三浦日記

音楽ライターの日記のやうなもの

オオカマキリと少年V—攻防

少年のエサ取りは、いよいよ佳境に差し掛かっていた。成虫になったカマキリは、自分が昆虫界の食物連鎖の頂点だと言わんばかりに、恐れを知らなかった。ある日、家の中に大きなスズメバチが侵入してきたことがあった。羽音の重低音が、部屋に鳴り響いている。三日月型に湾曲した目と黄色と黒色の縞模様は、自らの危険性をあからさますぎるくらいに誇示しているように見えた。その大きさと、少しオレンジがかった黄色を見るに、日本最大の種、オオスズメバチであるようだった。少年はタイミングを見計らって、恐るおそる捕まえた。スズメバチは捕まえてもなお、鋭い牙で虫取り網を噛み切って逃げようとしている。この昆虫もまた、食物連鎖の頂点に君臨する存在である。少年はふと、これをカマキリの水槽に入れてみたいと思った。オオカマキリとスズメバチ、その勝負の行く末は果たしてどうなってしまうのだろうか——。

 

少年は水槽のフタを開け、虫取り網をその中に入れた。網をピンと張って、その上の部分を突いてやると、スズメバチは徐々に下へ下へと進んでいった。その長い針は、呼吸に合わせて出たり入ったりを繰り返している。これに刺されてしまっては、ひとたまりも無い。少年はピンセットを使い、細心の注意を払いながら、スズメバチを水槽の中へと誘導していった。スズメバチが中に入ったのを確認すると、素早く網を抜き取りフタを閉めた。中は、スズメバチとカマキリだけの空間になった。スズメバチは水槽の中でもなお恐ろしい羽音を立てながら、縦横無尽に飛んでいる。その様子には、さすがのカマキリも後退りし、前脚を頭の横に広げる威嚇の姿勢で応戦するのが精一杯のように見えた。カマキリは、スズメバチが止まった瞬間を見計らって、じりじりと接近していく。その様子はまるで、剣道で間合いを伺っているかのようであった。前脚が射程圏内に入ると、今度は前脚を頭の前で曲げ、ボクシングで言うファイティングポーズの姿勢になった。決着の瞬間が近づいている——。

 

次の瞬間、カマキリはバネのように前脚を伸ばし、スズメバチを捉えた。一瞬の攻防に少年は思わず声が出た。スズメバチは、逃れようと必死に羽と牙を動かしている。そして、腹部を曲げ、カマキリに毒針をお見舞いしようとしていた。すかさずカマキリは、前脚を何度も持ち替え、スズメバチの体を最も掴みやすい場所を探る。大きな牙のある頭と、針が出入りしている腹の部分だった。突然、ブチっという、何かが断裂するような音が聞こえた。少年は最初これが何の音であるのか理解することができなかった。

 

それはなんと、カマキリがスズメバチの武器である針をその前脚で引き千切った音だったのである。続いて、カマキリはスズメバチの目から頭の付け根にかけて食べ始めた。このときは、食べているというよりも、その牙を純粋に武器として使っているようであった。頭の付け根に差し掛かると、その接続部分をむしっていく。すると、先ほどまで攻撃しようとしていたスズメバチの頭は切り離された。カマキリはそれを振り捨て、水槽内にはカランという軽い音が響いた。頭を取られても依然として、スズメバチの腹は蛇腹運動のように動き、羽も動き続けている。しかしながら、大きな武器を失ったスズメバチにはすでになす術はなく、カマキリは、その体を食べ進めていくのであった。

 

少年は、カマキリが相手の武器となる要素を本能的に理解していることに、驚きを隠せなかった。一番の脅威である毒針を第一に抜き、そして大きな牙の付いた頭を切り離す。カマキリは、むやみやたらに獲物を襲って、食べているわけでは無い——。少年は、両者の命をかけた戦いを目の当たりにし、昆虫というものの奥深さにますます惹かれていった。水槽には、前脚を舐めとりながら悦に浸るカマキリと、無残にも、落ちた針を含んだ腹部の一部と、目が欠損した頭部、そして先ほどまで重低音を響かせていた鼈甲色の羽だけが残されていた。