三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

諏訪に行った日のこと 後編――諏訪大社と友人A

12時20分頃上諏訪駅に到着し、レンタルしていた電動自転車を返却する。この日は友人Aがちょうど地元の諏訪に帰省していたとのことだったので、午後から一緒に回ることになっていた。Aに電話をしてみると、駐車場からAが現れた。どうやらちょうど到着したのだという。運転する自動車の中ではChildren of Bodomが流れている。彼はメタルが好きであった。Aの母校や、高校時代ライブをしていたというライブハウスを車越しに眺める。両親が筆者に一度会いたいとのことだったので、いったん彼の実家へと向かうことになった。まずは母の方が現れ、それから父とAの兄が現れる。少しばかり挨拶をしてから、昼飯についてどこに行けばよいかを教えてもらう。玄関にあるショーケースにはアメフトのグッズやら音楽のグッズやらがびっしりと飾られていた。Aはものを一切集めないが、どうやら父の方は収集癖があるらしい。母から教えてもらった八洲そば店というそば屋へと向かう。駐車場はとても混んでいたが、店の中は空いていた。そばとソースヒレかつ丼セットなるものを注文する。せっかく長野に来たということで、イナゴの佃煮も頼んだ。待っている間、Aに先ほどまでに回ったロケ地について説明すると、
「あー、あそこねー。しってるしってるー」
と何度も言っていた。自分も逆の立場ならそのようなリアクションを取るだろう。地元に住んでいると、非日常感や新鮮さはどうしても薄れてしまいがちなのである。提供されたそばはザラッとした舌触りの信州そばで、これぞ、求めていた味であった。ヒレかつも柔らかくボリューミーでとても美味しかった。不思議なことにイナゴからは微かに畳の香りがした。

 

いよいよ本日のメインイベントの、諏訪大社へと向かう。諏訪大社は上社と下社があり、まずは上社へと行く。上社はスケールがとにかく大きい。駐車場も大きい。もちろん無料である。神社からは荘厳な雰囲気を感じる。巨大な鳥居、そして本殿のすぐ奥は山に面しており、自然と神の場所が地続きであることを感じる。Aは何かあると、ここによく来るのだという。本殿までは催事以外は入ることができず、その前で参拝をする。参拝するとき、前のカップルのTシャツにそれぞれ「Loud」と「Chaos」と書かれているのが目に入った。なるほど、諏訪大社はメタルの聖地であったか――。おみくじを引く。小吉であった。年始は新しいことを始めた方が良いという風に出たが、今回引いたのは、その逆のようなことが書かれていた。おみくじはその時点での方針が示されるが、今はそういうことなのだろう。続いて下社秋宮の方へと向かう。途中、諏訪湖が見えた。冬、氷が競り上がってくる御神渡りは、上社と下社を直線でつないだところにできるのだという。車内には諏訪市出身、美川憲一の「さそり座の女」を流した。随所に入るベースの「ッベェーン」というフレーズが妙に頭に残り、取りつかれたかのようにリピートした。下社は上社に比べ静謐な感じであった。回廊を通って、本殿へと向かう。御柱祭で使われた木が建てられていた。木皮を剝がされた御柱は白く、美しく輝いていた。

 

下社の近くに宿場町があるとのことで、そちらの方へと向かう。進んでいくと、漆で染め上げられた建物が連なっているのが見えてくる。宿場町は坂道になっていて、坂を下っていくと今は民家として使われているらしい場所へ差し掛かった。とはいえどこの家も屋号の看板が軒先にあり、当時の面影が感じられる。この場所は温泉も多数あり、旦過の湯という温泉はその熱さで有名なのだという。言ってしまえば皮膚の感覚が半ばおかしくなった老人が入るような湯(失礼である)で、Aが以前行ったときはお湯に入ることができなかったという。源泉かけ流しで、水で薄めることもできないそうである。少し興味はあるが、入ったら入ったで大変なことになりそうである。その付近で蛇口から滾々と水が湧いている場所を見つけたので触ってみると熱いお湯で驚く。湧き水ではなかった。宿場町の始点付近にある創業明治6年の新鶴本店という和菓子屋で塩羊羹を購入する。それから、湖沿いを走ったところにある、タケヤ味噌の直売所に行って、気に入った味噌をいくつか買う。田舎みそと信州味噌を買った。直売所というだけあって工場が併設されており、大きなタンクが目に入る。帰り際、味噌ソフトを買ったはいいが外に出た途端、あっという間に溶け出してしまう。まったく、今年の夏の暑さは異常である。次に、ヌーベル梅林堂でくるみやまびこを購入する。これは以前、Aからもらったときに衝撃的に美味しいお土産として強く脳裏に残っていたのだった。一言で表すならば"和製スニッカーズ"という感じだろうか。

 

再び、Aの実家へと戻り1階の居間へと案内される。祖父母の写真が飾られており、置物や骨董がいたるところに置かれている。Aが押し入れから軍刀を取り出した。旧日本軍に従軍していた祖父の本物だという。畳でしばらく休む。Aは疲れていたのか、横になる。麦茶を出してもらったのでそれを飲む。扇風機の音だけが聞こえてくる何とも静かな時間である。実家というのは人を問わず、誰でも無気力にさせるのだろうか。18時前、Aの家族と勝味庵というとんかつ屋に行くことになった。家を出る前に、諏訪にまつわるお土産をAの母からいただいた。本当にありがたい限りである。部屋は襖で仕切られた掘りごたつの個室になっていた。ヒレカツ定食を注文し、馬刺しも頼む。ご厚意により、ビールまでいただいてしまう。友人は乗り物に乗る前に飲むと具合が悪くなると言って、結局自分一人だけが飲んでいたので、なんだか申し訳なくなってしまった。本当は飲みたかったAの父が
「もー!だから言ったじゃないのー!」
と悔しさを滲ませていたのがなんとも可笑しかった。

 

とんかつは上質な味がした。ヒレカツなのにしっとりとしていてとても柔らかい。衣の具合もちょうど良い。とんかつと馬刺しをつまみにビールを飲む。話はAの普段の生活から、諏訪にいた頃の話になった。それから、自分とAがこれまでに旅した場所の話もした。話をしていると、その両親と話しているというよりは、彼の年の離れた友人と話しているような感覚があった。最後にイワシの刺身まで頂いた。何とも楽しいひと時であった。何から何まで至れり尽くせりで、感謝である。帰りは上諏訪駅からではなく、茅野駅から乗った。Aの家族は改札の方までわざわざ見送りに来てくれた。最後に、皆で「御柱祭り」と書かれた看板の前で写真を撮って別れる。諏訪から新宿まで今日の思い出を振り返る。ふと車窓に映った自分の顔を見てみると、鼻が真っ赤に日に焼けていた。今日は良い"海"の日、ではなく"湖"の日であった。

 

www.miuranikki.com