三浦日記

音楽ライターの日記のやうなもの

富士に太陽、ちゃんとあった——エレファントカシマシ 新春ライブ2022日本武道館 ライブレポート

冬の東京は、雲一つない晴れの日が多い。澄み渡った空気は、都会特有の化学的なツンとした匂いをわずかに含み、あらゆるものをたちまち無機質にさせる。埼玉郊外から電車に乗り、日本武道館へと向かう。この日も、天気は晴れ。ぼんやりと、車窓を眺めてみる。陽は間もなく落ちようとしていて、西の方の空は、水彩画のようなオレンジ色に染まっている。地平線に並ぶ建物は逆光のシルエットになっていて、空だけがやけに鮮やかである。移り行く団地と住宅街の間から、小さい、三角のシルエットが現れた。富士山である。直線距離で数百キロは離れているだろうか、それでも、その佇まいは荘厳であった。人々の営みが変化しても、街が変わっても、そこに在り続けるもの。富士に太陽——。煌々とゆらめく赤は、徐々に遠くの巨大な三角に飲み込まれていき、やがて空は寒色のグラデーションを帯びていくのだった——。

 

日本武道館を訪れたのは、2019年のエレファントカシマシの新春ライブ以来、実に3年ぶりであった。その間、バンドを取り巻く状況も、何より世界が大きく変化した。宮本浩次は、この年の新春ライブから約1か月後、「冬の花」でソロデビューを果たす。この年は、バンドとソロ活動を両立しながら、精力的に楽曲制作をしていく。そして2020年、初のソロアルバム『宮本、独歩。』を世に送り出し、コンサートツアーの開催も発表され、順風満帆のように思えた。だが、そこに暗雲が立ち込める。新型コロナウイルスの世界的な拡大により、4月には緊急事態宣言が発令され、公演の中止を余儀なくされたのだ。そこで宮本は、自粛期間中に楽曲のカバーを行い、小林武史をプロデューサーに据えたアルバム『ROMANCE』をリリースする。

 

2021年は、ソロ2作目となる『縦横無尽』のリリース、47都道府県ツアー、ソロとして初の紅白歌合戦の出演と、まさしく、"ソロ一色"の年であった。他方、バンドとしての活動は皆無に等しく、31年続いてきた日比谷野外大音楽堂でのコンサートも、この年で途切れた。2012年、宮本は突発性難聴を患い、一切の音楽活動の休止したが、その年でさえ、ここでの公演を強行する程であったから、並々ならぬ思いがあるのだろうと合点していたのだが、何ともあっさりした幕切れであった。彼らの恒例行事に、"野音"ともう一つ、"新春ライブ"があるが、こちらも2021年の開催はなかった。宮本は今後さらに、バンドから離れていくのだろうか——そう思っていた矢先、1年3か月ぶりのライブの開催が発表されたのだった。

 

日本武道館は、以前訪れた時よりもはっきりとした輪郭で眼前に現れた。それは、新春ライブの高揚感も起因しているのだろうが、2020年の東京オリンピックに向けた改修工事が行われたためであった。頂上にどっしり構えられた金色の擬宝珠(ギボシ)は、ライトに照らされ輝き、屋根の緑青色も、より鮮やかに塗り直されていた。緑青色といえば、酸化した銅の色、つまりかつて銅色であったが、数十年の時を経てこの色になり、今回の改修工事では、経年後の色が採用されたというからなかなか面白い。日本武道館の隣には、"中道場"なるものが新たに建てられていて、今回はここがグッズ売り場として利用されていた。場内に大きな変化は見られず、相変わらず大きな日本国国旗が天井から吊り下げられていて、会場全体を引き締めていた。

 

日本武道館でのコンサートは、東西南北のうち北をステージ側として、残りの三方位とアリーナを客席として使用するのが一般的であるが、この日は一日のみの公演だったためか、ステージ側を含む全方位の席が解放された。筆者の席は、2階のバックステージ席で、ステージを斜め後ろから見るような形となった。あまりにも聞き慣れてしまった新型コロナウイルス感染症対策のアナウンスが、何度も流れてくる。検温、マスクの着用、手洗い、手指の消毒、そして、歓声の禁止——。会場は、どの方位を見渡してみても満席。だが、開演前のざわめきはない。ライブという形式に対して誰もが、一定の制限を受けざるを得ない状況になっているのは確かであった。場内は、ブライアン・イーノのアンビエントな楽曲が響き渡っている。もう、間もなくである。

 

開演時間とほぼ同刻に、場内は暗転、メンバーが登場する。歓声の代わりに、割れんばかりの大きな拍手が響き渡った。一瞬の静寂、その直後に演奏された一曲目は「うつらうつら」であった。一音一音を噛みしめるようにして歌う宮本に、他のメンバーの演奏がぴったりと追従し、独特なグルーブを生み出していく。嗚呼、これこそがエレファントカシマシ、今までと変わらぬ姿がそこにある——などと安堵している暇もなく、「奴隷天国」に続く。この日の宮本の歌声には、重みがあった。これまでバンド活動をしていなかった分を、この日に全て濃縮させぶつけているかのようだった。続いて、「デーデ」、「星の砂」と34年前のデビューアルバムから2曲、演奏される。この時期の楽曲は、「ファイティングマン」も然り、2010年代以降、当時にはなかった"アンセムソング"としての役割が、より一層確立されてきているように思えた。バンドがアンサンブルとなった瞬間に起こる衝撃波のようなサウンド、そして、宮本のどこまでも伸びていく低音と高音のコントラストを全身で浴びる。なんと至高の空間だろうか。

