あの子ったら一体、どこへ行ってしまったのかしら。おーい、おーい——。
はぐれ子グマを探す親グマの叫び声は、針葉樹が鬱蒼と生茂る森の中でこだましていた。その頃、束の間の家族旅行から帰る途中の車内には、米米CLUBが大音量で流れていた。聴いていたアルバムは、『DECADE』(1995)。これは、彼らのデビュー10周年を記念して製作されたベスト盤で、ヒット曲しか詰め込まれていなかった。どれもこれも、どこかの場面で聴いたことのある馴染みの楽曲ばかりだった。
高速道路に差し掛かった頃、助手席に座っていた私はまるで、神の啓示を受けたかのようにこのアルバムをかけたのだった。無論、神さまなんて何処にもいない。純粋に、家族みんなが知っていそうだったからである。米米CLUBは期待を裏切らなかった。退屈な高速道路の風景を瞬く間にファンキーにしてくれた。聴いているだけで体が躍り出すような感覚、そしてキャッチーなメロディーは口ずさみやすい。また、青春時代をバブル真っ只で過ごした両親の世代にとってはノスタルジーということで、一同、
「米米CLUBはいいなぁ…」
みたいな雰囲気になっていた。
そんな最中、約100メートル程先の森の方で黒い塊が、まさに今道路を横断しようとしているのが見えた。タヌキにしては大きすぎる、はたまた大人のクマにしてはあまりに小さい——。横断しようとしていたのは、子グマだった。今走っているスピードのままだと、道路を横切る子グマにドンピシャでぶつかってしまう。神さま、助けて——。無神論者の情けない命乞いである。子熊とはいえ、100キロ以上のスピードの鉄の塊にぶつかった暁には、それなりの衝撃になることは間違いない。車内には軽快なファンクナンバー「Shake Hip!」が流れていたが、至って冷静だった。父はすぐさまブレーキを踏み、減速をした。子グマは対向車線を横切り、追越車線に差し掛かろうとしていた。
するとまもなく、追い越し車線を走っていた青色のスポーツカーが、なーにトロトロ走ってんだいと言わんばかりの、もの凄いスピードで我々の車両を追い越して行った。すぐ前方の方で、子グマが道路を飛び出しているのにもかかわらず。ほんの数秒後、子グマはドーンという大きな音を立ててスポーツカーに激突し、横たわってしまった。スポーツカーも止む無く停車する。徐行しながらその横を通ったとき、子グマの顔が見えた。なんとも苦しそうな顔だった。この子は死んでしまったのだろうか。自慢のスポーツカーのドアは大きく凹んでしまっていた——。
どうしてこんなことに、どうして、どうして——。
道路に立ち尽くした親グマは子グマの亡骸を見つけて、こう思うに違いない。ただ、現実はそうはいかない。人間の手によって整備された道路に、運行の妨げとなる"障害物"があってはいけないのだ。その姿を見届ける暇無しに、子グマの亡骸は回収業者によってテキパキと片付けられてしまう。そしてあっという間に、いつもの平穏な高速道路に戻る。ぶつかったスポーツカーの主人は、1日を無駄にしたと嘆き、ぶつかって来た子グマを憎らしく思ったんだろうか。
テレビであれ、ラジオであれ米米CLUBが流れると、この騒動のこと、そして子グマの顔をはっきりと思い出す。家族にも聞いてみると、ああ、確かにそんなことがあったねと言い、その後には決まって、そういえばあの時は米米CLUBが流れていたよなぁ、と口をそろえるのだった。印象に残った出来事でかかっていた音楽は、なかなか忘れられないものである。その逆もまた然り、音楽は記憶を鮮明に呼び起こす。
そうだ、今度、高速道路を運転した時に米米CLUBをかけてみることにしよう。あの子グマに捧げる鎮魂歌として。