オオカマキリは、孵化したときの姿の原型をとどめたまま、成虫になる。いわゆる不完全変態の昆虫と呼ばれるこの手の種は、脱皮を繰り返すことで、徐々に成長していく。そして、その脱皮を行なった回数で、呼び名の方も1齢虫、2齢虫、3齢虫といった具合に変化していく。1齢虫、あるいは一度脱皮をした2齢虫の段階では、その体長よりも小さなエサが必要になった。蚊や、イエバエよりも小さい生き物を、一体どうやったら沢山与えられるだろうか——。少年はひたすら考えた。
6月中旬、家の庭にはアジサイの花が咲き誇っていた。アジサイの枝をよく見てみると、何かが動いているのが見えた。枝にはアブラムシがびっしりと付着していた。これだ。アブラムシは、カマキリの幼虫が食べるにはうってつけの大きさだった。少年は、アブラムシの付いた枝を切り取り、花瓶代わりのジャムの瓶に挿した。そしてそれを、幼虫が逃げないよう細心の注意を払って、そっと水槽の中に入れてみた。カマキリの幼虫はアブラムシを発見するやいなや、一目散に駆け寄り、小さな前脚で器用に掴み取った。アブラムシを与えてから何日かすると、幼虫は脱皮をし、みるみる成長していった。3齢虫、4齢虫の段階はまだ共食いという概念は存在はしないようで、同じ水槽で飼っていても問題が起こることはなかった。
アブラムシが幼虫にとって小さな存在になってくると、次なるエサ探しが必要になった。少年は、庭の隅っこに置いてあるコンポストに目をつけた。コンポストの周辺には、ショウジョウバエがたくさん飛んでいた。この時期のカマキリにはちょうどいい大きさのエサが、そこにはあった。ただ、これを1匹ずつ捕まえていては、あまりにも効率が悪い。少年は以前、カブトムシを捕まえるために、"昆虫トラップ"なるものを作ったことを思い出した。昆虫トラップはバナナやリンゴをペットボトルに入れ、それを発酵させることで、カブトムシを始めとした甲虫類を呼び寄せるというものだった。トラップを仕掛けたときというのは、中に入っていた昆虫の多さはもちろんのこと、その周りを飛び交うショウジョウバエの多さに驚いた記憶があった。ショウジョウバエは、腐った食べ物に卵を産みつけ、そこからわずか数日で成虫になり、その数は指数関数的に増加していく。これを応用すれば、たくさんのショウジョウバエを"養殖"することができるはずではないだろうか。
少年は、半分に切ったペットボトルに、リンゴやバナナを細かく刻んだものを入れ、コンポストのすぐ横に置いた。2日ほど経って、再びコンポストの方に行ってみると、リンゴとバナナが発酵した甘い香りが漂っていた。ペットボトルの中を見てみると、淵の方に小さな白胡麻のような粒が付着しているのを確認できた。紛れもなくそれは、ショウジョウバエの卵であった。少年は、アブラムシの付いた枝の代わりに今度は、卵が付着したペットボトルを水槽に入れた。それからすぐ、水槽の中は、成虫になったショウジョウバエで溢れかえった。カマキリの幼虫は、空中を素早く移動するショウジョウバエに狙いをすまして、前脚を振り上げる。自分の間合いに入った瞬間、ジャンプをして捕まえる個体もいれば、止まっているショウジョウバエに、にじり寄りながら間合いを詰めていき、前脚の届く距離になったところで、バネのように前脚を伸ばして捕まえる個体もいた。少年は、そんなカマキリの静と動の動きを、いつまでも眺めていても飽きることはなかった。