宮本浩次の「俺と、友だち」日本武道館公演はいよいよ中盤、第2部に差し掛かる。宮本は黒シャツから白シャツに装いを改めて登場し、コードを軽く弾いて始まったのはエレファントカシマシの「Hello. I love you」だ。先ほどの「It's only lonely crazy days」同様、バンド編成で演奏するのはこれが初めて。ミドルテンポのほど良く力の抜けたサウンドに吐き出されるラフな歌唱は、Red Hot Chili PeppersあるいはSublimeのようなアメリカの西海岸のバンドからの影響を色濃く感じる。たちまち、黄土色の岩が剝き出しになった荒涼とした長い一本道をドライブしているような景色が広がった。やはり今日の演奏は内(日本)ではなく、どこか外を向いている。カバー曲「ジョニィへの伝言」を挟んで披露されたのは「風」。ファルセットの美しさが際立つ。"風"繋がりか、Adoの提供楽曲「風と私の物語」へ。濃淡のあるブルーの照明を浴びながら宮本は原曲のキーそのまま、高らかに歌い上げていく。〈子供らがはしゃぐ公園のベンチに座って〉の部分で強烈な磁場が生み出されるのを感じる。この瞬間がAdoのバージョンからは感じられなかった、実感のある風景と東京の色だ。この日、いわゆる"東京なるもの"の横溢はこの瞬間が初めてであったように思える。メロディーは一つとして同じものはない雲と風のように、自在に姿を変えていく。
ライブは中盤、「哀愁につつまれて」、「close your eyes」と直近にリリースされた作品が続いていく。そして「今宵の月のように」へ。ソロ、ひいてはエレファントカシマシでずっと大切にしてきた楽曲だ。このあたりで、瞬間的に沸騰しては冷めを繰り返していた客席にもようやく熱が帯び始める。なるほどここからは盤石の体制でライブは運んでいくのか——そう思っていた矢先、「昇る太陽」で再び掻き乱されていく。赤と青の華やかな照明に照らされたステージの下、宮本は跪いて、もはや音程など気にせずに、瞬間瞬間の叫びを歌に捻じ込んでいく。一体どこまで挑んでゆくのだろうか。そのエンジンはもう既に焼き付きが起こりそうなほどオーバーヒートしているが、楽曲が進むにつれ熱量は衰えるどころか増していき、最終的には完璧なピッチで歌い上げていく。還暦を間近にした人間とは思えぬ鬼畜的な所業を目の当たりにした瞬間であった。「昇る太陽」で醸成されたボルテージそのまま、「ハレルヤ」が始まると、会場はこの日一番の盛り上がりとなった。
名越のギターから、The Stone Rosesの「Driving South」のリフがオマージュされた「ガストロンジャー」が始まる。今日一番のラウドネスで充満する場内。〈お前正直な話 率直に言って日本の現状をどう思う?〉——いつもならば淀みなく出てくるリリックであるが数秒の空白ののちに〈うーん……どうなんだい?〉と噛み締めるように吐露するのが今日は何とも意味ありげであった。宮本の突き上げる拳に扇動されるように、拳を上げていく観客。〈ぶぶぶ武道館 武道館 武道館 ベイベー!〉——会場はいつの間にか1人のカリスマ的指導者を中心にした政治集会のような様相を呈していた。そして、最新曲「I AM HERO」へ。Red Hot Chili Peppersの「Can't Stop」のフレーズを分解し、平面的かつシンプルに再構成されたようなリフが響き渡る、1回目。そして2回目のリフ、ギターのノイズはディストーションによって極限にまで潰され更なるヘヴィネスへと変容する。
ラップロックの作法のビートに宮本は言葉を一寸のズレもなく配置していく。宮本はギターを置き片膝を付いて、100パーセント歌だけに専念していく。歌詞の母音とシームレスにつながるシャウトが入ると景色が一転する。いわゆる"歌モノ"のようなメロディーだ。先ほどまでに構築してきたものをすべては、ブルドーザーの如く"ドドドドドド"、"ガガガガガ"と瞬く間に取り払われてしまった。目まぐるしい展開のなかで連呼される〈I AM HERO〉はあまりにも完璧なフックである。2000年代のエレファントカシマシ、中でも「平成理想主義」、「未来の生命体」のようなプログレッシブな趣も感じるが、当時の焼き直しでは決してない。メインストリームで戦える、どこまでも"今"の楽曲だ。終盤、倒れそうになりながら再びギターを手にした宮本は締めのギターフレーズを弾ききって、本編は終演。無造作に置かれたギターからは、フィードバック音が鳴り響いていた——。
