三浦日記

音楽ライターの日記のやうなもの

代々木にて極まる一人の男あり——宮本浩次 縦横無尽完結編 ライブレポート

2019年6月12日、男は恵比寿LIQUIDROOMのステージにて一人、ギターを持って弾き語りをしていた。宮本浩次、ロック歌手、そしてエレファントカシマシのボーカリスト。ソロアーティストとして自身初の単独ライブであった。汗でぐしゃぐしゃになった長髪の合間からは、未踏の地を踏みしめていくような興奮と、幾許かの不安の表情が見て取れた。それは、ステージ上の孤高の男に限ったことではなかった。会場の約900人の観客も、宮本と同様の面持ちであり、これまでとは違った新しい"何か"が生まれようとしている瞬間を逃すまいと必死に食らいついていくのだった——。2022年6月12日。あれからちょうど、3年の月日が経った。自身4度目のバースデーライブの会場は、これまでで最も大きな代々木第一体育館であった。収容人数は、LIQUIDROOMの10倍以上、10000人を優に超える。しかも2日間にわたって行われることになっていたが、チケットは見切れ席を含め全て売り切れ——。それは、宮本浩次という一人のアーティストが3年の活動を通じて多くの人々に浸透してきた証でもあるともいえるだろう。

 

満員の代々木第一体育館、メインステージから会場中央のステージに向かって続くいわゆる花道が、ステージ中央と左右には大きなスクリーンが設置してあり、改めて会場の規模の大きさを実感する。開演時間の午後5時を10分程度過ぎたところで場内は暗転、まもなく、スクリーンにこれまでの「TOUR 2021〜2022 日本全国縦横無尽」で回ってきた会場名がライブの静止画と共に順に映し出されてゆく。2021年10月から始まった47都道府県を巡るライブツアーは決して順風満帆なものではなかった。ツアー中盤の2022年3月上旬、新型コロナウイルスの脅威が宮本の身体に襲い掛かった。発熱、強い喉の痛み——。長崎、山口、佐賀、愛媛での4公演の延期を余儀なくされ、体力の低下や喉のコンディション不良など、病後の影響が危惧されていたが、その約2週間後、宮本は岩手公演で見事復活の狼煙を上げ、再び全国各地を駆け巡る。そして、最後に映し出された「6.12 東京 代々木第一体育館」という文字、そこに「宮本浩次 縦横無尽完結編」と宮本の自筆で書かれた文字が浮かび上がってきた。縦横無尽の集大成となるライブが、いよいよ幕を開ける。

 

真っ暗闇の中突然、会場中央に設置されたステージにスポットライトが当てられ、逆光のシルエット姿の宮本が現れた。場内の騒めきが冷めやらぬ中、小林武史のピアノの演奏から「光の世界」が演奏が始まる。宮本の厚みのある歌声は、微かに霞みがってはいたものの、ピアノの音と溶け合いながら広い会場の隅から隅まで満たしてゆく。呟くような低音からハイトーンとなるサビの〈消せども消えぬ思いと〉、〈とめどない ナウ・アンド・ゼン〉の部分では凄まじい音の振動が身体にビリビリと伝わってくるのを覚えた。目を閉じて、その感覚に身を委ねてみると、非常に心地がよかった。「光の世界」の余韻を残しつつ、次なる楽曲に引導を渡すべくピアノの音は続いている。その間宮本は、花道を通ってメインステージへと向かい、ランタンを手に取る。まもなく名越由貴夫のエレキギターの短いイントロから「夜明けのうた」が始まった。スクリーンには夜明けの薄暗い空の映像が映し出され、曲が進むにつれ徐々に明るくなってゆく。それまで暗闇ではっきりと見えなかった宮本の顔が、ここでようやく明らかになった。約半年にわたって47都道府県を回ってきた男の顔には、やや疲れの色が伺えるだろうか。宮本は引き続き、高音部には不安が残っていたが、何とかリカバリーをしながらあくまでも高らかに歌を届けてゆく。

 

