三浦日記

音楽ライターの日記のやうなもの

オオカマキリと少年VI—官能

9月中ば、すっかり涼しくなった頃。オオカマキリの腹部は立派に膨れ、順調に成熟をしていた。少年はその様子を見て、そろそろ交尾をさせても良い頃ではないかと思っていた。ただ、どうやってオスを見つけてくれば——。というのも、草の茂みの陰で、カモフラージュをしたカマキリのオスを見つけるのはなかなかの困難を極める。さらに、見つけたとしても、メスよりも飛翔能力に優れていて、動きもすばしっこいために捕まえるのにも一苦労の存在なのだ。しかしながら、悩むまでもなくそのチャンスは訪れることになる。

 

少年はお盆を過ぎた頃から、カマキリと並行してカブトムシも飼っていた。カブトムシは夜行性の昆虫であるために、昆虫ゼリーに群がるカブトムシの戦いを見るには、夕食を食べてからの時間がまさにうってつけだった。この日も、風除室の様子を見にいくと、カブトムシの入った水槽では、時折ブーンという羽音が響きわたり、ギイギイという音を立てながらオスとメスが交尾をしたり、昆虫ゼリーをめぐってパキッパキッと音を立てながらその長い角でぶつかり合ったりしていた。いつものようにその様子を観察していると、風除室の網戸にバサバサっという音とともに、何かが張り付いた。スレンダーなシルエットに大きな前脚がついていて、全身が茶色——。

 

それはなんと、カマキリのオスであった。少年の視線は瞬く間に、カブトムシの水槽から網戸へと移った。その様子を網戸の裏側からじっくりと見てみると、メスよりも体長はやや短く、腹部は細い円筒形をしている。カマキリのオスは、少年が近づいても張り付いたまま、中々離れようとしない。試しに水槽の中にいるメスを取り出し、網戸にくっ付けてみた。すると、網戸越しにオスはメスの方に近づいていった。やっぱりこれは偶然網戸に張り付いたようなものではない。どうやらオスは、メスが誘発するフェロモンに反応しているようだった。少年はオスを捕まえ、フタの上に乗せているメスの方に近づけた。するとオスは、翅を羽ばたかせて、まさに一心不乱にメスに近づいていった。やがてオスは、メスの腹の上に乗っかった。そして、皿状の腹部の先端をUの字に曲げて、メスの先の尖った腹部にくっ付けた。いよいよ、交尾が始まった。初めの方は右往左往していたメスも、しばらくするとじっと固まり、行為に集中しているように見えた。

 

少年にはまだ、官能的な感覚というものが何であるのか、わかっていなかった。ただ、このオスとメスの小さな性の営みを見ていると、漫然とではあるがその存在が自分自身の中にも確かにあることを感じるのであった。オスとメスの官能的なひと時は、約2時間ほど続いた。カマキリには、求愛行動は存在しない。オスは命がけで交尾をしようと試みるが、メスは極めて受け身の姿勢で、オスが来るまでその時を待っている。平安時代に、男が女の住まいを訪ねて求婚する通い婚というものがあるが、それに近い。

 

ただ、人間と違うのは、その関係性が非常にドライであり、余計な感情が一切排除されてしまっているということだ。そのため、オスは一歩間違えればメスにとってのエサになり、瞬く間に食べられてしまうこともしばしばある。交尾が終了するとオスは、逃げるように飛び立ち、網戸にくっ付いた。どうやらこのオスは最後までエサとして見られなかったようである。再び外に離したオスは、暗黒の闇の中へと消えていった——。

 

それからしばらく経ち、産卵の時が訪れた。メスは腹部の先端を器用に動かし、水槽のフタの隅の部分に産み始めた。蛇腹状のパーツが折り重なった腹部はまるで、それだけで独立した生き物のようにも見えた。メスは、空気を含んだメレンゲ状のものを出しながら、卵をその中に産み付けていく。出来上がった卵鞘は、冬に見つけてきたものよりも少し小振りだった。これが、来年無事に孵化してくれれば——。少年が孵化から育てたカマキリはついに、卵を産むまでに成長を遂げた。