拍手の中、アンコールはソロの定番ともいえる楽曲が続く。「冬の花」、「rain -愛だけを信じて-」、そして「P. S. I love you」。だた、いつものような紙吹雪の演出はない。今日はひたすらバンドサウンドを届けることに注力しているように思えた。愛と多幸感に満ち溢れてゆく会場。ダブルアンコールはなんと宇多田ヒカルの「First Love」。良くも悪くも意外な選曲に、会場は困惑気味のまま終演する。メンバーが前に出て、一列に並び手を繋いで一礼。颯爽と帰っていくその表情は満たされているように見えた。24曲。今、宮本が鳴らしたい音全てを体感した。宮本はMCで
「今日は……俺にとっても、みんなにとってもお互い様、出発の日とさせていただきます!」
と話していたように、いつもとは違う、エレファントカシマシでもソロアーティスト、宮本浩次でもない全く新しい風を感じた。「夜明けのうた」と「凡人-散歩き-」あるいは「It's only lonely crazy days」と「Do you remember?」が同じ次元 で共存している世界。だがそこに違和感は全くなかった。それどころか、ソロとバンドの楽曲が弁証法的に繋がってゆく、途轍もないカタルシスを感じたのである。
エレファントカシマシのキャリア初期の楽曲は30年以上の月日を経て、歴史の重みのようなものが付加されてきた。それは楽曲を構成する様々な要素に起因する。メンバーの個々人の肉体、あるいは精神的な要因。宮本は時の流れに決してあらがうことなく受け入れ表現を続けてきているが、むしろ、そうだからこそ、この重みは蓄積され続けていく。決して取り払うことのできないもの。他方でそれは、エレファントカシマシという社の中にある桐箱に大切に保管され、愛でられるべき国宝のようなものであるのかもしれない。だが、宮本はそうすることを拒否した。なんと、エレファントカシマシに戻って演るという選択肢を取らなかったのである。社を無造作に解体し、桐箱の中身を取り出し「俺と、友だち」という新たな社に移動させてしまったのだ。すると、歴史の重みによって埋没していた楽曲の核の部分が露になった。当時の再現、さらには初期衝動とも違う、ひたすらに純粋な表現が40年近いキャリアにして表出したのである。そう、まさしくこれは、バンドの式年遷宮ではないか——。
「俺と、友だち」は最終的に、エレファントカシマシのメンバーが一人一人集結し、エレファントカシマシと同義化していくのではないかと思っている。その皮切りとなった下北沢SHELTER公演の冨永義之の出演はその布石であったのではないだろうか。冨永の出演は実現こそしなかったものの、もし仮に出演していた場合、宮本のソロの楽曲をエレファントカシマシの冨永が叩く前代未聞の状況になっていたことは間違いない。とすると、宮本自身のみならず、メンバーの中にある歴史の重みなるものも、半ば強制的に刷新しようとする試みとも言えるだろうか。歴史に縛られない、まったく新しいバンドサウンド——。新しい社で奏でられるエレファントカシマシの姿は一体どうなるのだろう。今後の宮本浩次の旅の行方に目が離せない。
前編はこちら
セットリスト
第1部
01. over the top
02. 明日を行け
03. 悲しみの果て
04. 夜明けのうた
05. 凡人-散歩き-
06. サラリサラサラリ
07. It's only lonely crazy days
08. Do you remember?
09. OH YEAH!(ココロに花を)
第2部
10. Hello. I love you
11. ジョニィへの伝言
12. 風
13. 風と私の物語
14. 哀愁につつまれて
15. close your eyes
16. 今宵の月のように
17. 昇る太陽
18. ハレルヤ
19. ガストロンジャー
20. I AM HERO
アンコール
21. 冬の花
22. rain -愛だけを信じて-
23. P. S. I love you
24. First Love
