三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

狂気の瞬(またた)き、そしてハートに火を灯す旅——エレファントカシマシ 35th ANNIVERSARY TOUR 2023 YES. I. DO ライブレポート

2023年3月19日、日曜。快晴。太陽がやけに高い。久々に厚手のコートではなく薄手のジャケットを羽織った。それでも外を歩いていると少し汗が滲んだ。時おり吹いてくる海風が心地よい。有明テニスの森駅で降り、案内を頼りに歩いていると、独特の曲線を描いた建造物が現れてきた。有明アリーナである。開演約1時間前、外のベンチには既に多くの人が座っており、グッズ売り場にも多くの人が並んでいる。会場はその外観はもちろんのこと、内装も新しく洗練された造りであった。会場内で流れているBGMを聴きながら開演を待つ。Red Hot Chili Peppersの新譜、ベック、そしてArctic Monkeysの楽曲などがかかっていた。開演時間の間際になり、途端に人が増えてきた。あたりを見回してみると完売のアナウンスがなかったとはいえ、ほぼ満席のようにみえた。The Rolling Stonesの「She's A Rainbow」が流れてきた。<エレファントカシマシ 35th ANNIVERSARY TOUR 2023 YES. I. DO>有明アリーナ公演2日目。いよいよ、開演の時間だ——。

 

17時5分、場内が暗転するとスクリーンにはデビュー35周年を記念したオープニング映像が流れた。エレファントカシマシの楽曲をリミックスしたSEに乗せてこれまでのいわば"名場面"と呼ばれるものが時代を追って順々に映し出されていく。うるせぇな馬鹿野郎——1989年、富士急ハイランド・コニファーフォレストでの客との一幕、1996年、下北沢SHELTERでのライブ——。そして2012年、宮本浩次が急性難聴の手術後に決行された日比谷野外音楽堂でのライブ。翼の折れた鳥のような宮本の痛々しい姿が映し出された瞬間、以降10年の彼らの紆余曲折たる軌跡の映像の数々が脳内に二次的に浮かび上がってきた。そして確信する。宮本は、そしてバンドは不死鳥の如く蘇り、今、これまでで最も高い場所を飛んでいるのだ、と——。

 

オープニング映像が終わると同時に、メンバーのシルエットがステージ中央に現れた。宮本は、レインコートのようなものを着ており、フードを被っている。間違いなく、これまでにはなかったその出で立ちに驚いた。宮本はボトルネックを用いた奏法でギターを鳴らし、今日の声の調子を確かめるように「フーッ」と短めのファルセットを出した。そして、ギターのハウリングによるフィードバック音が鳴りやまぬうちに、イントロのリフを弾き始める。1曲目、「Sky is blue」。ディストーションにより歪みに歪んだスライドギターの凄まじい轟音が会場にこだまし、爆発音のようなビートがそれに追従してゆく。メンバーの背後のスクリーンには薄明のブルーが映し出されており、その足元にはスモークが雲海のように広がってゆく。

 

照明が明るくなり宮本の姿が露になると、着ているレインコートのようなものは真っ白であることが判明した。黒いワイシャツに、何とも無造作な着こなし。1992年8月30日、Nirvanaのカート・コバーンがイギリス、レディングでのライブにて、そのオープニング、車いすに白衣の姿で登場したがどことなくそれが想起された。宮本は響き渡る轟音を押しのけるかのようにその第一声をもって会場の空気を掌握してしまう。艶やかで伸びやかな歌声は、サビに入る直前、攻撃的なシャウトとなって牙を剥いて襲ってきた。<「魂引きずりまわせ!」>、<「俺に、太陽見ろ!」>*1——。終盤のスキャットでは、富永のバスドラムの手数が増え、より一層分厚くなった音の塊は、身体を強引に揺り動かしてきた。音によって熱気を帯びていく会場。

 

