三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

その歌声、狂暴につき—宮本浩次『宮本、独歩。』レビュー

宮本浩次のデビューアルバム、その名も『宮本、独歩。』。タイトルに固有名詞が使われるのは、バンドのデビュー当時の作品を彷彿させる(『THE ELEPHANT KASHIMASHI 』、『エレファントカシマシ5』など)。無論、今回はバンド名ではなく自分の名前。ここで、ある問いを立ててみることにしたい。作者と作品は分断される(あるいは離れる)のか、という問いだ。これは、アーティスト側がなんらかの不祥事を起こした際しばしば散見される文言である。作品それ自体に罪はない、と——。

 

もし仮にも分断されるとしたら。この『宮本、独歩』の"宮本"というのは自分自身を投影しているだけで、作者の宮本浩次とは別といっていいだろう。さもなければ、インタビューや彼の発言こそが全てで、通り一辺倒な聴き方に陥ってしまうからだ。"作品の宮本"なのであって、"作者の宮本"ではない。ただ、この両者の関係をより複雑にしているのは、名前というアイデンティティの強いものに他ならない。もっと言えば、自分自身の名前を入れるというのは、その分断を曖昧に作用させる可能性すら孕んでいるといえるだろう。とはいえ今回は、あくまで"作品の宮本"を書くことにしたい。


前置きが長くなってしまったが、まずは『宮本、独歩。』の内容について見ていく。収録されている12曲中なんと9曲(俳優の高橋一生へのプロデュース曲「君に会いたい -Dance with you-」を含めると10曲)は既に発表されている曲であった。また、ソロデビュー以前の2018年に椎名林檎とコラボレーションをした「獣ゆく細道」、さらに東京スカパラダイスオーケストラとのコラボ曲「明日以外すべて燃やせ」も収録されている。そのためか、アルバムを通して聴いてみると、新鮮味には欠けてしまうのだった。

 

そう思ってしまったのは昨年、椎名林檎がリリースした『三毒史』も関連している。この作品はオリジナルアルバムながら、様々なジャンルのアーティストを客演に迎えたコンピレーション的な体裁をとっていたが、通しで聴くと非常に統一感があった。とくに前述の「獣ゆく細道」は、単体で聴くのとでは聴こえ方が全く違っていた。というのも、前曲の「鶏と蛇と豚」から吸い込まれるように繋がり、それがまた次の曲に滑らかに展開していくメドレー形式のようでもあり、また『三毒史』という"絵巻物"を構成する一場面のようにもなっていたのだ。

 

他方、『宮本、独歩。』からはそのような工夫は感じられないし、そこに起因する形式的に一貫したテーマやコンセプトは感じられない。それを助長するのは、バンドメンバーやアレンジャー、プロデューサーの統一感のなさである。20年振りにプロデューサーに迎えた小林武史を始め、エレファントカシマシのプロデューサーでもある村山☆潤、そして宮本自身のプロデュース曲。バンドメンバーもそれぞれの楽曲ごとに異なっていて、特にドラムはその違いが非常に顕著に現れている。

 

この雑多感は、それぞれの楽曲同士で音のバランスはある程度揃えられてはいるものの、一話完結の短編が矢継ぎ早に流れ過ぎ去ってゆくかのようだった。そうなってくるともう、宮本という人間が歌っていること以外、この作品を1枚のアルバムとして成立させる要素はない——。しかしながら、『宮本、独歩。』はその唯一の"歌声"の要素が、あまりにも強いものとして訴えかけてくるのだった。

 

自由、旅、夢、希望——。あまりに単純明快なテーマの歌詞は、ただただ眺めているだけではあまりに内容に乏しい。また、これらのテーマは分かりやすく使いやすいがゆえ、時に陳腐なものに成り下がってしまうことさえある。そんな言葉の隙間を埋めるように宮本は、実に多彩なアプローチで歌声を入れ込んでいく。空気の振動を最大値にしたような"がなり声"が入れ込まれたと思えば、最も響きの良いスイートスポットの音域で朗々と歌ったり、さらには芯のあるファルセットで透明感のある声を響かせたり。そんな美麗な歌声にうつつを抜かしていると今度は、"ファルセット"と"がなり"をミックスしたようなつんざくような叫び声に変わったりする。言葉の隙間は瞬く間に埋まり、シンプルなメッセージを途端に力強いものとして浮き彫りにさせるのだった。

