揚げ物って、すごく面倒なのよね〜。何よりも、油がはねるのが怖くて怖くて。もう何度やけどしたことか。夏だったらなおさら嫌ね。キッチンはただでさえ暑いのに、揚げ物をするとそれだけで体感温度が一気に上がった感じがするんだもの。あと、準備も面倒ね。揚げ物用の鍋を用意して、揚げ物の油を切っておくザルも、キッチンペーパーも必要ね。油ポットも用意しなくっちゃ。うっかり油が酸化して色が変わっていたら、新しい揚げ油に変えて、古い方は紙かなんかに吸わせて…… あ、今は油を固める便利な商品も売ってるんだって。流しにそのまま捨てるのは絶対ダメよ。川でのんびり暮らしている生き物たちが、大変なことになっちゃうんだから——。
といった感じに、揚げ物というのは面倒極まりない代表格として、敬遠されがちな食べ物である。しかしながら、その手間を惜しんで作った暁には、すばらしい恩恵が待っている。フライパンや電子レンジではできない、あの燦然ときつね色に輝く様、まさに宝石。その中でも今回はとり唐揚げをピックアップすることにしたい。理由は特にない。あるとすれば…… 今書いている筆者が無性に食べたいから、それだけである。
とりの唐揚げは筆者が一人暮らしをし始めたとき、真っ先にその美味しさを追求したものとして、非常に思い出深い(だから何?)。あの頃の唐揚げは——お世辞にも美味しいとはいえなかった。パサパサしていて、衣が固くて、味もイマイチ。けれども熱意はあった、心はこもっていた——。しかしながら無情にも、料理の世界というのは厳しい。人は、心がこもっていて美味しくないものと、心がこもっていなくて美味しいもののどちらを食べたいと思うだろうか。もっといえば、どちらにお金を払いたいと思うだろうか——(ここから少々長い茶番が始まります)。
以前、テレビ番組でラーメン屋にもかかわらず、作るのがより大変なチャーハンの方がよく売れるという店がピックアップされていた。その店の店主は初老で体力も限界。やむなく、単品のチャーハンをメニューから外したというが、今度は唯一残したセットメニューのチャーハンがよく出るようになり、結局本末転倒になってしまった。そのエピソードの後、厨房の風景が映される。おかみさんが、
「チャーハンセット…… それから、チャーハンセットが5」
とオーダーを流すと、
「アホかいな」
と、店主が愚痴をこぼしながらも、ひたすらにチャーハンを作っていた。以前働いていたちゃんこ屋もそうであった。美味しくて手間のかかるものほどよく出る。そのたびに店長は、
「ふざけんな」
と、愚痴をこぼしながら、美味しそうな料理を提供していた。考えてみて欲しい。大切な大切なお客様のために、丹精込めて、真心込めて、作りました! けれども味は美味しくない。そんな店、一瞬にして潰れてしまうだろう。
いやいや、これはお店の話で、ご家庭の料理とは話が違うじゃないか。そう思われる方もいらっしゃるかもしれない。けれども、現に自分はそうなのである。そうなのであるとは、心がこもっていなくても、美味しければそれで良いということだ。今の自分は、料理に対する心構えなんぞ無いに等しい。適当に作り、食材と対話するなんてこともない。料理の合間合間の時間は鼻をほじって寝ているか、スマートフォンで他愛もないSNSの投稿に辟易する。それでも、完成した料理は、思わず声が出るほど美味しい(ここが重要。なんというかこう、自分の料理の上手さを自慢しているかのようですが、べ、別にそんなことないですよ、ハハハハハ)。
話がだいぶ脱線してしまったが、言いたいことは、失敗は失敗で、わたし、頑張ったの♡などという精神論で片付けてはいけないということだ。なぜ失敗したか、どうすれば美味しくなるか、そこの追求は決して惜しんではいけない。そして生まれたメソッド、筆者が何度も何度も失敗を繰り返して生み出された、"とり唐メソッド"なるもの。今回は、それをぜひとも紹介したい(ようやく前置き終わり......)。さて、まずは例によって材料から。
