三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

Oasis Live '25 来日公演の記録Ⅱ——チケットをください

居ても立っても居られないことというのは、生活が慎ましやかであればあるほど数少ない機会となってしまう。朝、アラームが鳴る。眠たい目を擦りながら起床。朝の通勤列車に乗る。人混みは東京の中心部に近づくにつれて圧縮されていく。サラリーマンの吐く息を目の前に感じながら車窓を眺める。住宅街、電信柱、登校する学生。同じような風景の連続。やがて職場に到着する。いつものように責任範囲、業務範囲の押し付け合いが上の方で展開され、その絞りかすのような仕事がパラパラと降ってくる。そしてそれを、いかにもそれっぽい成果に仕立て上げて退勤する。帰り道の電車、一刻も早く帰りたい社会の歯車たちが我先に、我先にと乗り込んでくる。再びぎゅうぎゅうに押し込まれる。やっとの思いで家に到着。レトルト食品を棚から取り出し、電子レンジに入れる。夕食を食べながら、テレビをただただ呆然(ぼうぜんと眺める。お腹を休めることを口実にベッドに横になる。時計を見てハッとして、重い腰を上げ風呂に入る。今日も一日なにも成し遂げられなかったと、しばらくの間ウダウダとし、寝る。毎日がこの繰り返し。〈毎日がスペシャル Everyday is a special day〉などと誰かが歌っていたが、それはブルジョワジーのみが許された極めて限定的な価値観にすぎないと、ぬくぬくした布団の中で冷笑するのであった。

 

2025年10月上旬。ふと、スマートフォンを眺めると、Oasisのグッズにまつわる広告に流れてきた。アディダスとのコラボレーションが決定し、お馴染みの三本線のトラックジャケットにOasisのロゴが刻印されたスタイリッシュな仕上がりになっている。渋谷のMIYASHITA PARKではポップアップが展開されているといい、例によって転売ヤーの巣窟になっていることは容易に想像ができる。来日公演の直前になると、日々の検索のアルゴリズムのせいか、Oasis関連のニュース記事やら、直前の韓国ソウル公演の映像やらがこれでもかと目に入ってきた。現代において、興味のある情報を遮断することなどもはや不可能であった。情報の暴力にたちまち発狂し、うなだれ、ある事実がフラッシュバックする。私は、チケットに外れた、外れた、外れた——。この事実は、エセ平穏、エセささやか、そしてエセ丁寧な暮らしによって上塗りし、完全に忘れ去ろうとしていたが、できるはずがなかった。手作りのぬか床で漬けた漬け物の出来栄えにフッと微笑んでいても無理なものは無理なのであった。そうしている間に、10月25日がやってきた。公演初日である。チケットが当たったという友人Tに、今日のライブを是非とも楽しんできてほしいと連絡してみた。下心などない。いや、ないと言ったら噓になる。0.05%ぐらいの確率で、今日のライブ行けなくなっちゃったんだけど、代わりにどうかな?というメッセージが来ることを期待していたのである。無論、彼は私にとっての竹馬の友であった。あゝ友よ、このようなことを少しでも考えてしまった私を力一杯に殴ってくれ——。

 

ライブ初日は何事もなく終演したとみられ、SNSには怒涛のように公演中の動画やら、ライブレポートやらが投稿され、タイムラインはOasis一色になった。あゝ!言葉にならない叫びが思わず溢れ出た。悔しさ、悲しさ、切なさ、歯がゆさをすべて一緒くたにして濃縮したような叫びである。だが不思議にもその瞬間、自分の中に何かが湧き上がってくるのを感じた。今なら何でもできそうだ。吹っ切れた人間特有の、"もうどうにでもなれスピリッツ"が燃え上がってきたのである。Oasisがあれば、何でもできる。Oasisがあれば、終電間際今から、永田町に行って国会議事堂前で拡声器を使って、日本の行く末について延々と語ってやることだってできる——。えー、ニッポンの政治家、そして官僚の皆さんお疲れ様でーす。どーも、ご存じ私がOasisのライブに外れた男ですよぉ。いやー、それにしても円安、何とかできませんかねー。円の価値がもうすこーし上がってくれたら、海外からのアーティストがもっともっと来てくれると思うんですよ。今回のOasisのライブだって、2日だけじゃなく思い切って4日くらいやってくれたのかもわかりませんよ。そしたらね、拡声器を使ってこんな小恥ずかしいことしなくたって済んだんです。国民の最低限度の生活にはOasisが必要なんです。そうです、オ・ア・シ・ス、です。

