三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

或る冬の日、北区王子にて――エレファントカシマシの原風景

北区の王子駅周辺を歩く。南北線出口を出てすぐ近くの建物はコンサートホールの「北とぴあ」。ここは、2017年にエレファントカシマシの30周年ツアー「30th ANNIVERSARY TOUR 2017 "THE FIGHTING MAN"」の一番最初の会場であった。ライブは中学時代からの友人と行った。その時はちょうど桜の季節で、ライブ前、駅の近くの平澤かまぼこ店でおでんをテイクアウトして、音無親水公園の桜並木のベンチで一杯やったのを覚えている。あの時は――「桜の花、舞い上がる道を」の<桜が町彩る季節になるといつもわざと背を向けて生きてたあの頃>という部分がより実感をもって浮かび上がってきた瞬間であった。この日も建物を横目に、まずは音無親水公園へと行く。今は冬。桜並木には葉はなく、芽吹きの時をひたすら待つばかりであった。この辺りの雰囲気はとても好きだ。上品であるが気取っておらず、敷居はそこまで高くない。再開発ばかりの東京に残された、数少ない昭和の面影を残す場所である。

 

それから、飛鳥山公園に行く。駅の連絡通路には渋沢栄一のイラストが多く散見されたが、この飛鳥山公園には渋沢邸があり、いわばゆかりの地ということになるようである。先ほど歩いた音無親水公園の歩道から階段を上り坂道を進んでいくと、その向こう側の歩道にうっそうと茂った場所が見えてくる。そこが飛鳥山公園であった。公園に行くには、しばらく歩いたところにある歩道橋を渡るのが近い。歩道橋、目下を路面電車がすり抜けていった。車はひっきりなしに流れ続けている。奥の方には住宅街が見えている。道路の案内標識には「赤羽」と書かれていた――。イヤホンからはエレファントカシマシの「新しい季節へキミと」が流れている。その刹那、全身に鳥肌が立った。というのも、あまりにも楽曲と景色が融和していたのである。宮本浩次の出身地である北区赤羽もそうであるが、この辺りはまさしくエレファントカシマシの描く風景そのものであるように感じる。歌詞にある<変わりゆく東京の街にふたりの姿重ねていた/季節は巡りいろんな風を感じてきたこの街でもう一度はじめよう>という歌詞がこの景色に溶け込み、立体的に広がっていく――。

 

飛鳥山公園に人はあまりいなかった。草木はどこか寂しさを纏っている。少し歩いてから、駅へと続く階段を下りる。線路に目をやると颯爽と電車が通った。駅のホームに人が佇んでいるのが見える。プレイリストは「甘き絶望」へと変わっていた。<コンクリートのビルの下に飼ひ慣らされた野望/駅のホームで浮かんだイメージ 逃れられない甘いささやき>。再び、景色と楽曲が融和していくのを感じる。王子駅に戻ってきてから、北とぴあの展望スペースに向かう。北とぴあに来たのは、先ほども書いた2017年のエレファントカシマシの30周年ツアー以来であった。この日はクラシックか何かのコンサートがあるらしく、多くの人がいた。パンフレットやら地図やらが置かれた展示スペースを見ていると「北とぴあ 展望スペース」という記載を見つけた。そんなものがあったとは知らなかった。展望スペースは北とぴあの最上階にあった。上層階用のエレベーターに乗ってしばらくすると、都内が一望できるガラス張りのスペースに到着する。人はそこまでおらず、親子連れが数組がいるばかりであった。夕陽が見える方向の窓へと移動してみる。オレンジ色の空は薄黄色のグラデーションとなり、シルエットのビル群には星のような明かりが煌めいている。地平線の方には山脈が遠くにそびえている。本当に美しい景色だ。この風景もまたエレファントカシマシの原風景である。先ほどが地平の視点のエレファントカシマシだとすると、今度は街を見下ろした視点のそれである。風景と楽曲の見事なまでの解脱。「なぜだか俺は禱ってゐた」が流れると、思わず、涙が溢れ出してきた――。

 

宮本は東京を歌うことはない。東京に身を置いた宮本が日常を歌うだけ。それはわざわざ東京を表明する必要もないと言わんばかりの佇まいさえ漂う。駅と言えば「東京の」駅になるし、公園と言えば、それは「東京の」公園になってしまう。無論、その舞台となる「街」だって「東京」に他ならないのだ。「なぜだか俺は禱ってゐた」の歌詞は、東京という言葉は一切使われていないにもかかわらず、東京の風景そのものである。曲中の一節<遠くビルの向かうに、光る星に願ひをかけよう>における、ビルが遠くに見えるというシチュエーションは<丘の上にのぼって見下ろす町の景色>という一節によって郊外の丘の上の住宅地であることが地続きに想起される。曲の中に潜む都会の喧騒。サウンドや宮本の歌声が複合的に作用することによって、電車の音や車の音までもが補完されていく。曲を通じて、景色がより鮮やかになって眼前に浮かび上がった瞬間であった。遠く山の景色から、手前の方へ目を移す。ビルと住宅街の交錯、その合間合間に木々が見える。飛鳥山公園一帯ももうすぐ春の彩に様変わりする。或る冬、北区王子にて。エレファントカシマシの原風景を辿った日のこと。

 

 

今週のお題「大発見」