令和7年2月8日、さいたま新都心駅の近代的なアーケードを抜けると、澄み渡った青空が広がっていた。ヒュルリヒュルリとビルの風、すごい勢い吹いてくる。強烈な冬の寒波が列島の、各所を回るこの日の風は、いつにも増して鋭く冷たい。薄着タイツのお姐さん、吹雪じゃないけど寒かろに。時刻はちょうど16時。会場は、すでに多くの人だかり。正面に、見えるガラスはメンバーが大きく映ったアー写が映る。そのすぐ横には会場名、さいたまスーパーアリーナのアートワークが貼られてる。聴こえてくるのは新曲と、時おり映るスポット映像。悴 む手、取りだしたのはスマートフォン。アプリをタップ、電子チケット、確認すると「Wゲート」と書かれてた。人波に揉まれながらに目に入る、案内表示を見てみると「Wゲート ↘」と書いてある。なるほど今日は地上階、つまりはアリーナ席である。階段降りてしばらく歩く。
目に入ったのは「W4」。スタッフに、誘導されて進んでいくと、数えきれない椅子の山。右に左に柵の山。本当に、ここでいいのか不安な面持ち。備品倉庫の花道を、進んだ先にはスタッフが、スーツまとって待ち構えてる。本人確認アナウンス。免許証かマイナンバー、慌てふためく夫婦がちらほら。ゴメンこうむり彼らの間、縫って再び進んでく。どんどんどんどん進んでく。チケット画面を見せたなら、たちまちスワイプ無事入場済み。ちょいと待ってよお兄さん、振り返ってみて渡される、紙のケースとリストバンド。カードケースはユニクロの文字。ギフトカードが入ってる。さすがは天下のユニクロだ。リストバンドは最近の、流行 となった音楽に合わせて光る代物。コンピューターで制御する最新技術だスゴいぞニッポン。意気揚々と場内入る。
たちまち開けた会場は、あまりの広さ、オドロキ桃の木山椒の木。スタジアムモード全開だ。入場時、印刷されたチケットの座席を確認してみると「B2 7列目5番」とある。前へ前へと進んでいく。どうやらアタシはものすごく前方席のようである。ブルーライトのステージが、とってもキレイねさいたまアリーナ。だけども真っ暗よく見えないわ。ぼんやりと見えるは機材の影 。数十分後に当てられる、スポットライトをじっと待つ。開演まではあと数十分。両隣にある座席では、夫婦それぞれグッズをまとい、今か今かと待っている。周りをぐるりと見回すと、若造アタクシただ一人。皆4、50代のベテランだ。スクリーンには今回の、タイトル「Thank You So Much」。流れているのはThe Rolling Stones 。時おり画面が切り替わり、ユニクロのCM流れるさいたまアリーナ。時の流れに身をまかせ、うつらうつらとしていると、あっという間に17時。突然始まるアナウンス。明朗快活、お姐さん。来場大変ゴクロウサン。皆さん準備はいいですかー!会場たちまち盛り上がる。いよいよ開演お待ちかね、夢のTONIGHT の主役、サザンオールスターズの御開帳 だ!――
アナウンスが終わり、しばらくすると場内がパッと暗転する。すると客席、サア、ヨイショという感じで前方から順々に立ち上がり始める。まずは、サポートメンバーが順に現れ、続いて桑田佳祐(Vo./Gt.)以外のメンバー4名が現れる。包み込まれるような拍手喝采、割れんばかりの歓声の中、桑田が軽快にスタスタスタッと現れると、会場を取り巻く音はさらに凄味を増した。
「桑田さーん!」
「桑田―!」
老若男女の声が各所でこだまする場内。今日の桑田は白シャツに黒いベストをあしらったスタイルだ。ベストにはハートマークやボタン、ハサミのモチーフが入っており、フォーマルな中にも遊び心が見え隠れする。桑田がエレキギターを手に取り「ジャッジャッジャッ」と軽くかき鳴らしてから始まったのは「逢いたさ見たさ 病める My Mind」だ。原由子(Key.)の演奏をバックに、この日の声の調子を確かめるように歌い始める桑田。〈傷ついてしまったのは no, no, no〉という節から、一挙に構築されたバンドサウンドは、序盤にして既に阿吽の呼吸で押し寄せてくる。この曲、セットリストに入ったのは実になんと34年ぶりのこと。アリーナ席前方でライブを鑑賞している一人の青二才、不覚にも、この楽曲を知らなかった。完全にノーマークというやつである。終盤の英詞のあとにはツアータイトルになぞらえ〈Thank You So Much!〉というフレーズがシャウトされ、ライブ、ひいては今回のツアーの幕開けを埼玉の観衆に印象付けた。
松田弘(Dr.)によるドラムビートから間髪を入れずに始まったのは「ジャンヌダルクによろしく」だ。彼らにとってはひさびさど真ん中直球のロックンロールソング。途中、アリーナ前方にパーッと銀テープの大砲が放たれ、我先に我先にとかき集める聴衆たち。どうぞと言われ、男の手にも一本の銀テープが手渡された。サザンオールスターズのライブでは、スクリーンには曲名と歌詞が映し出される。いつでも口ずさめる粋な配慮だ。とはいえそこは礼儀とマナーも肝心、男はあくまでも"口パク"に留め、心の中で大熱唱する。主役はあなた、などと言ってくれるアーティストも中にはいるが、一番の主役はやはりアーティストだ。彼らの歌を聴きに来たのに隣でワーキャー歌われるのはたまったもんじゃあないはずだ。中盤、桑田のスライドギターがこれでもかと炸裂する。ここまでギターがうまいなら、すべてのソロを弾けばいいとも思うのに、そうしないのは実に奥ゆかしい。