先ほどまでの2曲で作り上げられた淡い光の世界は、続く「stranger」と「異邦人」で燃え上がる炎へと変化し、会場の温度を急激に上昇させていく。「異邦人」のアウトロの部分で宮本は〈悲しみを持て余す異邦人〉と繰り返し絶唱をし、バンドメンバーたちもより熱を帯びたサウンドでそれに呼応していく。第1部では、『異邦人』を筆頭にカバーアルバム『ROMANCE』の楽曲も数曲披露されていたが、その中でも特に印象的だったのは何と言っても「あなた」である。この曲は、47都道府県ツアーのセットリストには入っておらず、前年2021年のバースデーライブ以来の演奏であった。高音の部分で随所に挟まれるファルセットは、会場にベールのように優しく包み込んでゆく。

 

とはいえ第1部は、「あなたへ」以外の楽曲に関してはツアーのセットリストと同様の曲目、曲順であったためか、中盤からはやや予定調和な感じが否めなかった。その極めつけは「獣ゆく細道」であった。宮本はツアーで本曲を椎名林檎のパートまで一人で強引に歌い切る荒技を見せていたが、この日はいつもとは違ったことが起きるのではないかという胸騒ぎがしていた——。「獣ゆく細道」といえば2018年、彼女が不惑を迎えたときのライブ『椎名林檎 (生)林檎博'18 -不惑の余裕-』にて宮本がゲストとして出演し、デュエットするというサプライズがあった。そのため今度はその逆、つまり椎名林檎が宮本のバースデーライブに出演し、再びこの楽曲で競演を果たすのではないかという淡い期待が生じていたのだ。ところが、そうしたサプライズは妄想に留まった。宮本はバンドメンバーと共に、いつものように淡々と進行していくばかりであった。

 

「悲しみの果て」が披露されたとき、ふとあることを思った。それは、楽曲が"パッケージ化"されているということである。無論、楽曲はCDやレコードとして実際にパッケージ化されるのだが、これはあくまでも形容としての意味である。47都道府県ツアーを通じて楽曲にあった角が削られ丸くなり、ちょっとした凹凸までもがきれいに均されている。そんな楽曲は宮本の手からすっかりと離れ、バンドメンバーという立派な容れ物に収納され、その上から丁度いいラベルが貼られている。宮本はその中から曲を取り出し、割れ物を扱うかのごとく丁寧に「悲しみの果て」を歌う。ギターを置き、歌に全神経を集中させる宮本。そこからは、エレファントカシマシで演奏されるときのような、生き物のような蠢きや、偶発性は感じられなかった。できるだけ同じ温度で同じように表現しようとする。ソロ活動で培われた職人のような側面が垣間見えた瞬間であった。

 

短い休憩を挟んだ第2部は、「passion」からスタートする。楽曲が始まり宮本の歌声が聞こえてもなお、暗転したままの場内で突然、中央スクリーンに舞台袖を歩く宮本が映し出された。宮本が袖を進んでいくと、ロウソクに火の点いたバースデーケーキが現れ、それをフッと吹き消すとようやく、ステージ上に宮本が現れた。誕生日ならではの、なんとも粋な演出であった。続く「ガストロンジャー」からの3曲はいずれもエレファントカシマシの楽曲であったが、ここでも「悲しみの果て」のときと似たようなことを思った。大きな逸脱をすることなく、淡々と歌っている、と。思い返すとエレファントカシマシは、2017年から2018年にかけ47都道府県ツアーを敢行したが、そのときもアレンジを加えず、原曲以上に忠実に歌の世界を表現しようとしていた。ところが、今回感じたのはそれとは少し違う。エレファントカシマシという歴史から完全に分離し、俯瞰したまなざしで曲を表現しているのだ。

 

「あなたのやさしさをオレは何に例えよう」では、間奏部分でメンバー紹介が挟まれたが、そこでベースのキタダマキがいわゆる「お誕生日のうた」のメロディーラインを弾いたため、会場は大きく盛り上がった。宮本は照れた様子でメインステージからセンターステージへと向かい、
「こんなことで俺を感動させようったって...... 意外と動揺しています!」
とレスポンスをし、会場は瞬く間に多幸感に包まれた。第2部の後半では、ソロアーティスト宮本としての、"極まり"を感じることができた。「この道の先で」や「十六夜の月」は、47都道府県ツアーの序盤の方ではやや息切れをし、不完全な印象があったが、この日のライブではバンドメンバーを含めたすべてのピースが適切に機能を果たし、まさに"完成形"を見ることができたように思える。「rain -愛だけを信じて-」では、センターステージに本物の水が雨のように宮本に降り注ぐという演出があった。序盤で霞みがちだった歌声にはすっかりと艶が戻り、高音部も難なく歌いこなしている。"雨"の中全身全霊で歌う宮本の姿は、一段と若々しく見えた。ライブ前半で見られた疲れの表情は、どこかに消え去っていた——。

