三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

東京インダストリアル——エレカシ全作レビューⅪ『good morning』

"エレファントカシマシ11枚目となった『good morning』はインダストリアルである"。これはもはや、この作品を語るうえで欠かせない、常套句のような言葉である。

 

インダストリアル(industrial)という言葉は一般的に、"工業"のという原義的な意味であるが、音楽において使われる際はインダストリアル(・ロック)という、ノイズ・ミュージックから派生したジャンルを指す。例によって今作は、全編を通して打ち込みで、その太いドラムビートと、無機質なギター・サウンドからは、Nine Inch NailsやRage Against The Machineらの影響を強く感じることができる。とすれば、この作品は後者(音楽的な方)の意味のインダストリアルであるといえるはずである。しかしながら筆者は、前者(原義的な意味)の方にも当てはまるように思えるのであった。

 

エレファントカシマシにとってのインダストリアルとは、"土着的なもの"でもある。というのも、エレファントカシマシといえば、楽曲の作詞・作曲の大半を手掛けるボーカルの宮本浩次は北区の赤羽台の出身であるからだ。北区の荒川沿いには工業地帯があり、北の方には赤羽台団地が存在していた。宮本は以前松任谷由実のラジオに出演した際、このように語っていた。

子どものころ、僕ら団地なんですけど。まだ僕が小さいころだと、工場がいっぱいあって、日本にもそんな時代があったんですよね。でもみんな今は全部なくなって、公園になっちゃったりしてるんですけどね。その公害が、煙とカーンカーンとする工場の音が、聞こえてくるんですよ。

『松任谷由実 Sweet Discovery』TOKYO-FM, 2007年放送

彼のこうした視覚・聴覚的な体験からは、楽曲における鉄工所のような環境的なインダストリアルの存在が示唆されている。それが本作において如実に感じられるのは「武蔵野」。かつて広大だった武蔵野の乾いた土地には、いまやビルや住宅が所狭しと建っている。そんな風景を電車に揺られ眺めている詞に、打ち込みのドラムの音が乗ると、まるで列車がレールの継ぎ目を通過するときに立てる規則的な音のようにも聴こえるのだった。「good morning」では散文調の詞が英語交じえながら、太いドラム・ビートに乗せられているが、その中でも〈忘れちまったよ武蔵野台地〉という言葉はひときわ異彩を放っている。武蔵野台地は荒川と多摩川にはさまれた広大な土地を指すが、エレファントカシマシによって表現されると、やはり東京を四分割したときの左上、つまりは彼らの生まれ育った場所を指す言葉になっているように思える。

 

音楽教育家マリー・シェーファーが明確化した概念、サウンドスケープは"音楽"も"騒音"もそのなかに含みつつ、音の世界のどの部分をもってして"音楽"を形成しているのか、さらにはどのような場合に"騒音"が生じるのか、を問うことを可能にするとされる。そんなサウンドスケープと音楽の関係性についてシェーファーは、次のように述べる。

音楽は、聴覚的な習慣や知覚における変容を探求する場合の手引きとして役立つのである。…音楽家も現実の世界で生活をしている。よって彼らの作品には、意識的にも無意識的にもさまざまな時代や文化の音とリズムが、認識できる多様な形で影響をとどめているのである

つまり、この作品における環境的なインダストリアルとは、"東京都赤羽の風景"に内在している一要素なのである。その意味で『good morning』は、2つの意味のインダストリアル(環境的・音楽的な意味)が融合した作品であるといえるのだ。

 

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