三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

軽やかさ、いまだ健在―Green Day『Father Of All...』レビュー

3年ぶりにGreen Dayの新作がリリースされた。2000年代、特に2004年、ジョージ・W・ブッシュ政権を痛烈に批判した『American Idiot』、そして、アメリカ社会を痛烈に皮肉った、2009年リリースの『21st Century Breakdown』以降の彼らは、自身の生み出した政治的、社会的な重さとの格闘を強いられることとなった。彼らはその重さを振り払い、1990年代の頃のような、軽やかなポップ・パンク然とした姿を再び取り戻すべく、2012年にはラフで雑多な3部作『UNO!』、『DOS!』、『TRÉ!』、さらに2016年には力の抜けた快作『Revolution Radio』リリースする。しかしながら、この『Father Of All...』を聴いてしまうと、それらがかすんでしまうほどに振り切った軽さがあることに気がつく。

 

なんといっても、その収録曲の少なさはさることながら、収録時間の短さには驚かされた。10曲、わずか26分という収録時間は、これまでで最短だった『39/Smooth』よりも5分も短い。思えば、『21st Century Breakdown』の収録時間は69分、ヴァース、コーラス、ギターソロ、という形式ばった曲の構成は、パンク・ロックに威厳をもたらしていた。ロック・オペラと称された壮大さと、厳粛な政治的な抗議には、それが必要不可欠であった。それを踏まえると、この短さは、かつてのインディーズ然としたパンクとしての矜持を再び保つためにとった、やや強引な手段ともとれる。

 

また、その作風も、2000年以降のGreen Dayらしさからは大きく逸脱したものになっている。まるで、一昨年に始動したビリー・ジョーのサイド・プロジェクトである、The Longshotの延長線上にあるかのような、クラシック・ロックが展開していくのだ。一曲目の「Father Of All...」は、The Black Keysのような、ブルージーでレトロな作法が作品を貫く。「Fire, Ready, Aim」は、これまた2000年代のロック・リバイバルとして名を馳せたThe Hivesを彷彿させる。その意味で、この作品を聴いてがっかりした、そんなパンク・キッズも多くいるはず。彼らのやっていることはもうパンクではない、と一蹴するのだ。

 

とはいえ、ビリー・ジョーはもう、『Dookie』に狂乱するようなパンク・キッズをストレートに満たすような音楽を作ろうとはしていないのかもしれない(70年代のパンク、インディーズ・ロックで構成されたSpotifyの彼のプレイリストをみるとなんとなくそれが感じられる)。昨今の情勢を踏まえれば、政権に対する皮肉だってできたはずである。いうならば、"アメリカン・イディオット・バージョン・トランプ"といった感じだろうか。ただ、今の彼らはそうしたストレートな政治性を表明するわけではなく、より深く、時代をさかのぼりながら、今のサウンドと折り合いをつけて、新たな表現を目指すことに徹する。ときに、その参照元はあまりにも露骨で、潔ささえ感じられる。

 

このアルバムは、『American Idiot』や『21st Century Breakdown』のように、10年、20年聴き続けられるような金字塔のような作品にはならないはずだ。ただ言い換えればそれは、即効性があるということともいえよう。そんな作品をデビューしてから25年以上も経つバンドが作り上げたということは、脱帽という以外の何物でもない。26分という短い時間の中で、聴く者をたちまち高揚させ、踊らせる。そこには、社会や政治的なメッセージからくる重圧は一切なかった——。そう、純粋に、彼らの音にただただ身をゆだねていれば、それでいいのである。

 

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