今回は、1988年のデビューから1999年までの時代のオマージュについて考察していく。この時期のエレファントカシマシは、1960年代から1970年代までの、いわゆるロック黎明期の時代の作品のオマージュが多い。中には「星の砂」をはじめ、当時の楽曲を大胆に引用しているものもあるが、不思議と時代を感じない。影響元の楽曲は、ああ、この当時の曲だなと思っていても、彼らの場合は、ついこの前リリースされましたよと言われても全く違和感がないのだ。それは、そのサウンドや宮本のボーカルの機微に起因しているのだろうか。そして何と言っても、どの楽曲にも強烈な日本のアイデンティティ、土着性を感じる。エレファントカシマシは政府によって情報が統制されたり、規制されたりした訳ではないが、どこか禁教令下の"隠れキリシタン"のようである。海外から来たものを取り込み、日本的な信仰と絡めながら、似て非なる新たなものとして表現する。というよりも、この場合、彼らから滲み出てきているといった方が良いだろうか。
1.「星の砂」(1988) | Bad Company - Rhythm Machine
宮本が、15歳の時に制作したと言われているこの楽曲は、イギリスの1970年代を代表するバンドBad Companyの「Rhythm Machine」から大きく影響を受けている。楽曲の構成は、ほぼそのままトレースしたのではないかと言っても過言ではない。だが、影響元の軽やかな感触を一切残すことなく、シンプルかつ鋭さを持ったサウンドとして見事に変換されているのが、「星の砂」の妙である。他方、その釣り合いを取っているかのように、歌詞のテーマからは、強烈な土着性感じられる。日本の神、国、そして日本人なるもの——。宮本のキャリアの中でのオマージュは、ここからがスタートである。
2.「やさしさ」(1988) | The Beatles - Oh! Darling
デビューアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』に収録された「やさしさ」であるが、こちらは「Oh! Darling」の構成が大きく踏襲されたものとなっている。例によって「星の砂」のような大胆なトレースであり、メロディは違えども、宮本の歌い方も、ポール・マッカートニーの力強いシャウトに近いものを感じる。デビュー25周年ライブや、30周年の47都道府県ツアーでも演奏されたが、この曲に関しては現在の方が楽曲の世界観のようなものをより忠実に表現することができているような感じがある。締めくくり<そのやさしさ 俺だけに>というフレーズ部分は原曲以上のカタルシスを感じる。
3.「ゴクロウサン」(1988) | The Rolling Stones - Rip This Joint
典型的なロックンロールのコード進行の楽曲は数あれど、この楽曲に関してはThe Rolling Stonesの「Rip This Joint」にかなり影響を受けているような印象を受ける。かねてから宮本は、彼らを敬愛していることを公言しているが、この楽曲はそのリスペクトが感じられる一曲である。ミックの歌声にはシャウトの中にも程よい軽さがあって、演奏もそれに付随するようにシンプルにそぎ落とされているが、宮本の方はというと、"絶唱"という言葉がふさわしい。怒っているようでもあるし、子どもが駄々をこねて叫んでいるようでもある。形式は同じであれど、表現者によってここまで曲の印象が変わる好例である。
4.「珍奇男」(1989) | Paul McCartney - That Would Be Something
一体全体、どのような思考回路をもってしたら、「珍奇男」が生まれるのだろうか。その考えは薄まるどころか、今でもライブで彼らがこの楽曲を演奏するたびに増していくばかりである。ただ、そんな「珍奇男」にもしっかりと影響元は存在している。ただ、それもイントロのコードをちらっと取り入れただけで、後の展開の部分は似ても似つかない。アコースティックのストロークから、バンドアンサンブルが構築され、破壊され、宮本の縦横無尽なボーカルにメンバーは右往左往しながら、最終的には型にはまったように締めくくられる。ディスイズ、ニッポンのワビサビ、ポールも真っ青である。
5.「凡人 -散歩き-」(1990) | Led Zeppelin - We're Gonna Groove
この楽曲はイントロのワンコードのギターストロークが印象的であるが、これは「We're Gonna Groove」の影響が色濃い。リリース音源のほうを聴いてみると、その音圧に至るまで非常に似ている。無論、この楽曲も「珍奇男」同様、のちの展開は似ても似つかない、とんでもないものとなっている。確かに、確かにイントロのオマージュは感じられるけれども、何よりも宮本のあまりにも大きすぎるボーカルとギターの音、楽曲の展開によって、ああ、そういえばオマージュでしたね、という気分にさせられてしまうのだ。彼らの持つオリジナリティのようなものはこの辺りに隠されていそうである。
6. 「too fine life」(1990) | T. Rex - Cosmic Dancer