間髪を入れずに「ドビッシャー男」のリフがかき鳴らされる。スクリーンにはJoy Divisionの『Unknown Pleasures』のアートワークのような波紋が映し出され、それが宮本の地響きのような歌声に合わせて大きくなったり、けばけばしいカラフルな色に変化をしたりしながらサウンドの可視化を助長してゆく。<俺たちは 俺たちは ああ ドビッシャー男>と、繰り返し宮本がビートを嚙みちぎるように歌いあげると、ヴィジュアライザーで出力される波も一層激しい振動となり遂には、宮本が支配する世界の中に取り込まれてゆく。映像とサウンドとの解脱——こうした演出効果はこれまでの彼らのライブではみられなかった試みであり、宮本のソロ活動で培われた"魅せ方"の部分が、バンドに還元された瞬間であったように思える。

 

「星の砂」が始まると、宮本はギターを置き、纏っていた白いコートを脱ぎ捨てる。黒いシャツ姿で身軽になった宮本は、縦横無尽にステージを走りまわってゆく。観客の多くは<星の砂 星の砂 星の砂 星の砂>の歌詞に合わせて、軽く広げた手を挙げ、左右に振る振付をする。その様はある意味壮観であり、この現象なるものは、2010年代以降のライブやフェスでの"定番曲"として確固たる地位が築き上げられた証であるともいえるだろう。終盤、外向きであった宮本のパワーは、途端にステージ内に向けられた。ファルセット成分の混ざったシャウトを連発した勢いそのまま宮本はステージに貼られたシールを取ったかと思うと、ステージに敷かれた黒い布まで引き剝がしてしまった。定番、あるいはアンセムという言葉を狂気で拭い去ってしまおうという野性的な感性を感じた瞬間であった。

 

間髪を入れずに始まったのは「珍奇男」。冒頭、アコースティックギターが壊れんばかりのストロークに、芝居の台詞回しのように歌が乗せられていく。テンポが速くなったかと思えば、今度はたっぷり間を設けアイロニカルに——。有明に、江戸の風が吹いてきた。宮本は定型的なノリを拒否するかように、天の邪鬼の如くズラしつつも、次から次に新たなグルーヴを生み出していく。エレキギターに持ち替えてからは一転、バンドにそのグルーヴを委ねていく。終盤、宮本は突然座っていた椅子から立ち上がり、置き場所に困ったのか、ギターを股に挟んで歌い始めた。〈机さん机さん 私はばかでしょうか〉——それから、客席を指差して
「ワーッハッハッハッ、ワーッハッハッハッ——」
と、とち狂ったような高笑いを連発する。ただ、この自由奔放さをもってしても、楽曲の"型"の部分は決して崩されない。このバランス感覚が見事であった。第1部はオープニングから構築された狂気を保ったまま「奴隷天国」で締めくくられた。

 

「新しい季節へキミと」で華々しくスタートした第2部。宮本はオーバーサイズの黒シャツを着ていた。
「そこのキミ、あなた!今日はようこそエブリバディー!」
うっすら蓄えられた髭と、ミディアムショートに切られた白髪交じりの髪。ただ、その目は輝きに満ち溢れ、佇まいからは齢56とは思えないほどの若さと妖気を放っている——。人は一日が過ぎ去るごとに確実に死へと近づいてゆく。無論宮本も例外ではない。ところが——この日は、10年前、さらには20年前よりも異様な若さを感じ、異形を目にしたときのような畏怖すら覚えた。「旅」では、スクリーンに高速道路を走っている映像が流れる。東京と埼玉の境目、荒川や川口あたりの風景だろうか。立体的に入り組む高速道路、その合間に土手の風景や鉄道橋がわずかに見切れてくる。そこに赤羽のバンド、エレファントカシマシの演奏が溶け合ってゆく——。「彼女は買い物の帰り道」は、先ほどの構築された"東京"が地続きになったまま、夕暮れの淡い時間を情緒豊かに表現していく。宮本の歌声は、10数年前のリリース当時よりも美しく伸びやかで、優しいものになっていた。

 

