サザンオールスターズのさいたまスーパーアリーナ公演にやって来た一人の青年。幸運にもアリーナ席の前方エリアという座席を引き当て、夢か現か区別もできぬまま、ただその演奏に圧倒されるばかりであった。「愛の言霊 ~Spiritual Message~」のカオスを目撃した男の興奮冷めやらぬまま、ライブはいったんMCへ。あっという間に中盤である。
「ほんとにもう、自分のラジオぐらいしか新曲が鳴ってなくて申し訳ないんですけど……あ、みんな座って座って、疲れてるって、グッタリしてるって、大丈夫?」
と桑田佳祐(Vo./Gt.)は、同じく年を重ねてきた観客をいたわり(?)ながら続ける。
「今から新曲やるんですけど……え?知らねえよ、そんな曲!って?……おトイレとか行っても大丈夫ですよ、ウンチとか……あ、いいですか。それじゃちょっとガマンして聴いてね――」
と謙遜気味に始まったのは「桜、ひらり」。照明効果でステージはピンクに染まり、スクリーンには花びらと桜の木が映し出される。ひらひらと降りてゆくコード進行が美しい。濃密なサウンドと桑田の伸びやかな歌声に心を委ねていると、ふと男の頭の中に故郷 の風景が浮かび上がってきた。間もなく春であるが、まだまだ雪が残る北国の風景だ。男の目にはツーッと一筋の涙。〈突然/ あれからしばらくは/ 生まれたこの場所が/ 嫌いになったよ〉という節があるいはその契機になったのかもしれない。風景の中には現在ではなく、あの頃の自分がいる。都会 に憧れる青さとあどけなさの残る一人の少年。曲が進んでゆくにつれ、十数年が経った今ここにいる自分へと瞬間的に戻ってくる。そんな刹那のタイムスリップに得も言われぬ感動を覚えた。いつの間にか会場には桜の吹雪が舞っていた。
続くのは「神様からの贈り物」。極上のポップメロディに乗せられるのは〈ニッポンの夜明けは暗い/ でも先人は凄い〉という強烈なパンチライン。尾崎紀世彦、クレイジーキャッツ、島倉千代子、坂本九――。昭和の時代を彩ったスターたちの映像が次から次へと流れていく。曲終わり桑田は
「昔は良かったという歌を作ってしまったらミュージシャンは終わり」
と自虐していたが、この楽曲からはそうしたノスタルジアや古臭さは感じられない。それはサザンオールスターズが現役であり、良いものはいつの時代も変わらぬ輝きを放ち続ける、ということを自身で証明しているからなのかもしれない。それから「風のタイムマシンにのって」へ。バンドの紅一点、原由子(Key.)のボーカル曲がここで演奏される。茅ヶ崎周辺の映像をバックに、桑田と原が時おりアイコンタクトを取りながら見せる、絶品のコーラスワークが展開されていく。
観客のみならず、バンドメンバーも座って始まったのは、アコースティックアレンジの「別れ話は最後に」。40年以上前、デビュー時の頃の楽曲でも桑田はいともサラッと、ついこないだリリースしました、といった感じで難なく歌い上げる。そしてここで存在感をみせたのは毛ガニこと野沢秀行(Perc.)のプレイ。アコースティックによって、コンガを始めとした打楽器のサウンドが際立って聴こえてくるのだった。次の楽曲に入る前に桑田は
『埼玉に何か恩返しできないかと思って……楽屋で新曲作っちゃったんですよ。もう古希近いのにね。こんなメロディできるんだと思っちゃったよね。これ聴いたらお客さんビックリしちゃうよ……「埼玉のピープル」という曲です』
と言い、Cメジャーをかき鳴らすと、どこかで聴いたことのある、アノ有名なフレーズがギターアルペジオで入った。その瞬間、なんとなく察した観客からは、ドッと笑い声が起こる。無論、ジョン・レノンの「Imagine」の替え歌だった。あまりにも壮大な前フリ。完全に一本取られた。歌詞*1には埼玉の特産品から有名チェーン店、そして自虐的な"県民あるある"が、ふんだんに盛り込まれていく。いわゆる"コミックソング的"なノリではあるものの、サビの〈埼玉のPeople〉の歌いっぷりはレノンリスペクトな完璧なカバー。会場は笑いと感心の狭間を行ったり来たりしていた。