「こーんばんはー!こーんばんはー!」
と、お笑い芸人、錦鯉の長谷川風な掛け声で会場を煽ってから一言、
「生まれ故郷の"埼玉"に帰ってまいりましたー!」
と小ボケ*1を挟むとたちまち沸きあがる会場。
「ニューアルバムが出る前に、皆さんに聴いてもらうという申し訳ないツアーが始まってしまいました」
と自虐する桑田。そのまま「せつない胸に風が吹いてた」へ。この曲は、男が親の運転する車で聴いた『バラッド3~the album of LOVE』にも収録されている思い出の曲である。たちまちあの頃の思い出がよみがえってくる。ライブ会場で印象的に聴こえてくるのは、松田のドラムプレイ。いわゆるフィルと言われるキメの部分が際立ち、楽曲が何倍も重厚にそして華やかに聴こえてくる。近年、序盤は声が出にくくなってきたと話す桑田であるが、この日の調子は絶好調。
漣 の音がサラサラと響き渡ってから始まったのは「海」である。直前に演奏された「愛する女性(ひと)とのすれ違い」から巧みにつながるAORサウンドの心地よさ。再び流れる波の音。イントロ、聴こえてきたのはハーモニカ、「ラチエン通りのシスター」だ。1979年にリリースされた楽曲であるが、古さはまったく感じない。時代の重みだけが付加され、まさしくヴィンテージワインのような味わいを醸し出している。所々、音階が一気に上がる箇所、特に〈移り気になりそう だめ シスター〉そして〈どこかで会える〉での絞り上げるようなハイトーン、それから"原坊"との熟年のコーラスワークに得も言われぬ愉悦が広がっていく。
いわゆる漣 シリーズの3曲目は「神の島遥か国」だ。場内はたちまち沖縄の風が吹いてくる。この曲でも桑田は高音がよく出ている。サビ、それぞれの節の最後〈神の島〉の"ま"、〈海の色〉の"ろ"、〈星の砂〉の"な"、そして〈人のため〉の"め"の部分は、快晴の空のようにスカッと抜けていく。桑田のモノマネをする人間はしばしば、その特徴的なハスキーヴォイスを模倣しがちであるが、彼の本領は間違いなくこの独特なハイトーンにあるのではないか。曲が終わるとスクリーンが能舞台の映像に変わり、四拍子(小鼓、大鼓、太鼓、笛)による能の囃子事のような間奏 が始まる。「イヨーォッ!」という掛け声と鼓 の「ポンッ!」という音が時おり挿入される。
その音と絶妙に重なり合いながら、フォーカウントで始まったのは「愛の言霊 ~Spiritual Message~」だ。たちまち舞台は松明 の炎とオレンジ色の鮮やかなライティングに切り替わる。和と洋のコントラストの妙に、どよめきが沸き起こる場内。日本語を崩し気味に連結させた歌詞 には韻 が絶妙に踏まれていく。昨年出演した〈ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024〉、通称ロッキンでも演奏していたこの楽曲。桑田はライブの"ヘソ"、そして令和の若い皆さんにも"かましてやりたい"勝負の曲であると話していたが、今回もその際に得た手ごたえをもって、演奏しているように見えた。間奏の陶酔感のあるアレンジから滑らかな転調で究極の 快楽 が導かれる。そして最後の歌詞朗読 調のラップはスタジオ版と同じく"フル尺"で歌われ、息継ぎも何のそのと言わんばかりにまくし立てるサビを交錯させていく。エンディング〈この魂は誰のものなのか Yeah, Yeah, Yeah〉では他の楽器がブレイク。桑田のボーカルだけが響き渡った会場には大きな歓声が上がった。(続く)
後編はこちら
セットリスト
01. 逢いたさ見たさ 病める My Mind
02. ジャンヌダルクによろしく
03. せつない胸に風が吹いてた
04. 愛する女性(ひと)とのすれ違い
05. 海
06. ラチエン通りのシスター
07. 神の島遥か国
08. 愛の言霊 ~Spiritual Message~
09. 桜、ひらり
10. 神様からの贈り物
11. 史上最恐のモンスター
12. 風のタイムマシンにのって
13. 別れ話は最後に
14. 埼玉のピープル (ジョン・レノンの「Imagine」の替え歌)
15. 夕陽に別れを告げて
16. 悲しみはブギの彼方に
17. ミツコとカンジ
18. 夢の宇宙旅行
19. ごめんね母さん
20. 恋のブギウギナイト
21. LOVE AFFAIR~秘密のデート
22. マチルダBABY
23. ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)
24. マンピーのG★SPOT
アンコール
25. Relay~社の詩
26. 希望の轍
27. 勝手にシンドバッド
*1:桑田佳祐は神奈川県茅ヶ崎市出身