シンガポールのロック/ポップのシーンは個性的だ。というのも、欧米人が思い浮かべるオリエンタルな"アジアっぽさ"のようなものが、楽曲から全くといっていいほど感じられないからだ。近隣諸国と繋がるというよりは、アジアを飛び越えいきなり欧米に行っているような、そんなイメージさえある。
独裁政権の下、言論統制が敷かれたシンガポールでは、反政府的な主義や主張を歌にする際には、検閲が入ってしまう。そのため、そうしたことをメッセージとして伝えるバンドが世間から注目を浴びるのは、中々難しくなっている。代わりに注目されるのは、政府に迎合した、芸能的な要素が強いアーティストたちだ。シンガポールが貿易の中枢国であることを踏まえると、ここでいう迎合というのは、国を担う"輸出"産業として成り立たせられるかどうか、ということである。つまりは、U.S.やU.K.で注目されるような音楽を生み出すということ。先に書いた、オリエンタルなアジア感の欠如と、欧米と肩を並べるような曲作りのスタイルの確立の要因はここに帰結する。シンガポールの音楽産業というのはかなり、"輸出"文化の要素が強いのだ。
シンガー・ソング・ライターのGentle Bonesは、そんなシンガポールの音楽産業の現状を象徴するかのようなアーティストの一人である。U.S.のポップのサウンドをそのままパッケージしたような曲調には、これまた当然のように英語が乗せられる。「Settle Down」でみせるハイトーンでの力強い歌唱はBruno Marsを彷彿させ、アコースティックを軸にしたサウンドにモダン・ロックのサウンドとコーラスが重ねられていく「Until We Die」は、シンガポール版Shawn Mendesといった感じで、「これがU.S.でリリースされた曲だ」と言われても何の遜色もない出来になっている。彼らの公用語が英語ということもあるのだろうが、ここまで違和感なく欧米の音楽に"シンクロ"していると、もはやそれ自体が国の音楽の特徴になっているともいえよう。
Gentle Bones - Settle Down
Gentle Bones - Until We Die
この欧米への迎合に振り切ったシンガポールのスタンスは、土着的な文化や伝統楽器、形式を取り入れた近隣のアジア諸国のロック/ポップのシーンとは一線を画す。他方で、そうした環境下で生まれる音楽というのは、"国"のバックグラウンドに頼ることなく、純粋に"曲"だけで世界基準の音楽シーンに挑んでいる、という風にも捉えられる。その意味で、シンガポールの音楽にはいきなり明日、全米チャートを賑わすアーティストが出てきてもおかしくないくらいの爆発的な可能性が秘められているのだ。