三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

白昼一時のHEART STATION

今週の第1位は、宇多田ヒカル「HEART STATION」——。

 

曲紹介に被さりながら、イントロがカーステレオから流れてきた。携帯の着信音のようにシンプルな電子音に乗せられる、彼女の洗練された歌声は、不思議と近未来を予感させる。まもなく、午後の2時になろうとしていた。窓の外に目をやると、代わり映えのない、一面の雪景色が広がっている。秋にはあれだけ頭を垂れていた稲穂はすっかりと刈り取られ、今では田んぼの境目が分からなくなるほどに雪が積もっていた。電線や、信号機にも雪がびっしりと張り付いていて、時折風が吹くと、それが綿飴のような塊になってふわふわと途中に舞う。奥には、雪で真っ白になった森がどこまでも広がっている。ぐるりとリアガラスの方を振り向いてみると、先ほどまで滑っていたスキー場のコースが霞みながら小さく見えた。そう、スキー場からの帰り道——。

 

今から12年前、当時小学生だった私は、2月、本格的なスキーシーズンが到来すると、毎週末、父と一緒にスキーをしに行っていた。早朝から、たいていは午後の3時くらいまで滑る。ただ、天候が悪いときは例外で、すぐに引き揚げた。悪天候の時のコースは、ほとんど何も見えない。地上と空中の境目が分からなくなって、ただただ真っ白い世界が広がっている。見えるのは自分の体と、先を滑る父の赤いスキーウェアの背中だけ。急斜面に対する恐怖よりも、このままここで動けなくなったら一体どうなってしまうんだろうか、という不安の方がよぎった。しかしながらそんな感情は、滑っていくにつれ良好になっていく視界とともに薄らいでいく。無事に下まで滑り終えると、達成感とともに安堵感に包まれた。そのまま、スキー場の食堂で昼食をとり、そそくさと家路へと向かうのだった。

 

父の車のカーステレオからはいつも、ラジオが流れていた。悪天候で早くスキー場から上がったときというのは大体、邦楽のカウントダウン番組が流れていた頃だった。今週の1位は、一体誰なんだろうか——。

 

今週の第1位は、宇多田ヒカル「HEART STATION」——。

 

今でもこの曲を聴くたびに、スキー場からの帰り道に見えた広大な山々と、雪化粧の風景が鮮明に浮かび上がってくる。宇多田はこの楽曲を、帰り道、深夜の高速道路でふとカーステレオから流れてくるのをイメージして作ったという。一方、自分が想起させられるのは田舎の、しかも白昼の雪道という、ある意味で正反対とも言えるシチュエーション。ただ、共通しているのは、"帰り道"であるという点。帰り道というのは、何かしらの物事を終えている、あるいは一区切り付いていることが多い。そしてそこには同時に、"達成感"だとか"安堵感"だとかも同時に付き纏ってくるだろう。

 

楽曲の歌詞に、

私の声が聞こえてますか?
深夜一時の Heart Station 

という一節がある。"Heart Station"は、"心の電波を発信する場所"という意味だそうである。スキー場という非日常の空間、そして何より無事に帰ってこられた自分をこの楽曲は、カーステレオから発信される電波を通じて、優しく包み込んでくれた。まさに、白昼一時のHeart Stationなのであった。

 

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