳を握った手を高く挙げ、5回腕を回す、それが合図になるとのことだった。

 

開園時間の5分程前になって、一同は所定の位置にスタンバイすることになった。巨大な地球儀の前にステージのようなものがあって、そこに誘導された。ステージでは、なんとミッキーとミニーが出迎えてくれた。この国の象徴のような存在に、いきなり至近距離で出迎えられたことは、我々にとってこの上のない悦びであった。あたりを見渡してみると、音楽隊も待機している。いよいよ、門が開くときが来た。きらびらかなファンファーレが鳴らされると、キャストが我々に指示を仰いだ。拳を握った手を高く挙げて、5回腕を回す——。

 

まもなくして門が開くと、待ちわびていた群衆が一斉に夢の国へと雪崩れ込んできた。我々の役目は無事に果たされた。幕開けの時点で何という達成感なのだろうか。いきなり映画のクライマックスが訪れたような感じだった。撮ってもらった写真をもらい、ミッキーとミニーに別れを告げる。案内してくれたキャストは——すでにどこかへ消えていた。再びミッキーとミニーの方に視線をやってみると——彼らの姿ももういない。あれは幻だったのだろうか。夢から覚め、再び夢の中へ——。こうして我々もまた、群衆の中へと紛れていったのであった。初めて家族で行った、東京ディズニーシーでの思い出である。

 

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今週のお題「激レア体験」