三浦日記

音楽ライターの日記のやうなもの

オオカマキリと少年III—躍動

玄関のドアと外を隔てる風除室はいつしか、カマキリを飼うための部屋に変貌していた。6月下旬、少年は、1匹だけを水槽に残してその他の個体を外に放した。最後まで、少年の手から離れようとしない個体を残すことにした。残したオオカマキリは、"ショウジョウバエ・トラップ"から無尽蔵に出現するエサを食べ続け、順調に成長していった。この時点ではまだ、オス・メスの判断をすることはまだ出来なかった。次の代を残すために、できればメスがいいのだが——。4回目の脱皮が完了するとすでに、ショウジョウバエの大きさのエサでは足りなくなっていた。それからというもの、少年はカマキリのエサ探しをすべく、虫取り網を持って、外を駆け回る日々が続いた。

 

少年が住む場所の周りは、虫を取るにはまさに最適の場所だった。家のすぐ隣には、草野球が出来てしまうくらいの広さの空き地があって、その半分くらい敷地には、草丈50センチメートルくらいのイタドリが生い茂っていた。イタドリは、草丈を支えるしっかりとした茎があって、掌ほどの大きさの葉にはてんとう虫や、アリがせわしなく動いていた。残り半分のところは、砂利や土が新たに敷かれている関係で、比較的背の低い草花が目立ち、花の周りには様々な種類のチョウが飛び交っている。また、草むらを踏み分けていると、バッタ類がせわしなく跳ねていた。少年のお目当ては、そこにいる"中型"のチョウだとか、バッタであった。いくら肉食の昆虫とはいえ、5齢虫(4回脱皮した個体のこと)の段階ではまだ、自分の体よりも大きな昆虫は前足で捕まえることができず、うまく捕食することができないのだ。

 

少年は、花の周りに飛び交うモンシロチョウや、その仲間であるモンキチョウを探す。モンシロチョウは、ティッシュのようにふわふわと飛ぶが、その動きは意外にも速く、風に流されナックルボールのように不規則な変化をする。少年は、風の動きとモンシロチョウが飛んでくる軌道を予測しながら、タイミングよく網をふる。それでも、モンシロチョウはなかなか捕まえることができない。ただ、諦めるにはまだ早い。モンキチョウは、黄色い個体のオスこそすばしっこい動きをするが、白い個体のメスは少し大きく、体が重いせいか低空で同じ場所を行ったり来たりしている。少年はモンキチョウのメスを見つけると、チャンスが来たとばかりに網をふった。交尾中なら、さらに動きは鈍くなるので、まさに一石二"蝶"であった。

 

捕まえたチョウを虫かごに入れると今度は、イネ科の雑草が茂っている方にいるバッタを探す。草むらを足で探るようにして踏みながら歩いていると、細長い体をしたショウリョウバッタが飛んでいく。ショウリョウバッタの成虫は羽があるので遠くまで飛ぶことができるが、この段階の彼らにはまだカマキリのように小さい羽しかなく飛ぶことはできない。それに似た、少し小さいオンブバッタや、ショウリョウバッタ"モドキ"という種類のバッタも見られた。彼らは、すでに成虫であったがショウリョウバッタ成虫の半分程度の大きさしかない。昆虫は、その成虫が大きくなればなるほど、成長になるスピードも緩やかになるのだ。少年は、バッタが飛んでいった地点を目視で確信し、網が届く射程圏内ギリギリまで静かに近づいていく。そして、素早く捕虫網を振り下ろす。すると驚いたバッタが飛び上がり、網へとダイブする。これを何度か繰り返すと、虫かごはチョウやバッタで一杯になった。

 

少年は、風除室へと戻り、虫かごから1匹づつ"エサ"を取り出し、水槽に入れてやる。するとカマキリは、待ってましたと言わんばかりにチョウやバッタを捕まえてはムシャムシャと音を立てて貪り食うのだった。何匹か食べ続けていると、お腹が膨れてくる。それがピークに達すると、カマキリはエサを与えても食べなくなる。少年はカマキリのお腹の膨れ具合を見て、再びエサを取りに行く。少年は毎日のように、それを繰り返したが、全く苦にはならならず、かといって特別楽しいという感情にもならなかった。それは、カマキリの命を預かっているからという理由よりも、もはや自分自身がカマキリと一心同体になっているような感覚になっていたからであった。少年の夏はまさに、カマキリ一色だった。