三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

三浦的2022年ベスト・アルバム5選――邦楽編

1. 藤井風 - LOVE ALL SERVE ALL

2022年、彼の創り出した音楽は日本を飛び越え世界中で聴かれ、Spotifyのバイラルチャートでは日本人で最も聴かれたアーティストとなった。そのブレイクスルーには、商業的な要素を超えた、救済としての音楽という側面の表出が関わってくるだろう。2020年代、新型コロナウイルスの流行により、世界中でロックダウンが起き、日常生活には一定の制限がもたらされた。エンタメの消費構造もがらりと変わり、消費者は音楽の向き合い方、ひいては自分自身の向き合い方についても考える機会が増えた。不安、絶望、虚無感――。そこに"救世主"のように現れたのが藤井風という存在であった。R&Bを軸にトラップ・ビートを始めとしたポップスのトレンドを掴みつつも、日本のアイデンティティを強く感じる。その歌詞においては、アジア的な死生観が随所にちりばめられ、日常の中で起こった事を紡ぎだすというよりは、より深い部分について彼なりに咀嚼して表現している印象を受ける。ただそれは"岡山弁"を交えた極めて口語的な言い回しによって、重たさや説教臭さのようなもの感じない。むしろ、面白い響きとなってこれまでの固着した日本語の音の響きを解放する効果をもたらしているようにも思える。藤井風、まさに、パンデミック以後の"新世界"を代表するアーティストと言えるだろう。

 

2. 宇多田ヒカル - BADモード

パジャマ姿に息子の後ろ姿が見切れたアートワークが明示しているように『BADモード』の世界というのは物理的に閉じたものになっている。彼女の家の中、あるいはその周辺の領域で完結している。それを補完するように、表題曲「BADモード」では"ネトフリ"や"ウーバーイーツ"という具体的な単語が登場するが、コロナ禍の情勢をこの2語をもって、その世界に広がりや実感を持たせることに奏功している。「気分じゃないの (Not In The Mood)」では、カフェという限定的な空間での情景が描かれる。テーブルとカップの描写から、窓の外の風景に視線は移り、店内の様子が描かれる。それからポエムを売る女性に声をかけられ、買う――。時間の流れや人々のその瞬間、一回性の息遣いまでが巧みに表現されているかのようだ。とはいえ、本作の眼差しは社会を切り取る側面というよりも、音楽に注力されていることに変わりはない。日本語と随所に挟まれる英語の滑らかな押韻は、意識下にない部分でサブリミナル的に耳に入りこみ、心地よさを生み出す。作品全体を貫くミニマルなビートと柔らかいサウンドはそれを一層際立たせ、ポエティカルさはあくまで副次的な要素にすぎないという余裕すら感じられる。今の社会を、人肌の温度感を持った音楽作品として見事に昇華した作品である。

 

3. 原由子 - 婦人の肖像 (Portrait of a Lady)

"代理"サザンオールスターズのニューアルバムだと思っていただいきたい――桑田佳祐がラジオでこう語っていたように、本作は純粋な原由子のソロ作品以上の意義があるように思える。本作の半分以上の楽曲に桑田が関わっており、そのエッセンスを原なりに嚙み砕きながら、可憐でポップな楽曲にしたためている。何より齢65にして、年齢を一切感じさせないエバー・グリーンな歌声は感服に値する。「スローハンドに抱かれて (Oh Love!!)」は、1960年代から1970年代のブリティッシュとアメリカの音楽のミュージシャンやバンドを彷彿とさせるワードを随所に散りばめつつも、新鮮で軽やかなポップさが内在しているのは、言葉選びはもちろんのこと、その歌声の妙も大きいのだろう。2020年の坂本冬美への「ブッダのように私は死んだ」で久々に楽曲提供をして以来、桑田は他者を媒介することで、新たな表現を模索しているように思える。サスペンスドラマにインスピレーションを受けた「夜の訪問者」はその象徴的な楽曲であると言える。そして、ここに"代理"サザンオールスターズの面白味があるように思える。とはいえ、そろそろ"本家"サザンオールスターズの新作も期待してしまうところではあるが……。

 

4. リーガルリリー - Cとし生けるもの

その出会いはSUMMER SONIC 2022のこと。筆者はMOUNTAIN STAGEでTHE LINDA LINDASを観ていたのだが、その終演後、すぐ隣のPACIFIC STAGEで凄まじい轟音が鳴っているのが聴こえてきた。それがリーガルリリーであった。前作もそうであったが『Cとし生けるもの』でも、海外音楽の影響というよりも、よりローカルな影響を強く感じる。くるり、フジファブリック、ASIAN KUNG-FU GENERATION、クリープハイプ、チャットモンチー――2000年代を象徴するバンドのエッセンスが内在している。サウンド、リリック、ボーカルたかはしほのかの歌いまわし。彼らの音楽はそれらすべてが合わさったキメラ(集合生命体)のようになって、耳に突き刺さってくる。ある意味で過剰、潔いともいえるが、それこそが彼らの魅力になっているように思える。ローカルなのは影響だけではない。歌詞の舞台となっているのは東京、中央線沿線あたりの街の風景である。あの辺りの文化的な匂いや人々の機微が見事にパッケージングされている。この、ローカルに徹する姿勢にパラドキシカルに世界の広がりを見た。まさに、日本のロックバンドの正統な後継者として、2022年最も強く輝いたバンドであったといえるだろう。

 

5. 安全地帯 - 安全地帯I Remember to Remember

今年も5番目のアルバムはタイムスリップ枠であるが、今回は安全地帯のデビュー作『安全地帯I Remember to Remember』である。選定理由はずばり、この作品にThe 1975を感じたからである。ミドルテンポながらも鮮烈で歯切れのよいビート、アンニュイな玉置浩二のハイトーン、それを引き立たせることに徹する職人気質の演奏は通ずる部分があるように思える。作品を貫くリバーブ成分の多さもそれに起因しているだろう。詞に関しても抒情的でありながらシニカルな側面を持ったラブソングといったところに共通点を感じる。いわゆるニューウェイヴと呼ばれるジャンルが当時のトレンドであったが、当時の他のバンドとは一線を画す洗練されたサウンドで表現しきっている。UKの2020年代のアーティストと横並びに聴いてみても、全く遜色のないクオリティであることに驚かされる。本作の中でも特に「アイ・ニード・ユー」は"The 1975成分"強めであり、サビのハイトーンに「Robbers」のような青くて刹那的な苦しさが重なった。最近の彼らのトピックスとしては、年末にドラムの田中裕二が亡くなるという残念なニュースがあった。彼らはデビュー40周年を迎え、玉置は"仙人"のような佇まいになってきている。いやはや、元気なうちはいつまでも続けてほしい限りである。