材料
・鶏もも肉:1枚
・生姜:好みの量
・しょうゆ:ドバドバ
・酒:ドバドバ
・卵:1個
・片栗粉 : 小麦粉 = 7:3
鶏肉は、やはりもも肉が一番良いように思える。あのジュワっと溢れ出してくる肉汁のジューシーさと、プリッとした食感はむね肉ではなかなか至難の技(親指の付け根の部分を鶏肉に見立てて噛んでみましょう。それに似た食感が?)。鶏肉は一枚肉でも良いが、筋や余計な部分をトリミングしたり、切ったりする手間、さらにはまな板の汚れ具合を加味すると、はじめから切ってあるものの方がよろしいだろう。それに心なしか、そちらの方で作った方が食感が良いような気がする(切り方が違うのだろうか)。生姜は出来る限りたくさんすりおろした方がいいように思える。生姜がなければ、代わりの香辛料を入れても良いが、やはり生姜を強くおすすめしたい。
ここからは具体的な作り方の手順へと移る。まずは切っておいた鶏肉をボウルか何か、大きめの容器に移す。そこに、酒としょうゆ、すりおろしておいた生姜を加える。酒としょうゆは同量で、肉がしっかりと浸るくらい入れる。ここで、時間を置くのが一般的であるが、厳密にいえばその作り方は竜田揚げである。しかも、漬けすぎてしまうと肉の水分が抜けて固くなってしまうので、約10分程で十分。10分浸け終わったら、余分な調味液を捨て、卵を加える。ここで卵を加える理由は、肉に衣をしっかりと纏わせるため。また、衣を剥がれにくくする効果もある。続いて別の容器に、片栗粉と小麦粉を7:3で合わせたものを用意する。この割合は、色々と試行錯誤をしたが、おそらくこれがベストではないかと思える。小麦粉は、どちらかといえばフィッシュアンドチップスのような、しっかりとした衣を作り出し、他方で片栗粉は、よりきめ細やかな食感を生み出してくれる。
この両者を合わせた粉を、先程漬けておいた鶏肉に纏わせる。あらかじめ、粉を鶏肉のほうに混ぜてから揚げる方法もあるが、とんかつを作るような要領で一つ一つ粉を纏わせていった方がよりうまくいくような気がする。同時に、揚げ油を用意する。温度は、160度くらい。菜箸を入れて、先の方からジワーっとと泡が出るくらいが目安。適温に達したら、鶏肉を油に放り込んでいく。入れすぎは禁物、肉同士が重ならないくらいがちょうど良い。そして、動かさない。衣が剥がれるのを防ぎ、油の温度を下げないようにするためである。肉がうっすらときつね色になり、衣が少し硬くなってきたなと思ったら、一度鶏肉を上げて、1、2分休ませる。そうすることで中まで均一に火が入る。そうしている間に、火加減を強火にしておく。休息も束の間、肉たちを再び、地獄の油釜へと投獄させる。その時シュワーっという音が鳴れば最高。温度を上げることで、水分を飛ばし、衣にしっかりと色をつけていく。先ほどとは一転してここでは、積極的に肉を動かす。あの美しいきつね色になるまで——。
付け合わせはキャベツの千切りが好ましい。見栄えもグッと良くなる。マヨネーズを横に添えるのも最高にオツではないか。余裕があれば、レモンのくし切り。
「レ、レモンかけても大丈夫ですか——」
無論、一人暮らしである。心の中で自問自答をしたのち、おもむろにかける。最高の一品が完成した。そこに炊き立ての白米、味噌汁(豚汁なら尚よし)。手間はかかるが、その分の感動もひとしお。こうして、から揚げメソッドは日々刻々と変化をし、進歩し、ときおり後退していく。今回はその一端をご紹介した。唐揚げは、日々の生活に彩りをもたらす宝石なのである。