三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

Oasis Live '25 来日公演の記録Ⅴ——敗れたる者たち

チケットを求める仁義なき戦いはまだ続いていた。水道橋駅西口、開演時間まであと1時間。向かいにはリアム・ギャラガーの顔を切り抜いた紙を、お面のように貼り付けた偽リアム・ギャラガー。そして
「ワン・ティケット!ワン・ティケット・フォー・ミー・プリーズ!」
となぜか英語でチケットを求める40手前くらいの男性、筆者の隣には友人Eと、強面のダフ屋がいた。雨は依然として降り続いていた。少し離れたところにいた、もう一人のダフ屋に動きがみられたようである。
「やられた、やられたよ」
そう言って、こちらの方にやってきた。強面の方と何やら話をしている。
「あのおじさん、チケット騙されたんだってさ。昨日のチケットを売られたみたい。ダフ屋が騙されるなんて、これより恥ずかしいことはねぇよなまったく」

 

2025年、ダフ屋が詐欺られる世の中である。これには流石に同情する。
「最近はホントに良くないよ。特にインターネット。掲示板とかそういう場所で買ったらダメだよ。上手いことやられてチケット代だけ取られてオシマイ。俺もダフ屋やってっけど、さすがにそれは違うだろって思うよ」
ダフ屋のおじさんはそのように愚痴を吐く。
「チケット余んない?……余んない?……」
呪文のようにおじさんが唱えていると時おり、余ってないんです、と律儀に返答する人がいる。するとおじさんは必ず
「ああそうかい、楽しんでってね」
と言う。あるいは捨て台詞なのかもしれないが、おじさんの中には少なからず楽しんでほしいというものが存在していた。

 

「俺は金さえ払ってくれたら、ちゃんとしたものを渡さないといけないってのがある。そういう人を騙すっていうのは一番やっちゃいけないこと。それが"義理"ってもんだよ。でも最近はなんていうか"心"がないやつが多いよな」
改札から出てくる人がだんだんとまばらになってくる。いつの間にか辺りはすっかり暗くなってきていた。
「じゃあな兄ちゃん、ありがとうな——」
そう言ってダフ屋のおじさん達は闇の中に消えて行くのであった。
「さて。そろそろ我々も行きますか」
そうしてEと筆者も東京ドームへと向かったのだった——。

 

東京ドーム周辺、生垣、ベンチを始めとしたあらゆる場所には等間隔でスピーカーが設置されており、そこからOasisのCD音源が大音量で流れ続けている。まさにOasis一色である。18時過ぎ、おとぼけビ~バ~の前座はとっくに終わっていたようであった。東京ドームの正面にまで来ると、ライブのチケットを得ることができなかった多くの亡霊たちが彷徨っていた。悪天候と相まってまるでホグワーツの周りを彷徨う"ディメンター"である。なお、この日のディメンターは、あの忌まわしき黒いヒラヒラした布ではなく、皆Oasisのトラックジャケット姿であった。ギャラガー兄弟が並ぶアートワークが映し出されたディスプレイの上、
「OUR GIANTS WILL LIVE FOREVER.」
という文字が目に入った。無論、これはOasisを指しているのではなく、
「我が巨人軍は永久に不滅です」
という故長嶋茂雄氏が、選手生活にピリオドを打つ際に言った言葉が翻訳されたものであった。とはいえこの日の会場にあまりにもマッチしている。キャッチコピーとしてこれ以上にない。そして直感する、これを記事のタイトルにする人はさぞかし多かろうと——。そうこうしているうちに場内から「ボワーン、ボワーン」と重低音、「Fuckin' in the Bushes」らしき音が聞こえてきた。どうやらライブが始まったようである。東京ドームの回転扉が開閉するたびに、16年分の歓声がこちらにまで漏れ聞こえてくる。場内にいたら間違いなくこの時点で声を枯らしていたに違いない。

 

