三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

33/100――エレファントカシマシ 日比谷野外大音楽堂 concert 2023 ライブレポート 前編

つい先日までの記録的な暑さが嘘だったかのように、この日の東京には冷たい雨が降っていた。日曜日、霞ヶ関駅周辺は閑散としている。道行く人々は傘を開き、俯き加減にそそくさ歩いている。
「ピヨ、ピヨ、ピヨ……」
交差点、音響信号の鳥のさえずるメロディーを通り過ぎると、日比谷公園に着いた。ビル街の中にそびえる木々のトンネルの中を進んでゆく。時刻は午後3時を回った頃、鉛色の雲に覆われた空は既に暗くなり始めている。日比谷公園には多くの人が集まっていた。2023年10月8日、エレファントカシマシのコンサートが、ここ日比谷野外大音楽堂、通称野音で開催される。歩道と緑地との境にある手すりや、各所に点在している大小さまざまな石垣には、雨具を着た人たちが一定の間隔で腰掛けている。彼らはいわゆる"外聴き"をするのだろうか。歩いていると時おり、銀杏の独特な臭気が湿った風に送られてくる。紅葉の季節にはまだ早く、公園の木々は夏の終わりの余韻を残していた。

 

野音の外周をぐるりと囲むように列を作って並んでいる人々は、この日入場を許されたいわば"強運"の精鋭たちだ。幸いなことに筆者も場内に入ることを許されていた。実に2016年ぶりのことであった。会場の入り口付近に備え付けられている音の割れたスピーカーからは、入場案内の録音音声が繰り返し流されている。「日比谷100周年 HIBIYA YAON 100th Anniversary 2023」と書かれた看板がそのすぐ近くに立て掛けられているのを見つけた。野音は100周年記念事業として来年から建て替え工事が行われ、現在の建物は2024年9月30日をもって使用不可となってしまうという。今の野音で彼らがコンサートをやるのはこれで最後になってしまうかもしれない――。そんなことを思うと途端に寂しくなり、カメラのファインダーを野音に向け、何枚か写真を撮った。雨は引き続き、一定のリズムでぽつぽつと地面を濡らしている。

 

後方立見席は指定席とは異なる列に誘導された。午後4時になり、整理番号の順に一人ずつ呼ばれていく。
「じゃあね、楽しんできてね――」
一緒に来たと思しきとある2人組の女性は、どうやら一方しか中に入れないようであった。スマートフォンの電子チケットに記載された整理番号は3ケタ代、呼ばれるのは後ろの方であるらしかった。運転免許証でIDチェックを済ませてから場内に続くスロープを上ってゆく。入場の手続きに時間がかかっているのか、列はなかなか進まない。会場内からは開演前のBGMがぼんやりと流れてきていた。坂を上りきると前方のステージよりも先に、人だかりが目に入った。どうやらグッズ販売の列のようだった。後方立見席は、PAや関係者席のあるテントブースの真横にあった。透明のレインコートや鮮やかな色をしたポンチョが次第に会場を埋め始めていく。

 

この日の開演前のBGMは雨にふさわしいアンビエント、あるいはアコースティックな楽曲が続く。スネイル・メイルの「Easy Thing」、Yo La Tengoの「Miles Away」、そしてジェイムズ・ブレイクの「Asking To Break」、いずれも2023年にリリースされた新作である――。このプレイリストは一体誰が考えているのだろう。開演10分前くらいになると、ステージの方から演出効果のスモークが辺りに広がりはじめる。申し込みの都合上、会場には1人で来ている人がほとんどだったように思える。そのせいもあるのかもしれないが、恐ろしいくらいに静寂で張り詰めた空間になっていた。あるいは歴史ある野音の佇まいがそのようにさせたのかもしれない。そして、その様子は、これから始まる厳粛な儀式を待っているかのようにもみえた。前の方はスモークでぼんやりと霞んでいる。Clarkの「Medicine」の低音のビートが響き渡ると、いよいよ野音はただのコンクリート造りの建物ではなく、神事を行う舞台のような様相を呈し始める。午後5時ちょうど、BGMが止むとまもなく、淡黄色のライトがステージをパッと明るく照らし出した。エレファントカシマシ、33回目となる野音の幕開けだ。

 