お馴染みとなったメンバー紹介が挟まれてからも、新作『THANK YOU SO MUCH』コーナーはまだまだ続く。デビュー前に制作されたという「悲しみはブギの彼方に」そして、シンセサイザーの数秒の間奏 が挟まれてから始まったのは「ミツコとカンジ」だ。後者の方は新曲。ところが、時空を超えてまったく違和感なく並列に聴こえてくる。その歌詞やサウンドに至るまで、意図的に当時を再現しようとしているはずなのだが、ワザとらしさがないのは、そのソングライティングの妙だろう。ところが次の曲の、間奏 が始まった瞬間、ステージスタッフが桑田に対して手でバツを作ってジェスチャーをし、演奏が止まった。サポートの斎藤誠のギターにトラブルが発生したようであった。
「これも、ライブの醍醐味です。皆さん今日はホントに……」
と間をつなごうかというところで
「もう大丈夫でーす!」
と斎藤。あまりの迅速な対応により、何事もなかったかのようにライブは再開される。
「夢の宇宙旅行」、先ほどまでパイプ椅子に腰掛けていたアリーナの観客も、瑞々しいサウンドと松田弘(Dr.)、関口和之(Ba.)のリズム隊によって生み出される凄まじいグルーブに感化され一斉に立ち上がる。キラキラと光る星を縫いながら銀河へ没入していく夢の様子が、ステージ、ひいては会場全体に広がっていく。続けざまに「ごめんね母さん」の凄まじい 低音出力 なサウンドが押し寄せてきた。あまりにも"今"なサウンドに、先ほどまでの"47年前の空気"にしみじみの観客も思わずお口があんぐり。スクリーンには2体のアンドロイドが映し出され、近年のテクノ/DJフェスのような様相を呈してくる。この演出――そうだ、まさしくAnyma*2である。もしかすると桑田、彼のパフォーマンス映像から着想を得たのかもしれない。1970年代から2020年代への華麗な横断、この半端じゃない振れ幅こそサザンの醍醐味である。ライブは終盤の快楽 に向け、巡航を続けていく。
「ミラーボール、解禁――」
とスクリーンのアンドロイドが言って始まったのは「恋のブギウギナイト」。ここから桑田はギターを置き、ピンマイクに持ち替えた。Daft Punkの「Get Lucky」のようなカッティングギターフレーズの16ビートは会場ではより生々しく、ダンサブル。EBATO DANCING TEAMのメンバーもこの曲から登場し、バンドは更なる大所帯へと華やかに変貌していく。そしてライブは"最もフィジカルで、最もプリミティブで、そして最もフェティッシュ"なセットリストの応酬がスタートする。「LOVE AFFAIR~秘密のデート」から始まり「マチルダBABY」~「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」の黄金メドレー、そしてようやくピカピカと光り出した、手首のリストバンドの照明効果も相まって会場は一段と熱帯び、一体感を増していく。それに連動するかのように御年68歳、桑田の声も、どんどん伸びやかに艶が出てくる。その表情も心なしか序盤よりも若返っているように見えた。
そして、お決まりとなった"マンヅラ"を今回も被って御開帳 された「マンピーのG★SPOT」。楽曲のエンディングではコーラスTIGERのロングトーンで、桑田のいいとこを持っていく一芝居。エロティックでカオティックなジャパニーズポップスの大放射で本編は最高潮のまま幕を閉じたのだった。たちまち放心、もう終わってしまったのかと立ち尽くす一人の青年。次々飛び出てくる"モンスターソング"に完全に呑み込まれ、時間を忘れるほどに熱中していた。拍手の止まぬ場内。しばらくすると、メンバーたちはグッズのTシャツをそれぞれ着て再登場。桑田はイエローに「サザンオールスターズ」の赤字がワンポイントにあしらわれたTシャツをチョイス。
