三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

トルコの結婚式に行く【トルコ滞在記】

この日は、トルコの結婚式にお邪魔することになった。筆者が過ごしていたのは、トルコ中部に位置するネブシェヒルという地域だった。ネブシェヒルは、カッパドキアのあるギョレメ国立公園が世界遺産に指定されていて、毎年多くの観光客が訪れる。キノコのような円錐形をした岩がいくつも連なった、SF映画のワンシーンのような光景は一度は目にしたことがあるのではないだろうか。ギョレメ国立公園の周辺に細く張り巡らされた道は石造りで、丘陵に位置するためか、ゆるやかなアップダウンが多い。道の両脇には、岩をくり抜いて作った"洞窟ホテル"や、岩を加工してレンガのように積み上げた建物が軒を連ねていて、スターウォーズ・シリーズに登場する惑星タトゥイーン(アナキンが、幼少期を過ごした場所)さながらの異世界を形成していた。結婚式は、そんなホテルと住居の間にある、屋外の少し広い場所で行われた。

 

式場に到着すると、既に沢山の人が集まってきていた。老若男女、少なくとも200人ほどはいただろうか。箱根駅伝を街頭で応援する人のように、広場に続く入り口付近の道はごった返していた。広場の隅の方には、白いプラスチック製のテーブルと椅子が並べられていたが、そちらの方も満席になっている。今回参加した結婚式は、その前日に行われる結婚前夜パーティー、クナ・ゲジェシ(Kına Gecesi)というものだった。なんでもこのパーティーは招待されていなくても、自由に参加してもいいんだとか。どうりで人が多いわけだと合点し、空いている場所をなんとか見つけ、その開始を待つ。しばらくすると、新郎新婦が現れ、場内は歓声に包まれた。新婦の頭には、宝飾が施された金色の冠が付けられていて、スパンコールの付いた真っ赤なウェディングドレスを着ている。新郎の方はというと、至ってシンプルなスーツ姿で、これがトルコの伝統的な結婚式でのスタイルだという。スピーカーからは、トルコのポップ・ミュージックが歓声に負けじと流れ続けている。

 

新郎新婦が広場の中央の方に向かうと、いよいよ"ダンス・パート"が始まる。新婦を囲むように、列席した人たちが次々に踊り始める。本来これは、男性が女性に求婚するための儀式であるようだが、時代の変化か、男女関係なしにみんなが踊っていた。はじめはその様子を眺めているだけであったが、司会者が「今日はサマースクールの人たちがはるばるトルコに来ています」という紹介がされたので、自分もその輪の中に入れることになった。トルコのダンスは、日本の盆踊りのような決まった動きはなく、当人のセンスに委ねられる。ただ、基本的な動きのようなものは存在していて、まずは両手を肩幅くらいに広げた状態で拳を握り、それをキープさせたまま、アップテンポの音楽に合わせて足を出したり、ステップさせたりする。筆者は、列席者の軽快なダンスを横目に、見様見真似で踊った。

 

ダンス・パートは、まだまだ続いた。続いて、新婦を女性の列席者がキャンドルを持って、ぐるりと囲む。そして、音楽に合わせてゆっくりとその周りを回った。心なしか音楽も先ほどまでのアップテンポのものとは打って変わって、情緒たっぷりのスローテンポなものが流れる。これは、新婦の友人たちが悲しい歌を歌うことで、なんとか新婦を泣かせようとするために行う儀式で、この日に涙を流せば、結婚した後、涙を流さずに済むという願いが込められているという。

 

ふと、広場の隅の方に目をやってみると、DJブースの横に、トルコの伝統楽器のサズ(3弦の弦楽器)を持った男性が1人いるのを見つけた。口元にはマイクもある。なんと、これまでのBGMは、全て彼の生演奏によるものだったのだ。再び、ダンス・ミュージックが流れ始めたので、踊りながらその様子を眺めていると、カラオケのバック演奏に合わせて、弾き語りをしている。すごくかっこいい。サズの音は、ドレミファソラシドそれぞれの音の中間である♯(シャープ)や♭ (フラット)のさらに中間の音が存在していて、それがイスラームの独特の音を形作っている。乾いた音には微妙な揺れや跳ねるような余韻があって、まさに踊るためにはうってつけの楽器だということを、身をもって体感したのだった。

 

前夜パーティーの後半は、新郎新婦が小さいボール紙に包まれたクナ(Kına)を、参列者に投げ込んでいく。クナは、日本では"ヘナ"と呼ばれ近年髪の染料や、ヘナ・タトゥーとして使われ始めてきているが、前夜パーティーではこれを新婦の手につける。こうすることで、魔除けの効果があると言われているのだ。その後も、音楽は鳴り止むことはない。列席者は、夜な夜な踊り続ける。もちろんイスラム教なので、アルコールは一切なし。しかしながら、踊っている時は、不思議な高揚感があった。心から湧き上がってくる感情を、リズムに合わせてダンスで表現していく——。火照った体に、心地の良い風が通り抜けていった。雲ひとつない空には、満点の星が輝いていた。

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写真は、クナが包まれたボール紙。紙に書かれたKINAMIZA HOŞGELDİNİZ(クナムザ・ホシュゲルディニズ)というのは、ようこそいらっしゃいましたという意味。ちなみに写真はこの一枚しか撮っていなかった。どうやら撮る暇がないくらい、没頭していたようだ......。