三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

金木犀と郷愁(ノスタルジア)

朝、窓を開けると、金木犀の香りが部屋に送られてきた。外を眺めてみると、隣の家に鮮やかなオレンジ色の小さな花が一斉に咲き誇っているのが見えた。部屋に掃除機をかけて、洗濯物を干してから、昼食を食べに外に出る。その途中の道でも金木犀が香ってきた。甘い芳香が、秋のすっきりとした空気と混ざり合う。普段は何気なくそこにある"木"であるのに、秋の一時だけその存在を目一杯誇示してくる。世の中にはこんなにも多くの金木犀の木が植えられているということに気付かされる。けれどもそれは花が終わるとともにまた忘れてゆく。

 

午後はまったくやる気が出ない。秋は何もせずにただ漫然と過ごしているだけで、充足されてしまう。夕方、インターホンの音ではっと目が覚めた。ドアを開けると作業着を着た男性が立っていた。近隣で工事が行われるらしくその挨拶に来たようである。これ以上寝ているのももったいないと思って、そのまま買い物に行くことにした。老夫婦のやっている肉屋で総菜と豚肉を買い、隣の八百屋に行って野菜を買う。この日はピーマンが新鮮であった。店を出て、高校の前を通りかかったときにもやっぱり金木犀の香りがした。

 

それから写真屋に行って、取り寄せていたフィルムカメラを見に行った。カメラを手に取る。以前父が使用していたものと同じメーカーのもので、状態は非常に良かった。シルバーのボディで、カメラの正面にはメーカーのロゴが刻印されている。レンズは父のものを使用できるとのことだったので、これを購入することにした。単焦点レンズもそこで取り寄せ、いよいよ写真家人生のスタートという感じである。何だか初めてエレキギターを買った時の感覚に似ている。

 

夜は鍋にした。冷蔵庫にあった残り物の食材を入れた。出産祝いのお返しに貰っていたクラフトビールも飲んだ。21時過ぎ、LINEの通知が来ていたのでみてみると、高校のクラスの"グループLINE"で、Tが高校時代のことについて質問してきたのだ。面白がって私が答えてやると、今度は個人のチャットで連絡が来た。すると間もなく電話がかかってきた。Tと話をするのは、高校を卒業して以来のことであるから、かれこれ7、8年ぶりだろうか。彼は結婚して、半年前に子どもが産まれていた。けれども話し方や笑い方はあの頃のままだった。謙遜するところも全く変わっていない。彼は剣道のいわばスペシャリストで数々の大会で優勝しているが、その凄さを全く出さない所が相変わらず尊敬できる。
「近々、秋田でまた会おう――」
物事というのは、何かをきっかけに一気に進んで行く。秋の郷愁(ノスタルジア)がそれに拍車をかけるのだろうか。金木犀がまた部屋の中に香ってきた。