三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

Sweet Bitter Memory――エレファントカシマシ 日比谷野外大音楽堂 concert 2023 ライブレポート 後編

33/100――エレファントカシマシ 日比谷野外大音楽堂 concert 2023 ライブレポート 前編

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コンサートが始まってから約1時間、辺りはすっかり暗くなってきた。第2部、ミドルテンポな細海魚のキーボードと宮本のギターのストロークから始まったのは「さらば青春」。ところが――、1番のサビに差し掛かろうかというところで、序盤に間違えた歌詞に納得がいかなかったのか、宮本は演奏を止めてしまう。
「ゴメン、もう一回やっていい?」
そう言って宮本は歌詞を確認しながら軽く弾き語りをする。
「スマン……。スイートメモリー*1っていう、まあ、あの……結構売れた、ベスト盤に入っている曲です。30年くらい前……26、7年前かな、「さらば青春」、聴いてください――」
と言って、再び仕切り直されると、会場には青春とノスタルジーの淡く儚い匂いが充満していく。宮本は当時を懐かしむかのように目を閉じながら、優しく歌い上げていく。終盤、<涙こぼれて ただそれだけ>に続く高音域のフェイクは、透き通りながら、ビルを越え深い闇の中に吸い込まれてゆく。辺りからは秋の虫の鳴き声が聞こえ始めている。

 

3カウントではなく、宮本のギターのコードストロークが数小節かき鳴らされて始まったのは「甘き絶望」。2011年以来となる久々の演奏ということで、所々で大きな歓声が上がる*2。今の宮本の歌声には、かつての霞みがかったものは一切取り払われ、代わりに艶やかさが備わっていた。<コンクリートのビルの下に/飼ひ慣らされた野望>という部分が歌われたその刹那、視線は自然と野音の背景にそびえ立っている中央省庁のビルへと移る。そして、<駅のホームで浮かんだイメージ/逃れられない甘いささやき>では、ここに来るまでの電車の中、そして駅のホームを移動する自分自身の姿がフラッシュバックされる。東京とエレファントカシマシ――。両者の融和はいよいよ本腰を入れて開始される。そのまま地続きに「武蔵野」へ。すると今度は空気、そして野音を囲むようにして生えている木々にまで意識が広がっていくのを感じる。まったくの偶然か、楽曲が始まったとき、湿気を多く含んだ風が上手の方から下手へ向かって吹いた――。東京とバンドを同一化させる"儀式的行為"はここにおいて極まるのだった。

 

そんな舞台において第2部の後半は1990年代後半、ポニーキャニオン時代の"青春"の音が次々に溢れ出してくる。「Baby自転車」は、ジブリ映画『耳をすませば』の主人公達のように、朝焼けの住宅街を二人乗りの自転車で走り抜けていく情景が鮮やかに想起される。東京の、まさに団地の音がそのまま鳴っていた。<Baby Baby 朝もやの/朝もやの住宅街を行こうぜ>、<Baby Baby 二人乗り/悲しみの交差点を越えよう>――。いつものように、
「みんなに捧げます」
と言って披露された代表曲「悲しみの果て」も、この日は曲順の妙なのか、"青さ"を感じる。そして「はじまりは今」。終盤、宮本の歌声が詰まる場面があった。弛(たゆ)まぬ努力を続ける男の涙は美しい――。<迎えに行くよ 町に咲く花を/君の両手に届けに行こう>最終盤の転調する箇所で持ち直したその歌声は、当時以上に穢れのない少年のような純粋さが同居していた。どこまでも透き通ったファルセットの波は会場中に充満する。観客はそれに呼応するかのようにピタっと止まり、歌声にじっと耳を傾けていた。

 

第2部はむしろハイライトではないシーンを探す方が難しいくらいであったが、その中でも特筆すべきハイライトといえば、「星くずの中のジパング」だろうか。一節目の<明日また会おう>が歌われるのを聴いて、これは一瞬夢なのではないかと思った。というのも、バンドはこの曲のことを忘れているのではないかと勘繰ってしまう程、ツアー以外では全く演奏されてこなかったのだ*3。宮本は『RAINBOW』(2015)で獲得したファルセットによる"静"のスタイルをもって、楽曲と対峙していく。すると曲の解像度は当時よりも上がり、見えない星空が次々に暗闇の日比谷の空に浮かび上がってくるのを錯覚する。そんな静謐な星空の景色を一瞬にして洗い流してしまったのは「パワー・イン・ザ・ワールド」。まさに"静"と"動"のコントラストが最も顕著になって表れた瞬間であった。新曲「No more cry」で第2部は終了。近年の盤石なセットリストから生み出される"予定調和"を徹底的に拒否していくような選曲の連続に、引き続き、頭の整理が追いついていかない。

 

第3部は野音の定番となった「シグナル」で始まる。そして同じく定番曲である「友達がいるのさ」へ。2番からは演奏を他のメンバー達に委ねた宮本は、縦横無尽にステージ歩き回りながら歌い上げていく。特に印象的だったのはアウトロの部分。ここで今日初めてのメンバー紹介がカットインされる。いつもなら何気ない一幕なのだが、不思議なことにこの日はやけにエモーショナルに感じ、涙が止まらなくなってしまった。他の観客もそうだったのか、半ば発狂したような叫び声が随所でこだまし、ボルテージはここにおいてピークを迎える。
「エブリバディー!明日も……あさっても……来週も……来年も……また会おう!」

