三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

「シグナル」の"町を見下ろす丘"について—エレ歌詞論考IV

エレファントカシマシの「シグナル」は、2006年リリースの『町を見下ろす丘』に収録されている。この楽曲は、表題と同じ〈町を見下ろす丘〉というフレーズが登場する。非常に端的で、印象に残るフレーズである。そして何より、具体的な場所の名前は一切登場していないにも関わらず、ある地域を限定するようなニュアンスを持っていることに気がついた。そんなわけで今回は、〈町を見下ろす丘〉が示す場所や、そこから想起される風景について考えてみたい。 

 

夜はふけわたり 家までの帰り道
町を見下ろす丘の上立ちどまり
はるか、かなた、月青く
俺を照らす 街灯の下
ベンチに座り、自分の影見つめてた。

まずは、〈町を見下ろす丘〉とはどこを指しているかについてである。それは、直前にある〈家までの帰り道〉という部分がその一助になる。丘の上にある家の帰り道の途中で、町を一望できる場所に男は立ち止まっている。つまり、この丘というのは住宅地が立ち並んだ、ニュータウンのことなのだ。高度経済成長期、ニュータウンの中には、このように小高い山を切り開いて作ったようなものもあった。ジブリ映画の『平成狸合戦ぽんぽこ』や『耳をすませば』に登場する住宅地は、まさにそれである。

 

また、こうした場所は都心から少し外れた郊外に位置することが多い。東京でいえば、赤羽や多摩などの、ベッドタウンとも呼ばれるようなエリアである。そんな丘から見下ろせる町は、〈夜もふけわたり〉とあることから時間は深夜、町は閑散としている。住宅の明かりはところどころついているばかりで、駅の方の繁華街と、道路工事の明かりが煌々と光っているといったところか。時おり、暴走するバイクのけたたましいのエンジン音や、電車がレールを走る規則的な音が響き渡ってくるのが容易に想像できる。

 

町を"見渡す(見渡せる)"ではなく、町を"見下ろす(見下ろせる)"とした点にも注目したい。括弧内はより忠実な解釈をした場合にこのようになるというので載せたが、これはメロディーの制約上致し方なかったものといえよう。さて、話は戻って先ほど述べたような、情景描写だと前者の〈町を見渡す〉の方が意味的にはふさわしいような気がする。というのも、見渡すの方がより広く遠い場所を望むというニュアンスを持っているからだ。展望台からは、景色を見下ろすのではなく、見渡すのである(英語でいえば"Look over"となり、広さを含むことがわかる)。もしも、後者にするのであれば、例えばその展望台の床の一部がガラスになっていて、そこから下を見下ろすだとか、下で手を振る人を屋上から見下ろすと言った具合に、より俯瞰的な意味合いの方が強くなる。

 

ただ、この見下ろすという意味にはもう一つ、視点の動きが加わることも意味する。それは、その対象や目標が同じ目線からスタートしている場合だ。例えば、誰かと対面してその姿を見るときには、頭のてっぺんからつま先まで見下ろした、という風に使う(英語でいえば"Look down"。こちらはより上下差のニュアンスが強い)。それを踏まえてもう一度考えてみると、対象物や目標が丘の上から見える画角の全てだとすれば、その上の方から下の方、つまり星が見える空の一番高いところから段々と視点を下げていき、住宅や繁華街へと見下ろす動きが加わることになる。この視点の動きは、最終的には下の部分が強調されることで、俯き加減な描写を促し、後に続く浮かれない〈ベンチに座り、自分の影見つめてた。〉というダウナーな心情へと滑らかに繋がっていく効果を生み出しているのだ。 

 

最後に、この楽曲には実は〈町を見下ろす丘〉は2回登場する。1回目は上に述べたものであるが、2回目は、以下の部分である(厳密に言えば、助詞の"を"が抜けてはいるのだが)。 

今宵の月が満ち欠ける、町見下ろす丘に 

ここでは、先ほどの丘の上から町を見ている視点から一転して、地上から丘を見上げている視点になっている。そうさせるのは、直前の月の満ち欠けの描写が関わってくる。倒置法になっているこの部分を、通常の語順に変えると、「町を見下ろせる丘に、今宵の月が満ち欠けている」となる。見上げる動作を促す月によって視点が上がったことで、町にそびえる丘のすぐ上で月が輝いているような風景を作り上げるのだ。

 

〈町を見下ろす丘〉は、別段その地域を直接的に限定するような特別な単語は入れ込まれていない。にも関わらず、東京の郊外、あるいはベッドタウンの空気を感じることができる。それは、丘から町を見下ろしている情景、さらには地上から月灯りにぼんやりと照らされている丘見上げる情景がそうさせるのだろう。無論、見下ろす町の景色や、地上の雑踏する街並みに関しては余白を残し、どこまでも聴き手に想像させる。あくまでも、この楽曲はその視点の始まりであったり、聴き手に想起させやすくするようなモチーフを提示するだけなのである。つまりこの曲の場合は、〈町を見下ろす丘〉、あるいはその前後の文脈ということになる。そんなわけで、もしもニュータウンの風景を一言で表すとすれば、筆者は間違いなくこの一言を選ぶだろう。

 

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