始まった、とはいえ何を演奏しているのかさっぱりわからない。理屈はよくわからないが、こういう大きな会場の場合、少し離れた場所で聴いた方がクリアーになるという話を聞いたことがあったため、アトラクションズ(遊園地のあるエリア)と東京ドームホテルがある場所の方まで離れてみることにする。東京ドームの真っ白い屋根の全容が見えてくるにしたがって、はっきりと音が聞こえてきた。ライブは中盤、ノエル・ギャラガーのコーナーに差し掛かっていた。「Talk Tonight」。ノエルのソロ公演でも度々演奏されてきた楽曲であるが、Oasisという看板を背負っていると一味も二味もよく聴こえる。このエリアには人がほとんどいなかった。まさにベストポジション——。そう思っているとEが何やらこのように呟く
「やっぱり……人がいる所に行きたくないですか?」
確かに、一理ある。"人がいる所"というのは、後楽園駅から降り、東京ドームに向かう橋を渡ったすぐのところにある、巨大なディスプレイが置かれた場所である。前日のライブでは噓か誠か、ここに1000人近くの人が集まっていたのだとか。

 

そうして我々は移動を開始する。東京ドームを囲む通路を歩いていると確かに、ディスプレイの方に近づくにつれディメンター・オブ・オェイシス(Oasisのチケットに敗れたる者たち)の数が増えてきた。ディスプレイ前に到着すると、前評判通り多くの人がいた。ちょっとしたライブハウスくらいの人である。大学生、社会人、はたまたロックファン特有の、職業不詳なオーラをまとった人間達が入り乱れ、ところどころで発狂する声が聞こえてくる。誰もが皆、これで俺たちは救われるんだ、これが正しいんだ、みたいな顔をしている。我々が真のOasisファンなんだ、Oasisはここにいるぜ!Oasis vives in the area——!無論、Oasisは今場内である。そうこうしているうちにライブは後半に突入する。「Whatever」が始まったようである。かろうじて聴こえてくる音に耳を傾けながらの大合唱である。この場所では歌い始めると、必然的に場内の音がかき消されるトレードオフの関係性があったため、1小節、2小節とズレが生じていく。それでもここにいるディメンターたちにとっては関係のない話であった。アウトロの部分では、The Beatlesの「Octopus's Garden」がこれまた大合唱。

 

タンバリンを持ったリアムギャラガーかぶれの男を見つける。ファッキンが口癖であり、シャンシャンとタンバリンを鳴らしては辺りをうろうろしている。ネットスラングを現実世界で聞いた時と同じようなぞわっとする感覚が襲う。ふと聞こえてきた話によるとこの男のタンバリンは、リアム・ギャラガーがライブで放り投げたものをキャッチしたのだとか。ライブが進むにつれ、酒をあおりながら叫ぶ男たちを中心にサークルピットが生まれた。その様子はまさに池のほとり、シリウス・ブラックに群がるディメンターそのもの。それは流石に度が過ぎたのか、警備員にエクスペクト・パトローナムされる始末であった。

 

依然として「場内にいるお前らよりも、俺たちの方が幸せだぜ!」みたいな空気が充満している。そんなわけ、あるはずがない。間違いなく会場の中こそが、世界最高の瞬間になっているというのは確かである。我々は敗れたのである。先ほどまで隣にいたはずのEを見てみると、どこかに消えていた。あのゴチャゴチャした有象無象の輪の中にまみれているのだろうか。ほんとうに、これでいいのか——いやはや、こうするしかないのである。これが今我々にできる最善策なのであった。そうこうしていると、いよいよお待ちかね「Don't Look Back in Anger」が始まったようである。例によって、ワンテンポ遅れての大合唱。一番大きな声で歌える曲が国家なら、間違いなくこの曲はそうだって言える。これはみんなのための国家なのさ——。無論、存在しないノエル・ギャラガーの名言である。

 

帰り道、ギャラガー兄弟を表紙にした雑誌を売っている人がいた。ビッグイシュー。これはいわゆるホームレスの人のためのビジネスであり、売り上げの半分がホームレスの手元に入り、もう半分は会社側に入る仕組みである。販売員の後ろには、支援員のようなこぎれいな格好をした人間がいた。すると不思議なもので、途端に金の匂いがチラついてしまう。ホームレスは広告塔ではない。結局、Oasisのチケットは取れなかった。だが、裏を返せば30,000円が浮いたということになる。さて何に使おうか。そんなことを考えていると、どこからともなくEがフラッと現れた。一緒に電車に乗る。車窓に映った顔は疲労困憊である、もう二度とこんなことはしたくない。おそらくEも同じだろう。とはいえ良い一日だった。雨はまた一段と強まってきていた。