三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

美味しさとは何ぞやという話

ラーメンたべたい。この欲求は、人間であれば定期的に沸き起こってくるものであり、無理に抑え込む必要もない普遍的なものである。世の中のラーメン屋は、人間のこうした欲求の連続で成り立っていると行っても過言ではない。れいによってその日も、頭の中はラーメン一色ときた。場所はどこへ。そうだ、久々に、うどんのような太麺に、山のように高く野菜が盛られたあの、大層行儀の良いラーメンでも食べよう。そう決心した筆者は、最寄りの駅前にあるその亜流の店へと足を運んだ。すごく並んでいる。土曜日だからということは承知していたが、今はもう午後の2時過ぎ、ランチタイムもピークを過ぎたはずなのになぜだ。行列の先を見てみると、何やらふくよかな男性が店の前で、出てくる客や行列の客と一緒に写真を撮ったり、談笑している。なるほど、毎日ラーメンをすすっている、あのYouTuberが店でイベントをやっているのか。彼と、店側との蜜月関係、癒着はかねてより知ってはいたものの、その影響は凄まじく、少なくともその店のフリークでもない自分がフラーっと寄れるような雰囲気ではなかったので、別のラーメン屋を探すことにした。

 

さあ、どうしようか。時刻は2時15分をまわっている。あまり遅くなってしまうと、昼営業の時間が終わってしまうラーメン屋も出てくる。うーむ、そういえば…。近所に新しくできたラーメン屋の存在を思い出した。そういえばそこは、一足先に行っていた友人が、"なんの差し障りのない味"と評していたラーメン屋だった。味が濃いでも薄いでもなく、はたまたこってりしているでもあっさりしているでもなく、なんの差し障りのない味。一度この舌で確かめてみようと気になっていた店であった——。午後の2時半近くになっていたからか、店に入るとカウンターに一人だけがいて、従業員は数名、食券制。券売機の1番目立つ場所に書いてあった醤油ラーメンを頼んだ。しばらくすると、初老のパートと思しき女性がラーメンを運んできた。お腹が空いていたのはもちろん、頭の中がラーメンになっていたので、反射的に脳は美味しい食べ物の匂いという判断を下した。スタンダードな味を想像しながらスープを口に運ぶと、すこしばかり味にズレが生じた。なんとなく、生姜のような香りの強い味がほんの0.5秒ほど舌を駆け巡る。匂いは全く違うが台湾で食べた、香りの強いラーメンのような味が一瞬だけよぎった。無論、ここは台湾ではないし、日本。しかも、そういう香草でガツンとくる感じのラーメンを食べにきたわけでもない。気を取り直して、麺を啜ってみる。中太麺ではあるものの、これといった主張はなく、情けない弾力を感じるばかり。そして、3口目以降の麺とスープのハーモニーは、意外なことに油っぽさの方が先行する運びとなった。風邪を引いたの後のラーメン、といえばもっとも美味しい食べ物という文言はおろか、滋養強壮法としてWHOが推奨しているほどであるが(していない)、そんな病み上がりの自分をもってしても、このラーメンの後半戦というのは、中々の苦戦を強いられるのだった。

 

おかしい、そんなはずはない。もしかして、実はラーメンなんて好きな食べ物ではなかったのかも。そんなことで錯綜しながら時計を見れば、午後の3時手前。従業員が、中休みなるものをし始める時間帯に差し掛かる。そう、彼らも自分と同じラーメン、つまりはまかないを食べるのだ。厨房をのぞいてみると、大学生バイトらしき男性が、店主に今日は味噌ラーメンの大盛りでお願いします、とかいっている。先程、ラーメンをもってきてくれた初老の女性も、私は醤油ラーメンね、背脂をちょっと入れて、と同じように店主にお願いしている。しばらくして、自分から席を3つほど開けて同じカウンターの並びに、従業員二人は自分のラーメンを持ち、腰掛けた。今日も疲れたね、とお互いをねぎらうような言葉を交わしてまもなく、彼らは一心不乱にラーメンをすすり始めた。麺を啜る音と昼のサスペンス劇場のおどろおどろしい悲鳴だけが店の中にこだまする。途中、男性が小声でうまい、と言ってまたすぐに次の一口を口に運んだ。女性の方もなりふり構わずという感じで食べ続けている。その二人が食べる姿はあまりにも美味しそうだった——。

 

その様子を側から眺めていると、先ほど自分が食べたラーメンは実は別物か、あるいは偶然上手く出来なかったのかな、などという考えに至った。いやはや、そんなはずはない。ましてや客に出すものならなおさらだ。ただ、不思議なことに先ほどああだこうだとこのラーメン屋に対して述べていた不満は、あの美味しそうに食べる光景によって、全て帳消しにされてしまっていることに気がついた。むしろ、自分が食べたあのラーメンは美味しかったのではないか——。天の声は自分の耳元でこう囁いた。これまであなたが巡らせていた味に対する考え方は、全て邪念がもたらしたものなんですよ。あの従業員らの食べる、美味しそうな様子を見てみなさい。それが全てを物語っているではないですか。このラーメンは、美味しいのです。その天の声の主が果たしてどこからのものなのか、皆目見当もつかないが、ラーメン屋を出た後は、なぜか満足した気分になったのだった。

 

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ちなみにこの画像は、記事に登場するラーメン屋のものとは全く関係がないもの。フリー画像というやつ。にしても、このフリー画像の中央部分をよーく見てみるとグリンピースらしきものが。日本では、焼売もしかり、中華料理にグリンピースを入れなければいけないという悪魔の契約でもしているのだろうか。