『生活』の中においてひと際ポップな異彩を放つ「too fine life」にもオマージュがある。終盤の間奏部分に宮本のスキャットが入れられているが、これはT. Rexの「Cosmic Dancer」の終盤に入るのコーラスを彷彿させる。アコースティックギターとストリングスをメインにしっとり歌い上げる引用元に対し、エレファントカシマシの方は力強いバンドサウンドで朗々と歌われている。曲の展開やサウンドが大きく異なっているせいか、全くの別物として昇華されているのは見事。曲の骨子をオマージュ、そしてクラシック・ロックの"名フレーズ"をオマージュするパターンがあるが、この曲の場合は後者である。
7.「太陽ギラギラ」(1992) | Dave Brubeck - Take Five
この楽曲で印象的な5拍子のリフは、ジャズのスタンダードでお馴染み、デイヴ・ブルーベックの「Take Five」のエッセンスが感じられる。楽曲を通じて5拍子の「Take Five」とは違い、「太陽ギラギラ」の方はサビの部分だけ、3拍子の変拍子となる。それによって、ジリジリと照らされ、うだるような暑さから、ふいに風が吹いてきたような開放感がもたらされる。この楽曲も、宮本が若い時分、学生時代に制作したようであるが、ジャズの体裁を持った楽曲が、しっかりロックとして昇華されている。実に見事な融合であり、この楽曲も、日本の土着的な精神性がにじみ出ているような気がする。
8.「過ぎゆく日々」(1992) | Traffic - Dear Mr. Fantasy
『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観られた方はご存じかと思うが、オープニング、Trafficの「Dear Mr. Fantasy」が流れた。シリーズを締めくくるにふさわしい、穏やかな幕開けであった。するとふとある楽曲が脳裏に浮かんできた。それが「過ぎゆく日々」である。これは映画どころではない、世界滅亡の行く末はひと先ず後にすることにした。「過ぎゆく日々の」リフを締めくくるフレーズ、これが「Dear Mr. Fantasy」の軽やかなアルペジオの後のフレーズの影響を感じる。「過ぎゆく日々」はどちらかといえば90年代のサウンドに近いが、フレーズ的には、非常にクラシックロックな作法である。
Track Listing (1988-1999)
1.「星の砂」(1988) | Bad Company - Rhythm Machine
2.「やさしさ」(1988) | The Beatles - Oh! Darling
3.「ゴクロウサン」(1988) | The Rolling Stones - Rip This Joint
4.「珍奇男」(1989) | Paul McCartney - That Would Be Something
5.「凡人 -散歩き-」(1990) | Led Zeppelin - We're Gonna Groove
6. 「too fine life」(1990) | T. Rex - Cosmic Dancer
7.「太陽ギラギラ」(1992) | Dave Brubeck - Take Five
8.「過ぎゆく日々」(1992) | Traffic - Dear Mr. Fantasy
9.「暮れゆく夕べの空」(1994) | Pink Floyd - Breathe (In the Air)
10.「真冬のロマンチック」(1994), 「穴があったら入りたい」(2012) | T. Rex - Get It On
11.「今宵の月のように」(1997) | Teenage Fanclub - Neil Jung
12.「ふたりの冬」(1997) | The Beatles - Oh! Darling
13.「おまえとふたりきり」(1998) | Radiohead - Lucky
14.「君がここにいる」(1998) | Teenage Fanclub - Winter
15.「涙の数だけ」(1998) | Led Zeppelin - Out on the Tiles
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (まえがき)
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (1988-1999) 後編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2000-2009) 前編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2000-2009) 後編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2010-2018) 前編
エレファントカシマシのオマージュに関する考察 (2010-2018) 後編
エレファントカシマシ(+宮本浩次)のオマージュに関する考察 (2019-現在)