諸々の仕事を済ませて霞ヶ関駅へと向かう。今日はエレファントカシマシの日比谷野音コンサート当日である。駅に着いて何も考えずに構内を歩いていたら、日比谷公園の方向と反対側の出口に出てしまった。法務省管轄エリア、東京家庭・簡易裁判所合同庁舎の横を通る。庁舎の入り口付近の掲示板には、びっしりと紙が貼り付けられてあった。怨念のお札が木に貼られているかのような趣である。公示送達、期日呼出状、口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状——。何やら強そうな言葉が並んでいる。裁判所から何かが送られたり、呼び出されたりするのは普通に生活している限りまずないだろうから、少なくとも"イリーガル"な事案であるということはだけはわかる。おそらく裁判所がお怒りモードであることを踏まえれば、"怨念"という直感はあながち間違いではなかったのかもしれない。
鉛色をした空から雨粒がぽつぽつと落ちてきた。カバンを頭の上にかざしたサラリーマンとすれ違う。やがて大通りに出る。途端に都会の喧騒が広がる。信号を渡ると日比谷公園に到着した。公園は鬱蒼と生い茂る木々によって都心のオアシスのような佇まいを放っている。日比谷野外音楽堂の方に近づいていくにつれ、人の密度が高くなってゆく。周辺の手すり、ベンチ、置き石——公園内で座ることのできるありとあらゆる場所には人がいた。プラ柵に括り付けられた音の割れたメガホンからは、案内の声が響いている。「日比谷野音 100周年」と書かれた看板が目に入った。まもなく東京都の再開発計画により、野音は改修工事に入るらしい*1。16時前、後方立見席の入場列に並ぶ。整理番号は3桁であり、呼ばれるのはどうやら最後の方らしかった。場内からはBGMがぼんやりと聞こえてきている。運転免許証でIDチェックを済ませ中に入る。場内に入ることができたのは実に2016年ぶりのことであった。
場内はグッズ販売の列やら売店の列やらでごった返していた。人並みをかき分け、座席に続く階段を数段登ると会場の全景が広がる。THIS IS 野音——。後方立見席は会場の一番後ろ、扇でいうところの淵にあたるスペースにあった。体を預けられるくらいの高さに設置された金属製の手すりが3か所あり、その範囲内であればどこからでも観ることができた。座席中央の最後の数列にはテントが設置されている。どうやらそこが関係者席であるらしかった。誰かいないか何となく辺りを見回してみると、会場の一番後ろにそびえる照明塔の前に一際目立つ格好をした人物を見つけた。新しい学校のリーダーズのSUZUKAであった。マネージャーと思しき男性と話をしている。真っ赤なジャージに、これまた真っ赤なジーンズという出で立ちである。トレードマークのメガネはかけていなかった。その印象的な格好と相反して、彼女の放つオーラは控えめであった。今日の主役はエレファントカシマシであり、彼女もまた観衆の一人だった。別段ワーキャー言われるわけでもなく、その存在に気が付いていたのは、あるいは自分だけだったかもしれない。ライブでガニ股で歌うパフォーマンスや、あの印象的なウルフカットは、宮本浩次を意識したものなのだとか*2。
開演20分ほど前、ステージから前方エリアにはスモークが充満し、アコースティック、あるいはアンビエント・ミュージックが流れている。誰一人として言葉を発しない静寂な空間は、何か厳かな神事が行われるのを待っているかのようだった。雨が看過できないくらいの強さになり、ポンチョやレインコートを着た観客たちによって、会場はカラフルに染まってゆく。無論、自分もその一部であった。17時。時間通りにコンサートが開演する。照明がパーッと明るくなると同時に指定席の観客が立ち上がったのでたちまち前が見えなくなった。どうしようかと思っていたら、通路側のスペースが空いていることに気づく。試しに行ってみると、何人か我が物顔で観ている人が数人いた。自分もしばらくそこで観ることにする。確かに誰からも注意されることはない。後方エリアに関してはその辺の規制が緩いのだろう。ライブスタッフは通路を確保するために、通路を往復してはみ出た観客をそれとなく元の席に誘導することがある(本屋で立ち読みしている人の前で突然本を整理し始める店員と同じノリ)が、そもそも野音ではその所作を見たことがないため、その辺は気にしなくても良かったのかもしれない。