 

そんな歌詞は他方で、"その歌声を聴かせることに特化された"とも言えるのかもしれない。たとえば「Fight! Fight! Fight!」は、〈Fight!〉という歌詞が繰り返され、楽曲のおおむね半分を埋め尽くす。そして、"俺は行くぜ"、"もう一丁頑張ろうぜ、"愛してるぜ"と、簡潔なメッセージが載せられるだけ。それは、宮本の歌声のダイナミクスを決して邪魔しない"キーワード"、あるいは歌という形式を最低限成立させるための"記号"として用いられているようにも思える。

 

また、「夜明けのうた」は詞の入れ方が秀逸だ。〈時に悲しみに打ちひしがれて〉という一節の当て方は特にいい。文節、あるいは単語の単位に区別したときに、おおむね全ての部分が"イ(I)"段で終わっており、三拍子の三拍目で、統一感のある音の響きを演出する。この部分は、サラリとやっているように見えながらも、なんとも綺麗にハマっている部分である。その瞬間というのは、おそらく歌詞の方というよりは、彼の歌声の方にピントが合わさるのではないだろうか。

 

宮本の歌声を引き立たせる要素はそれだけではない。明快な詞の疾走感と、楽曲のテンポの高さがどちらが速いでもなく、ぴったりと合わさっていることも挙げられる。「Do you remember?」では、冒頭の〈ガードレールにうずくまる男〉の描写は日常の風景でありながらも、雑なタッチで描かれたコミックスのようにデフォルメ、あるいは誇張がなされていて、その視点(場面)の移り変わりには疾走感があった。そして〈夢に夢見て夢から夢を抱きしめて〉や〈流れ流れて体ひとつただの男が立ち上がる〉のように、その言葉自体にリズムを持つものが随所に入れ込まれる。すると、ここでもやはり詞の意味ではなく、歌の方に意識が傾いてしまうのである。

 

今作において歌は主演であるとするなら、歌詞は助演。そしてサウンドもまた、主役の演技を見事に引き立てる脇役だ。「解き放て、我らが新時代」は、8小節ループのギターのフレーズが乱暴にかき鳴らされ、打ち込みのビートが整然と入り込む。このデモ音源のような音数の少なさに、宮本はその歌声だけをもって対峙する。

 

「going my way」や「ハレルヤ」のサウンドは、そのドラムの音の軽さに驚いた。ビートで曲を引っ張るというよりは、歌がどこまでも先行してそこにドラムが付随しているというような、それくらいの徹底した脇役ぶりであったのだ。ギターもまた、エフェクターを通さずに、楽器そのものが持つシンプルな音になっていて、悪く言ってしまえば、"スカスカ"のサウンドともいえる。ただそれがむしろ、歌声だけを浮き彫りにさせる効果を生み出す。それを可能にしているのはやはり、宮本の歌い手としての技量の高さが為せる業に他ならない。


バンドという共同体から解き放たれたことで、バンドを構成する一部としての音を鳴らすのではなく、ソロシンガーとして純粋にその"歌声"だけを届けることができた——。この作品は、そこをいかに最大限に引き出すかに執着されている。結果として歌声は周りに支えられつつも、見事な"独り歩き"をしているのであった。

 

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Track List

01. ハレルヤ
02. 冬の花
03. 夜明けのうた
04. きみに会いたい -Dance with you-
05. Do you remember?
06. 獣ゆく細道 / 椎名林檎と宮本浩次
07. going my way
08. Fight! Fight! Fight!
09. 解き放て、我らが新時代
10. 明日以外すべて燃やせ feat. 宮本浩次 / 東京スカパラダイスオーケストラ
11. 旅に出ようぜbaby
12. 昇る太陽