 

この日一番のハイライトはアンコールに訪れた。アンコールを今か今かと待つ観客の拍手が止み、静謐なSEが響き渡る中、突如、それを引き裂くような玉田豊夢のタイトなドラムビートで「just do it」が始まった。縦横無尽完結編で、初披露となったこの曲で、いきなり度肝を抜かされた。音源の方はシンプルでコンパクトにまとまっていた印象があったのだが、この日のテイクにはすさまじい音圧と迫力があった。宮本の歌声は、これまでのテンションからさらにもう一段階上がっており、それに押されまいとバンドメンバーの方も、より一層熱量を高めていく。こんなにも情熱的で、縦横無尽に行き交う楽曲だったとは思わなかった——。そしてそれは第1部、第2部で予定調和的に完成させたものを、アンコールで壊そうとしているようにすら思えた。東京会場にちなんだ「東京協奏曲」を挟み、ギターのアルペジオにすぐに被さっていくように歌が始まった。「昇る太陽」である。ツアーの曲目には入っていない楽曲であり、予想だにしなかった一曲である。ハイノートのシャウトとファルセットが連続する楽曲を、ライブの最終盤に持ってきた宮本であったが、そんなことはお構いなしといった感じに、魂を限界まですり減らしながら届けていく。ツアーで整然と無駄のない順序で組み上げられたものは、このとき完全にバラバラになったように思えた。ある意味これは、バンドメンバーに対する宮本なりの別れのメッセージであったのかもしれない。ライブは「ハレルヤ」で華やかに大団円を迎えた——。

 

ライブが終了するとステージには、身に纏ってきたものが全て剥がれ落ち、真っ新になった男の姿があった。この日一つ歳をとったにもかかわらず、一回りも二回りも若返ったかのようなパラドクスを成立させるほどの佇まいであった。男に不安な表情は全くない。やりたいことを全てやり切ったという達成感からくる充実した表情がそこにはあった。会場全体もまた、これ以上望むものはないと言わんばかりの達成感で充満していた。3年前、この景色は本人を含めて誰も想像していなかったことだろう。先ほど、エレファントカシマシの楽曲がパッケージ化されているということを書いたが、それは連続性のある歴史の分断ということでもある。そしてそこには"東京"の分断も含まれる。ある意味これは空虚であるともいえるが、裏を返せば、新たな活路を見出すための強引な手段であったともいえる。50代といえば若手にそろそろ引導を渡し、安住にしようかという年齢である。それはいわゆるサラリーマンと呼ばれる人種に限らず、表現者の世界においてもそうなる場合が多々あるように思えるが、宮本は歴史に安住しなかった。ソロの世界に飛び込み、これまでの歴史を半ば強引に分断し、新たなを表現をひたむきに追求し続けた——。「宮本浩次 縦横無尽完結編」はまさに、そうした取り組みの"結晶"であり、ソロアーティスト宮本浩次としてのキャリアの"極み"なのであった。代々木第一体育館を後にすると、十三夜の月がくっきりと浮かんでいた。

 

セットリスト

第1部
01. 光の世界
02. 夜明けのうた
03. stranger
04. 異邦人
05. きみに会いたい-Dance with you-
06. あなた
07. 化粧
08. 春なのに
09. shining
10. 獣ゆく細道
11. ロマンス
12. 冬の花
13. 悲しみの果て
14. sha・la・la・la
15. 浮世小路のblues

第2部
16. passion
17. ガストロンジャー
18. 風に吹かれて
19. 今宵の月のように
20. あなたのやさしさをオレは何に例えよう
21. この道の先で
22. 十六夜の月
23. rain -愛だけを信じて-
24. P.S. I love you

アンコール
25. just do it
26. 東京協奏曲
27. 昇る太陽
28. ハレルヤ