会場の音響は決していいとは言えなかった。宮本のギターの音が強い輪郭をもって前にせり出し、石森のリードギターの音が埋もれてしまっているのである。ここ最近のエレファントカシマシの音のバランスがいつもこうである。冨永のドラムの迫力とサポートメンバーの縁の下の力持ち的な振る舞いで何とかバンドサウンドとして食いつないでいるといった感じである。良くも悪くも今のバンド内のパワーバランスが示唆されているようで居た堪れない気分になった。他方でライブのセットリストは近年のマンネリズムをことごとく打破したもので、あまりにも予想外な展開が続く。ただ、この日はどこか別の所に気が向けられてしまう。無論、退屈であるはずがないのだが、コンサートと全く関係のないことが次々と浮かんできてしまうのだ。今日の夜は何を食べようか、あれ、そういえば航空券のタイムセールっていつだったっけ——とはいえ不思議なことに終わってしまえば、この日の出来事は頭の中にすっかり残っているのである。これは脳がリアルタイムで処理できる情報量を超えたときに、一時的に別の領域に退避しているものだと思っている。
ふと、関係者席を見てみると、音楽評論家の渋谷陽一がいた。座った状態で太股を叩いてリズムに乗っている。普通であれば何気のない所作であるのかもしれないが、時にそれが大きくずれてしまうほどゆっくりした挙動であったので、やたらと気になってしまった。老人保健施設にいる入居者のような、実におぼつかない動きであった。確か70を過ぎたくらいの年齢だったと思うが、それにしては老け込んでいる思った。相変わらず雨は降ったり止んだりしている。雨の野音は悪くない。終盤、「友達がいるのさ」のアウトロでメンバー紹介が挿入される場面があった。すると、会場の外から声が場内にまで聞こえてきた。外からの歓声が聞こえてきたのは、後にも先にもこの瞬間だけであった。不思議なことにこの瞬間というのは、何かこみあげてくるものがあった。宮本の声のトーンとタイミングが絶妙であり、間違いなく会場全体がある種のカタルシスのようなものに包み込まれていた——。終演後、再び渋谷陽一の歩く姿が見えた。その後ろ姿は実に弱々しいものであった。このコンサートの直後である2023年11月、渋谷は脳出血を発症し緊急入院する*3。体調不良をおしてでも彼らのコンサートだけは観たかったのだろう。まさに音楽評論家の執念、人生をかけた戦いはステージのみならずここでも繰り広げられていた。
コンサートが終わった後は、外で聴いていたという友人E*4と待ち合わせして、行きつけの町中華に行く。Eは「星くずの中のジパング」が最も感動したという。確かに、この曲は約20年ぶりに演奏されたものであり、宮本自身も忘れているものだと勝手に思っていたから、演奏されたときは夢と現実の区別がつかなくなるほどだった。ただ、会場内は思っていた以上に盛り上がっていなかった。その様子について伝えるとEは、
「それじゃあ、フジロックでThe Strokesが演った「Fear of Sleep」の時と一緒じゃん!」
と言った。Eは現地で一人発狂していたが、他の観客は"ポカーン"だったのだという。
「これマジでヤバいって!みんな!気づいて!これ、Fear of Sleep!今まで一回も演奏したことない曲なんだってば——!」
当時のEの様子が容易に想像できる。とんでもないくらいのレア曲というのは脳の処理が追いつかないか、はたまた曲そのものを知らないかで、盛り上がらないのが定めなのかもしれない。
自分は第2部の序盤、「さらば青春」、「甘き絶望」、「武蔵野」の流れがあまりにも素晴らしかったという話をした。これぞ野音、といういわゆるライブの"へそ"、ピークであったと思う。野音、もっと言えば東京とバンドがシームレスに接続する瞬間。欲を言えば「さらば青春」の時のやり直しがなければ完璧だった。第1部が終了し、静寂の状態から宮本のギターストロークが始まり、キーボード、そしてバンドサウンドへ——。あのまま1番の途中で止まらずに続けていたら、これまでの40年近いキャリアの中でベストアクトになっていたことは間違いない。ここ10年で最高のセットリスト、というボジョレーのキャッチコピーような安い文句で締めくくり、店を出る。雨はもはや土砂降りと言えるくらいの強さになっていた。さて、ライブレポートはどのように書こうか。既にああでもないこうでもないと思案を巡らせている。
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