 

例年であれば、一部の中盤に差し掛かろうかというあたりで、ストリングスチームを交えた、いかにも新春にふさわしい華やかな楽曲が演奏されるのだが、その慣例に反し、初期(エピック・レコード期)のシンプルで少々渋めな楽曲が続く。日比谷野外音楽堂のライブでは定番ともいえる「いつものとおり」、宮本が、
「古い曲です。もうタバコは辞めちゃったけれど」
と言って約10年ぶりに披露された「浮雲男」。だんだんと会場は、日本武道館というよりは、日比谷野外音楽堂の様相を呈してきていた。2021年、彼らこの会場でのライブを久しぶりに開催しなかったと先に書いたが、その代わりを今日のライブで埋め合わせしているかのようであった。まるで盆と正月が、一遍にやって来たかのようであった。

 

一部で圧巻された、というか非常に不思議な感覚にさせられたのは、「月の夜」~「生命賛歌」の流れである。「月の夜」で、日本武道館におぼろな月を浮かび上がらせると、「風」と「シグナル」で、東京の郊外、埼玉と東京の県境辺りの街並み、喧噪、ビル街の景色を積み重ねていく。時折、風が吹いてきて、ビルの合間の公園にある木々が、心地よく揺れている。そして「生命賛歌」で、日本の悠久の時の流れ、力強さが表現されると、会場は、プロジェクションマッピングを施されたかのように、日比谷野外音楽堂へと変貌を遂げた。2022年の、新春ライブは、祝祭などではなかった。楽曲自身が持つパワーで作り上げられた都会の"仮想的混沌(カオス)"に取り込まれるかのように、宮本のパフォーマンスは凄みを増し、シャーマンのように会場全体に"魂"を宿していくのだった。

 

二部は先ほどまでのストイックな一部とは一転、「ズレてる方がいい」を皮切りに、これぞ新春ライブ、という感じの楽曲が続く。このコントラストは、非常に新鮮であった。この日の宮本は、全方角を開放していたせいなのか、いつも以上に、会場を縦横無尽に駆け回っていた。宮本は、
「いつもは安心するために、後ろを向くんですけど、今日は、後ろにもお客さんが…… 全開です!」
と言っていたように、少しだけ浮足立っているような印象を受けた。ただ、それもまた一興という風にまとめあげてしまうのも、このバンドの持つ魅力のように思える。後半にかけて披露された華やかな楽曲に合わせるように、歌声は色を帯びながら会場全体に広がってゆく。

 

二部のハイライトは「友達がいるのさ」だった。演奏の終盤、メロディを飛び越え、その瞬間瞬間に思い浮かんできた気分を、語り掛けるように吐露する部分で、
「今年もみんな、きっといいことあるぜ、エブリバディ!」
と叫んだ。何よりもこの一言が、とてもよかった。いたって普遍的な言葉。けれども、どこまでも嘘がなく、変わってしまった世界の悲観や絶望、すべてを包み込んでくれる言葉であった。一人のアーティストとして着飾るわけでもなく、一人の人間としての純粋なものがそこにはあった。二部は、「ファイティングマン」で盤石に締められた。そしてアンコールは「待つ男」。この曲が演奏されるとふと、この日会場へと向かう電車の窓から眺めた景色、富士山に沈みゆく夕陽の景色とリンクした。

 

そら ちょっと見りゃ
富士に太陽ちゃんとある

時代が変わっても、世界がこれまでとは一変しても、そこにあり続けるもの。エレファントカシマシという存在はまさに、東京から望む、富士と太陽なのであった——。曲が終わる。宮本によって乱暴におかれたマイクはゴトッと音を立て、当の本人は振り向きもせず、真っ赤な照明で染められた舞台上を後にした。続いて他のメンバーたちも去ってゆく。潔い終わり方だった。エレファントカシマシは、これからどうなるのか、再び濃い靄(モヤ)に覆われ、その姿を望むことはできないのか。それは、当の本人にしか、あるいは当の本人すら分からないことかもしれない。今年は靄が晴れ、堂々とその姿を拝むことができたらもう、これ以上のことはない。帰り道、真っ白い月が地上を照らす中、そんなことを考えたのだった。

 

セットリスト

第一部
01. うつらうつら
02. 奴隷天国
03. デーデ
04. 星の砂
05. いつものとおり
06. 浮雲男
07. 昔の侍
08. この世は最高!
09. 珍奇男
10. 月の夜
11. 風
12. シグナル
13. 生命賛歌
14. 悲しみの果て
15. 旅立ちの朝
16. RAINBOW

第二部
17. ズレてる方がいい
18. 風に吹かれて
19. ハナウタ ~遠い昔からの物語~
20. 笑顔の未来へ
21. 桜の花、舞い上がる道を
22. ガストロンジャー
23. 俺たちの明日
24. 友達がいるのさ
25. so many people
26. 四月の風
27. ファイティングマン

アンコール
28. 待つ男

 

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