三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

三浦的2021年ベスト・アルバム5選——洋楽編

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1. Silk Sonic - An Evening with Silk Sonic

Silk Sonicは、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによって結成されたユニットで、2017年から2018年にかけて行われたマーズのライブツアーで、パークはオープニング・アクトをつとめ、そうした共演をきっかけにプロジェクトが始動し始めた。マーズにとっては、2016年の『24K Magic』以来、実に5年ぶりとなる作品ということもあり、期待値は上がりに上がっていたが、『An Evening with Silk Sonic』はさらにその上を行く快作となった。1960年代から1970年代、一世風靡をしたファンク、R&Bの巨匠たちのエッセンスを受け継ぎつつもクラシックにとどまらず、2021年という時代に合わせたソングライティングとなっている。楽曲制作をする際、彼らは新型コロナウイルスや、2020年アメリカを揺るがした警官による黒人殺害事件などに関しては一切言及しないことにしたという。作品を貫く、徹底した"コミカルさ"や"楽しさ"のようなものは、今の疲弊しきった世界を活気づける起爆剤のようである。マーズの伸びやかなハイトーンボイスはさらに円熟味を増し、パークの心地良いフロウと見事に絡み合っている。彼らはツアーも行うようであるが、果たして来日公演はあるのだろうか。

 

2. Coldplay - Music of the Spheres

空気の振動が耳に伝わり知覚できるものが音だとすれば、空気の存在しない宇宙には、必然的に音は存在しないことになる。ところが『Music of the Spheres』を聞いた時に感じたのは、宇宙の音である。これは一見矛盾であるが、一個人のミクロな空想によってその存在を創り出すことは可能である。随所に挟まれるアンビエントや、シンセサイザーのサウンドは、空想を助長させ、一つの方向性を創り出していく。本作は、9つの架空の惑星をコンセプトに制作が開始された。着想は、スター・ウォーズ・シリーズに登場する惑星モス・アイズリーにあるバーでの演奏シーンから得たという。BTSをはじめとした異言語のアーティストとのコラボレーションは、そうした惑星の横断性みたいなものまで表現しているかのようである。「🪐(Music of the Spheres)」、「✨(Alien Choir)」、「❤(Human Heart)」、「🌎(Music of the Spheres II)」、「♾️(Infinity Sign)」のように、絵文字をそのままタイトルにしているのも中々面白い。レコードやCDではなく、スマートフォンで音楽を聴く2021年ならではの、演出といったところか。

 

3. Adele - 30

アデル4枚目のアルバムとなった『30』は、自身の離婚に伴う"不安"や"悲しみ"からの救い、さらには自身の息子に対する母性が大きなテーマとなっている。アデルは離婚後、自分自身を保つ手段として曲を作り続ける日々を送った。パーソナルで内省的な作風であるが、新型コロナウイルスが猛威を振るい続ける世界にとって彼女の作品は、大きな共感を呼ぶものとなった。人はこれまでの歴史においても音楽に救済を求めてきた。1930年代、奴隷としてアメリカ大陸に上陸させられ虐げられた黒人たちは、ゴスペルを歌った。出発点として商業的な要素を排して生み出された音楽は、それが切実であればあるほど、他の人々の内部にも入り込み、追体験が可能となる。本作が2021年最も売れたアルバムであるということは、その切実さの尺度がそのまま示されているともいえよう。ポップ、ソウル、ジャズを基調としつつも、R&Bやゴスペル的な要素も含まれた本作は、鬱や不安を吐露するリリックとは対照的に、聴いていると、安心感に包み込まれる。まさに、2021年の"救済音楽"である。

 

4. Paul McCartney - McCartney III Imagined

本作は、ポール・マッカートニーが2020年にリリースした『McCartney III』のリミックス・アルバムであり、多数のアーティストが参加している。特に、ドミニク・ファイクによる「The Kiss of Venus」は秀逸で、原曲の方のパッションを補うかのようなアレンジになっていて、非常に聴き心地が良い。近年、特に2013年辺りからのポールのライブパフォーマンスや、レコーディングされた音源を聞いてみるとやはり、寄る年波には勝てない印象を受けてしまうが、ソングライティングに関しては、衰えるどころか、現在のメインストリームを咀嚼し、さらなる深化を遂げているように思える。この作品には、ポールの歌声の代わり、あるいはコーラスワークで、その息子、さらには孫の世代のアーティスト達の歌声が乗せられるが、そうしたことで改めてポールの楽曲に存在する瑞々しさなるものをダイレクトに感じられるようになっている。この領域のアーティストになると、作品を出すだけで称賛されるような風潮があるが、彼の場合、常に最先端で勝負し続ける。ポップ・スターの伝説はまだまだ続く。


5. Mew - Frengers (2003)

2020年は時代を気にすることなく、ベストアルバムをピックアップしていったが、2021年は、その年に生まれた作品を聞くことが増えたため、この記事でもそうした作品をピックアップしている。ところが残りの一枚で迷いに迷った。そこで、"タイムトラベル枠"を設け、Mewの『Frengers』を選ぶことにした。彼らは、デンマークのロックバンドで、ラジオ番組『SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記』で知ったのをきっかけに、2021年、上位に来るほど聴きこんだ作品の一つである。本作をリリースした2003年、2009年にはSUMMER SONICへの出演も果たし、日本の知名度もある程度は高いと思われる。何といってもボーカルのヨナス・ビエーレの美しく透き通った中性的な歌声が特徴的で、そこに爽快感のあるギターサウンドがさく裂し、ベース、ドラムのリズム隊がそれらをゆるやかに包み込んでゆく。本作は、ビエーレの他に女性シンガーがボーカルを務める楽曲も2曲あるが、全く違和感は感じない。北欧の凍り付くように冷たく無機質な風景までもが内包されているかのような、なんとも美しい作品である。