一曲目の「今はここはが真ん中さ!」の一音目、そして歌い出しの一節目から強い決意として感じられた、"STARTING OVER"、いうならば、"一からの再出発"という言葉。堅い合金のような冷たさを持ったサウンドは、磨き抜かれた金属光沢を放っていて、鋭利に尖ったボーカル宮本浩次の歌声は、それに衝突しては、たびたび青い火花を散らす——。エレファントカシマシ18枚目となる『STARTING OVER』は、前作までの(特に2000年代前半)、"死"や"枯れ"といった哲学の濃度が薄まり、その流れを意識的に分断していると思えるほどに、瑞々しいエネルギーに満ち溢れていた。それはまるで、これまで培ってきた20年という彼らのキャリアを背負うことなく、"新人"のような佇まいをもって、音楽を届けようとしているかのようでもあった。
彼らの、というより宮本浩次の描く"死"や"枯れ"というのは、作者自身とも重なるようにも見える、ある一人の人間(男)を登場させて、その感情の機微だとか行動の変化によって、聴く者に間接的に"死"や"枯れ"というものを、共感というよりは(より深く入り込むというニュアンスで)共鳴させるものであった。今作でそんな哲学が希薄に感じられたのは、その視点の変化が関係しているように思える。というのも、これまでの作品は一人称的であり、作者と作品の距離感が近く、時にはダイレクトな関係性を持っていて、その時の年齢だとか背景などが作品として現れていた。それにともなって聴き手の方も、私小説を読む時のように、作品の中の「私」を、自身の培ってきた経験と重ねながら、自分だけの「私」を構築していくことができた。その結果、作品から滲み出す作者の哲学を共有することも可能であった。
それに対して今作には、作者と作品の間に距離感がある。確かにこれまでのように、一人称的な楽曲もあるのだが、私小説を読んでいるというよりかは、どこかフィクションのテレビドラマを観るような感覚に近い。宮本浩次という脚本家は、あるテーマを題材にし、そのテーマを具現化するためにふさわしい役者を起用し、演出に趣向を凝らす。そしてそれを演じるのがたとえ本人であっても、役を演じるということには変わりない。前作までが、宮本浩次に重なるような一人の男、あるいは東京に住む人間の人生がそのまま作品になっていたとすれば、今作では、それを宮本浩次が主演として演じられたものが作品になっているということなのである。つまり、前作までにはなかった"演じる"という段階が、作者と作品の間に距離感をもたらしているということなのだ。
「まぬけなJohnny」で、〈いろんな女に電話かけまくって今日もジゴロ気取り〉、〈テーブルの上に置手紙「さよならゴメンネ」〉と、男のキザを、わざとらしいくらいに徹底して描き切れたのも、この"演じる"というのが関係しているように思える。「俺たちの明日」も、"友情"と"半生"という明確なテーマが設定された上で楽曲が作られたという意味において(40年という人生を振り返る楽曲を作って欲しいという、楽曲製作の打診を踏まえても)、演じるという側面がある程度生じることになるだろう。また、今作で荒井由美の「翳りゆく部屋」という他アーティストの楽曲のカバーが初めて収録されたことは、まさにそれを象徴しているといえるのではないだろうか。
この、役に入り込む、あるいは演じることによって、本作には多面性がもたらされた。つまり、喜怒哀楽の感情の針が、どこへでも自由に往来することができるということなのだ。例えば、幸せに満ちた男女二人の甘い関係性が、少し誇張されたように描かれた「笑顔の未来」の直後、自部屋で一人、怠惰な生活を送る人間が描かれる「こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい」という、真逆の感情の楽曲が続くといった具合である。そして注目したいのは、後者の楽曲は自己をそのまま投影しているようなものではなく、あくまでも演じるという側面が強いということである。つまり、40代の人間の怠惰を描くのではなく、ある怠惰な人間を登場させて、その様子を表現者(宮本)が演じているということなのだ。微妙な違いではあるが、前曲から違和感なく受け入れられるのも、この演じるという部分に共通項があるためだと考えられる。例えるなら、ラブ・ストーリーのドラマの後に一人の男性の生活に密着したドキュメンタリーが続くのではなく、一人の男性の生活を描いた"ドラマ"が続くということなのである。
そして、それはサウンドにも影響を及ぼしている。「リッスントゥザミュージック」でストリングスがふんだんに使用されたかと思えば、「冬の朝」では、アコースティックギター一本で優しく奏でられる。この振り幅は、ある性格を演じるためには、バンドという括りから逸脱しても構わない、あるいはメンバー4人で奏でるサウンドにこだわらなくてもいいという決意にすら感じられる。事実、この作品とほぼ同時期に、サポート・メンバー(ヒラマミキオ・蔦谷好位置)をライブに迎え入れたことは、それを決定づけるようなものであると言ってもいいだろう。筆者は始めの方で、『STARTING OVER』からは"新人"のような佇まいを持って、音楽を届けようとしていると書いた。これまでとは一線を画す、"演じる"ことによってもたらされた多面性、それに呼応したバンド構成の"解脱"——。これこそが、エレファントカシマシというバンドが"新人"として新たな一歩を踏み出すために、出した答えなのである。
Track Listing
01. 今はここが真ん中さ!
02. 笑顔の未来へ
03. こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい
04. リッスントゥザミュージック
05. まぬけなJohnny
06. さよならパーティー
07. starting over
08. 翳りゆく部屋
09. 冬の朝
10. 俺たちの明日
11. FLYER