エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2010-2018) 前編
9.「なからん」(2015) | Beck - Lonesome Tears
「なからん」はアレンジからコード進行、さらにはテンポに至るまで、ベックの「Lonesome Tears」の影響が色濃い。特に冒頭からボーカルが入るまでの小節に関しては、非常に近いものがある。何といっても、宮本のボーカルアプローチが特徴的で、曲全体を通じてファルセットが多用されたものとなっている。宮本は、突発性難聴による病気療養中、この楽曲を制作していたというが、その時の閉塞的な精神性が見事に内包されている。そして〈なからん〉というノイズ交じりの叫びは、ファルセットとコントラストをなし、ベックの孤独感とはまた違った、悲痛さのようなものまで醸し出している。
10.「昨日よ」(2015) | Beck - End Of The Day
同作品収録の「なからん」同様、ファルセットが多用されているが、ここでもベックの『Sea Change』(2002)の収録曲のオマージュがみられる。テンポやギターアルペジオの部分にその影響を強く感じるが、宮本のボーカルアプローチによって、単なる模倣で終わらせてはいない。アルバムリリース当時、宮本がファルセットを飛び道具的なものではなく、中心に据えるような楽曲を制作したときは、度肝を抜かされた。この時期に獲得された"静"であるが、のちのソロ活動での多彩な歌唱の原型になっていくとは一体誰が予想できただろうか。そもそも、ソロ活動をすること自体が予想不能であった。
11.「雨の日も風の日も」(2015) | Beck - Round The Bend
アルバム『RAINBOW』の最後を飾る楽曲。活動休止期(2012年)からアルバムリリースの2015年までの時期に制作された楽曲には、ベックの『Sea Change』の引用が多くみられるように、その傾倒ぶりがうかがえる。宮本は各方面のインタビューで、Sigur Rósの作品を制作時によく聴いていたと言っていたせいか、このアルバムに関するオマージュについて言及されることはほとんどないが、アルバム単位での引用は彼らのキャリアにおいては異例である。例によって、この曲にもベックの「Round The Bend」に影響を受けているようだが、オマージュについて本人の口から話される日は来るのだろうか。
12.「Wake Up」(2018) | Arcade Fire - We Exist, The Rolling Stones - Undercover Of The Night, Red Hot Chili Peppers - Monarchy Of Roses
アルバム『Wake Up』の表題曲であるが、この楽曲について宮本は、思い浮かんできた歌詞の一節から、The Rolling Stonesの「Undercover Of The Night」のような、ロックバンドがやるファンクをテーマにイメージを広げていったら面白いのではないかと考え、制作に取り掛かったという。The Rolling Stones以外にも、Red Hot Chili PeppersやArcade Fireなども好きだいう宮本は、彼らの4つ打ちのリズムの楽曲を取り入れ、自身の表現へと昇華させた。明確にこの楽曲のオマージュというものはないが、こちらに挙げた3曲からは「Wake Up」のエッセンスを感じ取れるのではないだろうか。
13.「Easy Go」(2018) | Green Day - Bang Bang
楽曲を作る際、宮本は、Green Day的なパンクロックを目指した。ただ、あくまでもイメージであって彼らの楽曲を聴かずに制作した結果「Easy Go」が生まれたという。そのためある特定の楽曲のオマージュというよりは、Green Dayというバンドのスタイルのオマージュといったところだろうか。宮本は楽曲完成後、ちょうどこの頃リリースされた彼らのベスト盤『Greatest Hits: God's Favorite Band』を聴き、クオリティの高さに驚かされたというが、そのアルバムにも収録されている「Bang Bang」に通じる部分があるように思える。パンクロックは宮本のフィルターを通すとこうなる、が体現された一曲。
14.「神様俺を」(2018) | Bob Marley & The Wailers - So Much Things To Say
バンド史上初となる、レゲエを取り入れた楽曲「神様俺を」。イントロ、特有のドラムの入り方から、ギターの乗り方はその作法がしっかりと踏襲されているが、意外なことに曲全体を俯瞰してみると、骨組みの部分だけに赤と黄と緑の三色の風を感じ、その内部はというと非常に日本的なものを感じる。Aメロのメロディこそ、裏でリズムをとっているが、サビの〈神様どうか 俺を見捨てないで〉日本語の乗せ方からはそれをあまり感じない。さらに、終盤での宮本の激しいシャウトと、最後のサビではもはや骨組みは取っ払われ、エレファントカシマシ然とした楽曲へと変貌していくのであった。
15.「いつもの顔で」(2018) | Mavine Gaye - What's Going On
始め「いつもの顔で」を聴いたときは、安直に"シティーポップ"のようだなと思っていたのだが、後になってマーヴィン・ゲイの「What's Going On」のエッセンスが強いことに気が付いた。クリーントーンのギターに、これぞモータウン・レコードの楽曲といった感じの陽気で心地よいリズムはまさにそうだ、と。とはいえサビは、宮本節なメロディになっており、日本の"風"を感じる。アルバム『Wake Up』は他にもボブ・マーリーのようないわゆる"ロック"ではない楽曲のオマージュがみられるが、次作がソロ作品『宮本、独歩。』であることを踏まえると、その準備段階の作品であると言ってもいいのかもしれない。
16.「自由」(2018) | Beck - I'm So Free
「自由」ではベックの「I'm So Free」が大いに意識されていると言っても差し支えないだろう。まずは楽曲のドラムであるが、これは影響元の楽曲に非常にリバーブの効いた重たいビートとなっている。そして、タイトルはもちろん、サビで繰り返される"自由"という歌詞は、影響元のほうでも繰り返されるサビ(Chorus)での"I'm So Free"という歌詞に対応している。ベックは終始、飄々と歌っている印象があるが、エレファントカシマシの方はCメロの宮本の絶唱や、終盤繰り返される〈探してる〉でのバンドサウンドのダイナミクスで楽曲に強弱をつけたことで、彼ら特有の"味"が生まれている。
Track Listing (2010-2018)
1.「悪魔メフィスト」(2010) | Korn - Clown
2.「明日への記憶」(2010) | U2 - Sunday Bloody Sunday, The Beatles - Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
3. 「彼女は買い物の帰り道」(2010) | The Beatles - Strawberry Fields Forever
4.「幸せよ、この指にとまれ」(2010) | George Harrison - My Sweet Lord
5.「ズレてる方がいい」(2012) | The Heavy - What You Want Me To Do?, The Heavy - Same Ol'
6.「涙を流す男」(2012) - The Beatles - You Won't See Me
7.「あなたへ」(2013) | Beck - Guess I'm Doing Fine
8.「はてさてこの俺は」(2013) | Beck - Lost Cause
9.「なからん」(2015) | Beck - Lonesome Tears
10.「昨日よ」(2015) | Beck - End Of The Day
11.「雨の日も風の日も」(2015) | Beck - Round The Bend
12.「Wake Up」(2018) | Arcade Fire - We Exist, The Rolling Stones - Undercover Of The Night, Red Hot Chili Peppers - Monarchy Of Roses
13.「Easy Go」(2018) | Green Day - Bang Bang
14.「神様俺を」(2018) | Bob Marley & The Wailers - So Much Things To Say
15.「いつもの顔で」(2018) | Mavine Gaye - What's Going On
16.「自由」(2018) | Beck - I'm So Free
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (まえがき)
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (1988-1999) 前編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (1988-1999) 後編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2000-2009) 前編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2000-2009) 後編
エレファントカシマシ(+宮本浩次)のオマージュに関する考察 (2019-現在)