「まさかもっかい呼ばれるだなんて……西川口のキャバレー予約してたのに(笑)」
と冗談交じりに始まったアンコールは「Relay~社の詩」からスタート。スタジオ版のドラムは打ち込みであるが、生のドラムだとより地に足のついた印象を受ける。サビとCメロのハイトーンも何のその。そして、歴史的大名曲 「希望の轍」、史上最強のデビューソング「勝手にシンドバッド」。バックバンド、ダンサーを含めたすべてののメンバーが最も適切なポジションで極上の 音楽的快楽 をお届けしていく。もはや職人技、永遠に不滅、伝統工芸品の輝きを放っていた。
「埼玉の皆さんに素敵な春が訪れますように!また会おうね、バイバーイ!」
ラストはメンバーが一列に並んで手を繋ぎ、ライブは大団円となった――。
さてさてサンキューソーマッチ、あっという間に終演だ。力が抜けてヘナヘナと、席に座れば規制退場。アリーナ席は最後の最後。順番来るまでじっと待つ。今日のライブを振り返る。あまりのボリューム、頭の中がパンクしそう。ステージで歌う男は紛れなく、桑田佳祐その人なのに、実感全く沸いてこない。スクリーン映る姿と交互に見れば、ようやく実感沸いてきた。現実とあまりに離れた体験は、家に帰って寝るまでは、整理だなんてできやしない。いやいやもっとかかるだろう。情けない、男でゴメンよ勘弁してよ。それでも一つ言えるのは、大衆芸能その極致、アタシ目撃したんです!頭を捻って書き上げた、時代遅れの記事 、そろそろオシマイまた逢う日まで。さよならさよなら、さようなら。
前編はこちら
セットリスト
01. 逢いたさ見たさ 病める My Mind
02. ジャンヌダルクによろしく
03. せつない胸に風が吹いてた
04. 愛する女性(ひと)とのすれ違い
05. 海
06. ラチエン通りのシスター
07. 神の島遥か国
08. 愛の言霊 ~Spiritual Message~
09. 桜、ひらり
10. 神様からの贈り物
11. 史上最恐のモンスター
12. 風のタイムマシンにのって
13. 別れ話は最後に
14. 埼玉のピープル (ジョン・レノンの「Imagine」の替え歌)
15. 夕陽に別れを告げて
16. 悲しみはブギの彼方に
17. ミツコとカンジ
18. 夢の宇宙旅行
19. ごめんね母さん
20. 恋のブギウギナイト
21. LOVE AFFAIR~秘密のデート
22. マチルダBABY
23. ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)
24. マンピーのG★SPOT
アンコール
25. Relay~社の詩
26. 希望の轍
27. 勝手にシンドバッド
*1:
「埼玉のピープル」
[Aメロ1]
海もない 空港もない
狭山茶しか飲まない
ライブ以外には来ない
西武ライオンズが弱い[サビ1]
埼玉のPeople あんまりパッとしねえ[Aメロ2]
草加せんべいしか知らない
山田うどんはうめえ
池袋でしか遊ばねえ
クレヨンしんちゃんしか思い浮かばねえ[サビ2]
埼玉のPeople ヤオコーとベルクが命綱[Bメロ1]
こんな歌は時間のムダですよね
でも言いたかった
今日ここにいる幸せは
スーパーアリーナさんのおかげです[Aメロ3]
「Imagine」っていう歌です
最初から分かってますよね
深谷ネギを食べましょう
味噌ポテトも買いましょう[サビ3]
埼玉のPeople 千葉なんか意識してねえ[Bメロ2]
こんな歌は時間のムダですよね
でも言いたかった
今日ここにいる幸せは
埼玉の皆さんのおかげです
*2:Anymaはイタリアの音楽プロダクション兼DJ。Tale of Usのメンバー、マテオ・ミレリによるソロプロジェクト。