 

ついでに言わせてもらいますがね、グッズのTシャツ、これも最近なんかやたらと高いじゃないですか。バンドTシャツってやつですよ。わかりますよね、高市さん。あなたメタラーなんでしょ?そこんとこヨロシク頼みますよホントに——。無論、男の突飛な行動は無許可で敢行されたものであり、巡回中の警官によって、拡声器のハウリングと共に検挙された。だが男の表情は晴れやかだった——。さすがにそこまでの暴挙は出なかったものの、"酸っぱいブドウのキツネ"こと、筆者はあることを思いついた。それは、チケットを譲ってほしいということを表明することである。ブドウに届かないのなら、実が落ちてくるのをじっと待てばいいじゃない。なぜこんなにも当たり前のことを早く思いつかなかったのだろう。心の中のマリー・アントワネットもたまには良いことを言う。美味しそうなブドウを眺めていたキツネは一度は諦め、ブドウに対する陰謀論を流布する体たらくであったが、再び立ち上がるに至った。やっぱり、Oasisを観たい。これだけは……これだけは言えることなんですけど、俺には……オ、Oasisしかないんですよ——。ミスターSASUKEならぬミスターOasisである。思い立ったが吉日、部屋の隅に雑然と置かれている段ボールを引っ張り出し、その辺にあった紙を貼り付け、マーカーペンでデカデカとこう書いた。
「Oasisのチケット1枚お譲り下さい」
必死である。だがそんなことを思っている暇などなかった。Oasis、チケット、 Oasis、チケット、Oasis、チケット——。筆者の脳内はたちまち壊れたテープレコーダーのようになった。

 

翌26日、来日公演2日目。お昼過ぎ、"チケット乞食"は威風堂々、水道橋駅東口に到着する。この日は雨模様であった。マンチェスターのような鈍色の空はまさにOasisにおあつらえ向きの天気ではないか。自動改札機を抜けたすぐの場所にさっそく同族、つまりはチケット乞食と思しき人物が目に入った。例によって、チケットを譲ってほしい旨が書かれたボードを掲げ、さらにはフライドポテトのような被り物をしていた。とにかく目立っていれば、譲ってくれるだろうという安直な戦略である。出口をさらに進んでいくと、自分と同じ目的と思しき人間がずらりと並んでいる。15から20人くらいはいただろうか。それぞれが手製のボードを胸の高さ、あるいは頭上に掲げアピールしている。こうして傍から見ていると、実に必死な姿であるのだが、これから自分も同じようなことをするのである。高架下は雨のせいか多くの人がいたので、その集団から少し外れた駐輪場のある方に陣取ることにした。たちまち冷たい霧雨が頬にかかってくる。隣にいた女性は傘を差し、俯き加減でチケットを求めている。向こうにいる夫婦、あるいはそれに近似した関係性と思しき2人組は傘もささずに、意気揚々とダンスを踊るかの如くアピールしている。彼らはチケットが取れなくてもおそらく満足して帰っていく人種だろう。そのすぐそばには中年の男性。通行人一人一人に会釈をしていく。その寂しい前髪と相まって、何とも切実なオーラが作り上げられていた。

 

さて。自分もトートバッグの中から例のボードを取り出そうとする。この瞬間の恥ずかしさといったらたまったものではなかった。いや、屈辱感といった方がいいだろうか。プライドが邪魔をし、手が動かない。こんなこと、最初からしなければよかった——。ああ、分かっているさ、オレが意気地なしだってことはね。もう何とでも言ってくれよ——。すると突然脳内に謎のコート姿の英国男性が現れる。そしてマンチェスター訛りの汚い口調でこう言ってきた。でもな、ファッキンそんなこと言っていたら、あのファッキンクレイジーなショウを観ることはできないんだぜ。ファッキン現実を見ろ。お前が今ファッキンフォーカスすべきことはファッキンチケットを手に入れることなんだ。顔は帽子に隠されており見えないが、ロックンロール・スターの佇まいであることは確かであった。ハッと我に返り、筆者はボードを取り出す。チケットをお譲りください——。いよいよ、戦いの火蓋が切って落とされたのであった。(続く)

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