第2部中盤は、バラード曲が続いていく。圧巻は、キーボードの蔦谷好位置とギターのヒラマミキオを交えたアコースティックバージョンの「風に吹かれて」、そして荒井由実のカバーである「翳りゆく部屋」であった。ソロ活動を経てさらに表現力を増した歌声が、会場をベールのように包み込んでいく。「今宵の月のように」で絶頂になった祝祭ムードをバリバリと割っていったのは「悪魔メフィスト」であった。嵐、そして鳥の声がこだますると突然、雷鳴が落ちた。まもなく、雨音が聞こえると、宮本の言葉にならない呟きが発せられる。潰れたディストーションサウンドのギターリフとベースの重低音がビートに絡みついてゆく。宮本はリズムと音程を外していきながらポエトリー・リーディング調のメロディーの部分を絶唱し、サビでその伸びやかなハイトーンへと切り替える。荒廃的なサウンドに付随するように、スクリーンには廃墟ビル群のモノクロのCG映像が映し出された。今回のステージは映像が効果的に用いられ、既存の楽曲に新鮮な付加されていたように思える。

 

第3部は「風と共に」から始まる。この日演奏された曲目で唯一、アルバム『Wake Up』の収録曲に収録された楽曲であった。2022年、ソロ活動に一旦の終止符を打ってからのエレファントカシマシは、2008年から2010年にかけてリリースされた3作『STARTING OVER』、『昇れる太陽』、『悪魔のささやき~そして、心に灯をともす旅~』からの楽曲が演奏されることが多くなってきている。それは、ソロ活動以前、ひいては宮本の急性難聴を発症する以前の頃にもう一度立ち返ろうとしていることの表れなのかもしれない。続く、「桜の花、舞い上がる道を」では、会場に桜の花吹雪が舞い、春の訪れを音楽を通して実感した瞬間であった。
「素敵な春がやって来るぜ——」
そして、待ちに待った新曲「yes. I. do」がついに披露される。置き去りにされた"東京"が再び獲得されたような楽曲。2000年代後半、あるいは2010年代初頭の彼らが地続きに進化したような印象を受ける。そのまま、カップリング曲のブルース・ロック「It's only lonely crazy days」に続くのかと期待をしていたが、こちらの方はお預け。その時が来るのを待つことにしたい。ライブは、「ファイティングマン」、そしてアンコールの「待つ男」で大団円を迎えた。

 

宮本は数少ないこの日のMCで、
「35年って言ってもまあ、生きていると上り下りのエブリデイ、いろんなことあるんですけど、音楽でこうやって皆さんに会えて、今日、ここにやってきました!」
と言っていた。"上り下りのエブリデイ"という言葉が印象に残った。エレファントカシマシの楽曲には人生のどん底にいようとも、はたまた絶頂の地点にいようとも、同じ温度感で「今、この瞬間を生きる」というシンプルなメッセージが内在している。そして、太陽が昇ってはまた沈み、月が夜を照らす。新しい風が吹き、また明日がやって来るのだと高らかに歌う——。エレファントカシマシはこの"芯"の部分を35年もの間、ブレることなく切実に表現し続けてきた。喜怒哀楽の激しい振り幅の曲目が並んでも、それぞれが反発することなく身体の中に染み込んできたのもそこに起因しているだろう。そして、彼らのライブを通じて結論する。悲しみも喜びも、それを逸脱した狂気も全てひっくるめて、駆け抜けてゆくのが人生であるのだ、と。狂気の瞬き、そしてハートに灯をともす旅——。

 

セットリスト

第1部
01. Sky is blue
02. ドビッシャー男
03. 悲しみの果て
04. デーデ
05. 星の砂
06. 珍奇男
07. 昔の侍
08. 奴隷天国

第2部
09. 新しい季節へキミと
10. 旅
11. 彼女は買い物の帰り道
12. リッスントゥザミュージック
13. 風に吹かれて
14. 翳りゆく部屋
15. ハナウタ~遠い昔からの物語~
16. 今宵の月のように
17. RAINBOW
18. 朝
19. 悪魔メフィスト

第3部
20. 風と共に
21. 桜の花、舞い上がる道を
22. 笑顔の未来へ
23. so many people
24. ズレてる方がいい
25. 俺たちの明日
26. yes. I. do
27. ファイティングマン

アンコール
28. 待つ男

 

 

*1:2番の該当部分の歌詞は<「今日も そう、動かぬ空!」>であるが、この日はこのように変えて歌っていた