 

小康状態だった雨はまた強まりだした。そんな中「RAINBOW」、「so many people」、「ズレてる方がいい」、「俺たちの明日」と近年のライブにおけるアンセムソングが次々に連発されると、第2部までの厳粛な会場は、一人の"カリスマ"を中心としたバンドの凄まじい熱量に巻き込まれるように力強く手を挙げ始める。鬱屈していたありとあらゆるものが解放されてゆく――。曲が終わるごとに、宮本はその余韻を楽しむかのように手を広げ数秒間ピタっと止まる。"教祖"という表現が適切なのかはわからないが、その時ばかりは空間を完全に支配してしまう人間を超えた存在のように見えた。ステージの中心から発せられるエネルギーを浴び、重力が弱まったかのように自分の体が軽くなってゆくのを感じる。そして1988年のデビューアルバムから「ファイティングマン」。デビュー35年目にして、結成当初の中学生の頃のような青さが滲んでいた。冨永のドラム、高緑のベース、石森のギター、そこに宮本の歌声が乗せられるだけ――。不動の光景がそこにはあった。そしてそれは、おそらくこれからもずっと変わることなく在り続けるのだろう。曲終盤には宮本はステージを降り、観客の方に近づいていくという珍しい場面もあった。演奏終了後は、メンバー横並びで挨拶をする、いわゆる"ストーンズ挨拶"で第3部は終了する。

 

――アンコールの拍手のなか、再びメンバーが登場する。
「星の降るような夜に」では、石森を引き寄せながら<歩こうぜ 歩こうぜ>と一つのマイクで一緒に歌う。それはまるで、彼らの学生時代、当時の"青春"が再現されたかのような瞬間であった。続いて、
「俺たちの唯一のヒット曲、聴いてくれ」
と言ってやや自傷気味に始まったのは「今宵の月のように」。アンコールのタイミングでこの曲が演奏されるのはなかなか珍しい。珍しいのは曲順だけではない。普段はKヤイリのアコースティックギターから始まるのだが、この日はエレキギターの弾き語りで始まった。最後のサビの<明日もまたどこへ行く>ではメロディーにアレンジが加えられ、代表曲でもいつもとは違った趣が感じられた。そして「待つ男」ではなく、久々の「花男」でコンサートは大団円を迎えるのだった。

 

今回のコンサートで宮本は、そしてエレファントカシマシは、青春と東京なるものを取り戻そうとしているのを強く感じた。1990年代後半から2000年前半、彼らの30代、東京を舞台にした青春時代の楽曲が多く演奏された今回のコンサート。だが、単なる懐古には映らなかった。それはやはり、今年本格的にバンドが再始動し、新曲「yes. I. do」と「No more cry」がこの場所で演奏されたのが大きかったのかもしれない。途中、宮本は、
「日比谷の野音、100周年ということで……すごいことになってて、でも俺たちもその100年の内に33回もやってて、結構すごいよね。"100分の33"です!改修するっていうんで、またいつでもやってきます、エブリバディー!」
という風に言っていた。感慨や懐かしさは微塵も感じられず、むしろサラッと、さも当たり前かのような口ぶりがそこにはあった。変わり続けるもの、今回でいえば野音が変化することに対しても、どこまでもシームレスに受け入れる姿勢。筆者は初めの方で野音に到着した時、入り口に立て掛けられた改修工事の看板を見て寂しくなったと書いた。今あるこの景色が失われてしまうかもしれないという不安がそこにはあったのかもしれない。だが、コンサートが終演した後、それは単なる杞憂であったことが分かった。東京は変わり続ける、それで良いのだ。エレファントカシマシもまた細胞が入れ替わるかの如く変わり続ける。流れる時にあらがうわけじゃない、弱さにあらがいたい。人生はその繰り返しである、と――。改修工事の看板にはこう書いてあった。
「人がいる。空があり、音が鳴る。そして次の100年へ」
彼らは次の100年も野音で音を鳴らし続けているかもしれない。本当にそのように思った。停車駅ではなく、あくまで通過点。エレファントカシマシの旅はこれからも続いてゆく、変わり続ける東京と共に。そのように確信したコンサートなのであった。

 

セットリスト
第1部
1. 地元のダンナ
2. いつものとおり
3. もしも願いが叶うなら
4. 季節はずれの男
5. 赤き空よ!
6. デーデ
7. 珍奇男
8. 穴があったら入いりたい
9. 四月の風

第2部
10. さらば青春
11. 甘き絶望
12. 武蔵野
13. Baby自転車
14. 流れ星のやうな人生
15. 悲しみの果て
16. はじまりは今
17. 星くずの中のジパング
18. パワー・イン・ザ・ワールド
19. No more cry

第3部
20. シグナル
21. 友達がいるのさ
22. RAINBOW
23. so many people
24. yes. I. do
25. ズレてる方がいい
26. 俺たちの明日
27. ファイティングマン

アンコール
28. 星の降るような夜に
29. 今宵の月のように
30. 花男

 

*1:『sweet memory〜エレカシ青春セレクション〜』

*2:映像化作品だと2009年の『桜の花舞い上がる武道館』以来、コンサートだと2011年の「CONCERT TOUR 2011 "悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~"」福岡公演以来の演奏

*3:2004年の「パワー・イン・ザ・ワールドTOUR」SHIBUYA-AX公演以来の演奏