万雷の拍手の音に包み込まれる中、メンバー達は声援に応えるまでもなく、それぞれの持ち場へと向かう。宮本のかき鳴らされたギターが波のようにメンバーに伝播していきながら始まった「地元のダンナ」。宮本の歌声は1曲目から伸びやかであった。この日は4人のメンバー、宮本浩次(Vo./Gt.)、冨永義之(Dr.)、高緑成治(Ba.)、石森敏行(Gt.)の他に、サポートメンバーに細海魚(Key.)が加わった5人編成。珍しくギターにはサポートは入れずに、宮本と石森の2人だけという布陣であった。そのせいなのかこの日はいつにも増して宮本のギターの音量が大きく感じる。構築された音の波はまもなく観客の一人一人を震わせていく。とはいえ会場は、開演前に醸成されていた静寂の余韻を引きずりながら、静かな燃え上がりをみせる。久々の新型コロナウイルスによる制約のない野音に、観衆の中には少しばかりの戸惑いもあるいはあったのかもしれない。

 

「いつものとおり」から間髪を入れずにギターのアルペジオのイントロが宮本によって弾かれる。それからほんの一瞬だけ間をおいて「もしも願いが叶うなら」が始まる。無駄が一切そぎ落とされたバンドサウンドに乗せられる宮本の高音域は、1994年のリリース当時以上に瑞々しい歌声となって野音の空に消えてゆく。アウトロの<朝が来る前に 朝が来る前に……>と繰り返されるところでは、鐘の音の旋律を思わせるギターが鳴り響き、この日の幕開けを何とも武骨な形で演出していく。近年の野音の序盤といえば、彼らのキャリア初期の楽曲、特に1枚目から5枚目のアルバム収録曲が演奏されることが多い。ところが今日はこのタイミングで『東京の空』からの1曲が披露されたので、思わず声が出るほど驚いてしまった。もしかすると今日は、これまでに築き上げられてきた野音の"型"を一切合切破ってしまうようなコンサートになるかもしれない――。ふと、そのように直感したのだった。

 

続いて披露されたのは「季節はずれの男」。濃青色のライトに照らされて歌い上げられる<雨の中俺は遠くへ出かけよう>という冒頭部分が、やけに実感をもって雨の野音に広がってゆく。エレファントカシマシには"雨"が登場する楽曲は多くあるが、ここ最近のコンサートでは「かけだす男」が披露されることが多かったため、こちらもまた珍しい選曲であったといえる。この辺りから会場に充満していた緊張感が徐々にほぐれてくるのを肌で感じる。いわゆる"レア曲"の応酬はまだまだ続く。「赤き空よ!」は「CONCERT TOUR 2011 "悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~"」のセットリストに入っていた以外は、数える程度しか演奏されていない楽曲。空を見上げてみると灰色の雲はより一層濃くなっている。一方でステージの方はオレンジ色の照明が照らされ、夕暮れ時の情緒が表現された歌詞が宮本の口から次々に放たれてゆく。すると、会場はこの瞬間だけ、"ゲリラ的"に東京の秋の夕暮れの風景が構築されてゆくのだった。

 

「デーデ」、「珍奇男」とすっかり"アンセム・ソング"となった楽曲が立て続けに演奏されると、バンドサウンドはようやく一つの"塊"に集結していく。そこから地続きにT. Rexの「Get It On」的なインストゥルメンタルが演奏される。ついに新曲「It’s only lonely crazy days」が来るのかと思いきや、演奏されたのはなんと「穴があったら入りたい」であった。こちらも「CONCERT TOUR 2012 "MASTERPIECE"」以来、あまり日の目を浴びることのなかったブルース・ロックの快作だ。宮本は随所にシャウトを入れ込み暴れる一方で、バンドの方は一切引っ張られることなく冷静沈着にグルーヴを生み出していく。洗練された逸脱と即興性。このバランスこそ、彼らの真骨頂であるのを改めて確認した瞬間であった。それにしても、一体なんなんだ、今日のこのセットリストは――。序盤にして驚きが止まらない。第1部は「四月の風」で終了。既に、アンコールまでやったかのような満足感があった。無論、コンサートはまだまだ続いてゆく。

 

Sweet Bitter Memory――エレファントカシマシ 日比谷野外大音楽堂 concert 2023 ライブレポート 後編

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開演前SE

1. SBTRKT - DAYS GO BY (feat. Toro y Moi)
2. Wilco - Infinite Surprise 
3. Charlie Haden - Spiritual (feat. Josh Haden)
4. Sufjan Stevens - A Running Start
5. Snail Mail - Easy Thing
6. Yo La Tengo - Miles Away
7. James Blake - Asking To Break
8. Clark - Medicine
9. Daniel Lanois - Satie

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