三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

東京の人間を"演じる"——エレカシ全作レビューXIX『昇れる太陽』

エレファントカシマシと東京——この関係性は切っても切り離せないものであり、彼らの作品の中には常に東京というものが内在していた。それは何よりも、作詞・作曲の大半を行う宮本浩次が東京都北区出身であるというバックグラウンドが大きく起因しているだろう。東京という土地と彼自身の肉体的、さらには精神的な面での距離がほぼゼロに等しいということは、日常の一部として、あるいは無自覚的に東京を見ることにもつながっていく。これまで彼が描いてきた東京には、こうした視点が大きな比重を占めていた。ただ、エレファントカシマシ19枚目の『昇れる太陽』で描かれる東京というのは、これまでの東京とはやや趣が異なっている。

 

というのも今作は、これまでのように宮本自身に内在する東京なるものが表出する私小説的なものではなく、東京に生きる人間を"演じる"ことで東京なるものを表現する、フィクション的なものであるからだ。例えば「おかみさん」の舞台は東京であるが、西暦2100年の東京であり、そこでは科学技術の発達や、環境や社会の変化が謳われる中、"おかみさん"は相も変わらずベランダで布団を干し続けている——そんなSF的ワードの隙間に人間臭さが入り混じった描写になっているが、この現在と未来を貫く不変性は、歌詞に登場する"青山通り"という具体的な地名、さらには"東京タワー"という現在の東京を象徴するキーワードによって、東京をSF的でありながら、浮世離れしすぎない実感を持ったものにしたためている。ここで注目したいのは、そこに宮本自身の体験に基づく実感は伴っていないということだ。あくまでも西暦2100年の東京、そこでの営みを"演じる"ことで、これまでのように東京を歌いながらも、大衆小説(私小説と対比する意味合い)のように気軽明朗な表現になっているのだ。

 

また、「新しい季節へキミと」は一音目が鳴った瞬間、東京の無機質な高層ビル街の風景が砂のように風で運ばれてきて、段々と形作っていくような情景が思い起こされる。そして、ひとたび宮本の歌声が響いてくると、構築された景色は色彩を帯びていく。そんなサウンドを補完するように、楽曲には都会の喧騒を生きる一人の男が登場する。春夏秋冬という季節が持つダイナミズムを感じたなら、それはやがてグラデーションのようにキラキラと、自分の心と街の景色を彩ってゆく——。"東京"という言葉は、楽曲の後半に初めて登場するが、まったく違和感を持つことなしに楽曲の"都会像"を確固たるものにさせる。宮本はここでも、東京を舞台に歌っているが、この楽曲に『東京の空』(1994)や『町を見下ろす丘』(2006)で見せたような、東京を自身の経験を持ってありのまま切り取るといった内省性は感じられない。むしろ、どこまでも軽やかであり、東京は咀嚼された経験の中でデフォルメされている。さらに、〈変わりゆく東京の街に ふたりの姿重ねていた〉という一節は、私小説的な距離感から一歩引き、俯瞰的に顛末を辿っているようにも思える。その意味でこの楽曲も、"反"内省的な大衆小説に近いと言えるのではないだろうか。

 

本作の"演じる"、あるいは"大衆小説"的な側面を助長するのは、随所に挟まれるオマージュだ。アルバム一曲目「Sky is blue」は、Beckの「Loser」のサンプリングをするかのようなスライド奏法のギターで幕を開ける。そして、全体を内包する重量感のあるドラムビートは、プロデュースの蔦谷好位置が参考にしたと明言しているように、Chemical Brothersの「Setting Sun feat. Noel Gallagher」のドラムビートのエッセンスである。続く「新しい季節へキミと」のイントロにおいても、The Whoの「Pinball Wizard」のような*1Sus4(Suspended 4th)コードとメジャーコードを繰り返すフレーズの引用がなされていて、終盤の「おかみさん」のギターリフは、Led Zeppelinの「Heart Breaker」のリフを明確に踏襲したものとなっている。作品を締め括る「桜の花、舞い上がる道を」に関しても、終盤Cメロの部分では、Roy Orbinsonの「Oh, Pretty Woman」のイントロのフレーズが軽やかに入れ込まれる。そして本作におけるオマージュで極め付けといえば「ハナウタ~遠い昔からの物語~」だろう。この楽曲は、コード進行だけではなくその構成に至るまで、Daniel Powter の「Bad Day」が意識されたものになっている。

 

宮本はこれまでのキャリアにおいても、他者のオマージュを行っていたが、それまでが、バンドのサウンドを補完するために使うためのツールであったのに対し今作では、聴き手に対してわかり易く、あるいは参照元に気付いてほしいという気概すら見られる。こうした他者の楽曲を自身の楽曲に投影しようとする行為はややもすれば、オリジナリティーを損ないかねない。しかしながらエレファントカシマシは本作で何とも大胆なオマージュを敢行した。そこからは、デビューから20年が経とうかというバンドが培ってきた独自性と、そこに起因するオマージュへの絶対的な自信がうかがえる。それだけではない、多用されるオマージュは、作り手の宮本のエゴイスティックな要素をものの見事に打ち消し、中和させていく。すると、これまでのような"ゼロ距離"かつ"実感"として纏わりついていた東京は引き離され、その代わりに"演じる"距離感を持って、時には"フィクション"として、また時には"大衆小説"として東京を見ることができるようになった——。 2009年、エレファントカシマシが達した新たな境地である。

 

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Track Listing
01. Sky is blue
02. 新しい季節へキミと
03. 絆(きづな)
04. ハナウタ~遠い昔からの物語~
05. あの風のように
06. おかみさん
07. It's my life
08. ジョニーの彷徨
09. ネヴァーエンディングストーリー
10. to you
11. 桜の花、舞い上がる道を

*1:構成音の中に4度の音が内包されているコードのこと。たとえば、ド・ミ・ソという和音(Cmajorコード)をド・"ファ"・ソという和音(Csus4コード)にする。すると、メジャー/マイナーというコードが曖昧になり、独特の響きが生まれるというもの。