三浦日記

音楽ライターの日記のやうなもの

美しい国の末路、追記

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2022年7月8日、元首相安倍晋三が突然この世から消えた。奈良県で応援演説中、銃に撃たれ倒れ、医師による懸命の蘇生措置も虚しく、意識が再び戻ることはなかった。襲撃事件の第一報は、正午過ぎに流れてきたニュース速報で知った。当初は、心肺停止状態であるという報道であった。元首相とはいえ、日本の政治のトップを約8年間務めてきた人物である。そんな人物が、民主主義国家となった現代の日本において、銃で一般人に襲撃されるなんてありえない。時間はかかるかもしれないが、きっと意識が戻って、一命を取り留めることができるはずだ。まさか亡くなりはしないだろう――。報道を知った当時、筆者はそのような根拠のない思考を巡らせていた。今思うとこれは、現実逃避の意味合いもあったのかもしれない。衝撃度がオーバー・キャパシティー状態になってしまうのを防ぐために、人は衝撃的すぎる出来事に直面した時、その事実を真正面から受け入れられなくなるのだろう。

 

衝撃の大きさに伴ったこうした思考の倒錯は、2009年6月25日のときのことを思い出す。朝起きると、テレビではキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンが心肺停止状態であるというニュースが流れている。他のチャンネルに切り替えてみても、どのテレビ局もこぞって海の向こうのスターについて報道し、ヘリコプターに搭載されたカメラが、自宅を空撮した映像や、緊急搬送された病院の映像が流し続けている。そして、海外に在中するレポーターが、その様子を逐一報告している。一体どうして――直近でラストツアー「THIS IS IT」が行われる予定だったはずではないか。彼は、きっと助かるはずだ。そして世界ツアーを敢行し、伝説を残してくれるはずだ。当時中学生だった筆者は、そのような期待しながら登校したが、その日の1限の授業、マイケル・ジャクソンが亡くなったということを国語の先生から聞かされた。事実を、しばらくの間受け入れることができなかった――。

 

安倍晋三死去のニュースの衝撃の大きさは間違いなく、その時以上のものである。18時過ぎ、駅のホームで電車を待つ間私は、スマートフォンでニュースサイトを開いた。普段、ニュースサイトにアクセスする事は滅多にないが、この日はとにかくその進展が気になって仕方なかったのだ。一番最初に目に飛び込んできたのは「安倍晋三元首相 死去」のニュースである。やはり、助からなかったか――。スマートフォンを持つ手が震えた。誰かが亡くなって震えた経験は、これが初めてである。一個人ではなく、数十年にわたって日本のあらゆる分野に影響力を与えてきた人物が銃殺の最期を遂げる――。「日本は平和だ」というぼんやりと内在していた認識が、全く持って間違いであり、ただの虚像にすぎなかったということが、この瞬間グロテスクなまでに突き付けられた。たちまち、不安が押し寄せてきた。ぬぐおうとしても、ただただ塗り広がっていくばかりの厄介な不安だ。指の震えは悲しさや悔しさなどではく、そうした不安に起因していた。

 

――ホームに電車が到着する。サラリーマンたちが、我先にと乗り込んでいく。筆者もその後、続いて乗り込む。車内はいつものように静かである。新型コロナウイルスのパンデミック以降、当たり前のようになった風景。ただ――この日はどこか異様な雰囲気に包まれているのを感じた。人間の持つ、動物的な直感というのだろうか。面接室のような、緊張感が充満しているのをひしひしと感じた。おそらく筆者もまた、それを形成する一塊になっていたはずである。隣にいるスーツを着た30代ほどの男性のスマートフォンの画面が目に入った、安倍晋三に関するニュースを眺めている。そのすぐ隣のブラウスを羽織った20代くらいの女性も同じようにスマートフォンでTwitterのトレンドを忙しそうにフリックしては、ときおり止め、書かれているテキストをじっと眺めている。電車を降りると、いつもよりもうつむきながら歩いている人が多いように思えた。どうやら皆、スマートフォンを眺めていたためであった。

 

彼は撃たれる最後の最後まで、応援演説をしていた。1発目の銃弾が撃たれた後、音の大きさに驚いたのか、上げていたその手が硬直する。伏せることも、逃げることもしない。まさかそれが自分に向けられた銃による音だったとは思いもしなかっただろう。後ろを振り返った瞬間、2発目が発射され、銃弾は首元に命中、そのままガードレールに寄りかかるように倒れこんでいった――。
「今日は、聴衆に向けてどんなことを話そうか」
「この演説がひと段落したら昼食だ、あともう少し」
「明日も外の演説ときは、今日みたく暑くならなければなぁ」
などと考えていたのだろうか。少なくともこの日、全く知らない誰かに突然背後から撃たれて死ぬなどということは、考える隙間もなかったはずである。病ではなく、銃で撃たれて死ぬというのは一体どのような気分なのだろうか。壮絶な痛みが体中に襲ってきて、傷口という傷口から血液が噴出し、体内には本来あるべきでない場所に血液が瞬く間に満たされてゆく。遠のいてゆく意識の中で、これまでの人生について彼は何を思ったのか。あるいは、それすら考える余地がなかったとすれば、あまりにも悲惨である。

 

The Beatlesのジョン・レノンは熱狂的なファンに、そしてマーヴィン・ゲイは父親との口論の末に射殺された。名声の大きさは、死に様に比例しないということを、今回の襲撃事件であらためて痛感させられた。彼の人生は、幸せだったといえるのだろうか。2006年、内閣総理大臣となった安倍晋三は「美しい国」という国家像を掲げた。活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた、「美しい国、日本」――。果たしてこれが、彼の思い描いていた「美しい国、日本」の姿だったのだろうか。

 

ここ最近、現実とフィクションとの境目がだんだんと分からなくなってきている。先に挙げたようなミュージシャンの射殺は事実であるが、生まれた時代が違うからなのか、あるいは海の向こうの話題だからなのか、まったく実感が湧かない。当然、彼らの音楽を聴いていても、血なまぐささのようなものは感じられない。ところが今回は――実感のある出来事である。これまで、平和とされた国家の下でこうした事件起こるというこのは、ある意味でフィクションであったが、その認識が完全崩壊した瞬間であった。当事者も、警護する人間も、聴衆も皆、そんなことはフィクションだと思っていた。唯一、その実行者のみが、それを現実のものとして捉え続け、目的を完遂させるに至った。パンデミック、戦争、大災害、そして、民主主義国家における要人の殺害――1世紀前の忌々しい歴史が再び繰り返され始めているのを、今、この目で目撃している。