三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

スーパーヒーローになり損ねた男

これは、私が高校2年生だった頃の話である。学校で体育祭が行われ、クラスメイト達と打ち上げをすることになった。打ち上げは、食べ放題のバイキングの店で行われた。高校生と打ち上げ、そしてバイキングの並びは定番である。帰り道、皆で花火をすることになった。これもまた定番のイベントである。8月の下旬、お盆も過ぎ日が落ちると、幾分涼しくなってきていた。大型スーパーで花火を買い込み、誰もが花火に夢中になった。ただ、夢中になったといっても、手持ち花火というものは、あっという間に飽きがくるもので、間もなく解散することになった。栄えている駅の方まで行って、カラオケでも行けばよかったねと言いながら、皆がバラバラに帰ってゆくのであった。

 

帰るためには、しばらく歩いた先にある無人駅に行って、そこから一駅先に行かなければならなかった。最寄りの駅までは田んぼの畦道のような道路を30分ほど歩く必要があった。同じ方向に家がある友人のKがいたので、一緒に駅へと向かう。電灯はまばらで、足元をぼんやりと照らしている。時計を見ると、午後8時15分だった。電車の時間までまだ十分に間に合う時間――のはずだったが、Kがお腹を抑えてトイレに行きたいと言い出した。どうやら先ほどのバイキングで食べ過ぎたようであった。トイレは、どこにも見当たらなかったので仕方なく、道端の藪の方に向かっていった。人通りはなかった。

 

Kを待つ間私は、辺りをうろうろしていると、誰のものかもわからない自転車が無造作に積み上げられているのを見つけた。闇の中、電灯と月の光でわずかに照らされた金属光沢は何かの生き物のように見えた。用を足し終わったKが戻ってきたので、再び駅へと向かう。真っ暗で何も見えなかったよと愚痴をこぼしていた。Kも、自転車の山の存在に気が付く。
「すごい自転車の数、誰かが捨てていってるのかな」
しばらく歩いていくと駅舎が見えてきた。そこに電車が止まり、人を運ぶ機能だけを有する簡素な駅舎である。建物を照らす蛍光灯は点滅していて、真っ白に照らされた壁には小さな虫が無数に張り付いたり、周辺を飛び回ったりしていた。構内には誰もいなかった。駅に備え付けられた錆びた枠内の時刻表を見て、我々はしまったと思った。休日と平日のダイヤが違うことを失念していたのだ。電車は、既に出発していた。次の電車が来るまでは、まだ1時間以上あった。辺鄙な田舎の運航ダイヤというものは、こういうものが普通なのである。さて、どうしようか――。
「そういえばさっき、自転車が積みあがっていたの見たよね、あそこにさ、まだ新しいママチャリが置いてあったような気がする」
Kは、思い出したかのように言った。先ほど友人が用を足していた場所の近くに戻ってみると、確かに一台だけ、まだ乗れそうな自転車が置いてあった。ガラクタとなった自転車の山の一部に吸収されることなく、丁寧にスタンドまで立てられ、まだ自転車としての役目を果たせそうな顔をしていた。
「これに、二人乗りをして帰ろうか」
最寄りの駅までは自転車を漕いで40分ほどの距離だった。電車を待っているよりも面白そうだと思い、我々は自転車で帰ることにした。

 

前にKが乗り、私はリアキャリアの金属の部分にまたがった。自転車のタイヤの空気は少しだけ抜けている程度で、少しの時間走る分には全く問題なさそうだった。縁石の段差で自転車が上下するたびに股が痛くなったが、おおむね快調であった。最寄り駅の方角はゆるやかな窪地になっていたため、自転車は傾斜のスピードを借りて、ぐんぐん進んでいく。この調子なら午後9時半くらいには家に帰ることが出来そうだった。これなら親に怒られる心配もない。地平線は田んぼが広がっている。ぽつぽつと民家があって、時おり、我々の横を車がものすごいスピードで通っていく。それ以外は運転しているKの息遣いの音と、虫の声だけが響き渡っている。

 

突然、前方に火の玉のようなものがみえ、急降下していくのが見えた。光は自転車の方に近づき、だんだんと大きくなり、視界を遮った。あまりにも一瞬の出来事だったので、思わず自転車を止め、自分たちはゆっくりとバランスを崩し自転車だけが倒れた。
「な、なんだ?今のは、隕石かな」
「どこか近くに落ちたのかもしれないな」
しかしながら、光には音もなく、温度さえ一切感じなかった。何事もなかったかのように我々は、再び自転車をまたがり帰路に向かう。心なしか、先ほどよりも一段と風が冷たくなった感じがする。ようやく、最寄りの駅が見えてきた。無論こちらも、無人駅である。自転車はなんとか壊れることなく、二人を運んでくれたのだった。

 

自転車はKに託し、ここで別れた。私は駐輪場に止めてある、自分の自転車にまたがる。時計の針は午後9時過ぎを指していた。思ったよりも快調だったということか。ただその割にはどこか暗すぎる、ような印象があった。住宅地を通ると、明かりがついていない家が多すぎる。煌々と光っている場所といえば、コンビニエンスストアと、ちかちかと電気が切れかかった広告看板くらいである。自宅に到着する。ところが、鍵がかかっている。なぜだろうか。鍵を開けてみる。すると、両親が神妙な顔でこちらをうかがっている。
「今、何時だかわかってるの」
少しあきれた様子で、母はそう言った。
「え、く、9時半ぐらいでしょう――」
私は、いたって真っ当な風にそう答えた。母は無言で時計を指さす。時計は、午前12時5分を指していた。
「Kと一緒に帰ってくるだろうと思ったから、Kの家にも電話してみたんだけど、やっぱり帰って来てないって言って、警察に電話しようかと思ったわよ。心配したぁ」
そう言った母は少し安堵しているようにも見えた。今度は私が時計と携帯電話を差し出した。時計の時刻盤と携帯電話のディスプレイには、9時27分が示されていた――。

 

帰り道にあったことを振り返ってみる。田んぼ、積み上げられた自転車の山、光――。一番可能性が高いのはたぶん、あの光だ。あの光を見たからこうなったのだ。あれはなんだったのか。時空をゆがめるような強力なものだったのか。少なくとも現時点の人間がなせるような仕業ではないことは確かだった。私は、時間を飛び越えた。その日の夜、夢を見た。光が体中を満たし、肉体にしみこみ同化していく。自分から発せられた光は白熱灯のように熱を帯びているが、別段熱いとは思わない。発光が収まっていくと同時に、熱も収まっていく。そのタイミングでばっと目が覚めた。これまでに経験したことのないくらい汗をかいていた。何かパワーがみなぎっているような気がする。

 

翌朝学校でKにその話をすると、友人も全く同じ体験をしたと言っていたので驚いた。別段、何かの力を授けられたわけでもない。こういう状況というのは、SF作品の場合何か超能力が得られる恰好のトリガーになりうるが、そんなことはなかった。みなぎるようなパワーはやはり、気のせいにすぎなかった。その後もいたって平穏な高校生活が、過ぎてゆくばかりであった。謎の閃光を契機とした一連の体験のみが、脳内にはっきりと残り、今こうして書いている。スーパーヒーローは人を選ぶ。私にはその資格はなかった、それだけなのである。帰り道、不思議な体験をした話。いや、ここだけは誇張をして、スーパーヒーローになり損ねた話、である。