デビュー20年の節目となる年にリリースされた『三毒史』は、椎名林檎のこれまでのキャリアの総括、という意味合いだけではなく、もはや日本の音楽史の一つの総括である。収録されている13曲中6曲は、ゲストボーカルを据えたもの。中でも、1990年代から第一線で活躍し続けているバンドのボーカリストとの共演は白眉だ。トータス松本(ウルフルズ)をはじめ、宮本浩次(エレファントカシマシ)や向井秀徳(NUMBER GIRL/ZAZEN BOYS)、櫻井敦司(BUCK-TICK)とのコラボレーションは大きな話題を呼んだ。
ただ、これは"話題性"だけで終わらせてはいけない。というのも、いずれのアーティストも彼女同様、キャリア、ひいてはボーカリストとしての成熟を見せており、この機会が絶好のタイミングだったからだ。今作について、"全ての収録曲は唄い手を含む演奏家への当て書きのつもり"と語っていた彼女であるが、この機に及んで、そうした試みをした点については、
音楽的要素という点のみで言えば、10代20代の頃にもそうした曲は書けた。けれども、作詞の面では疑わしい。見聞きしたいろいろを実際に経験し、この身が痛むほど実感したうえで書きたい
というように語っている。まさに今の椎名林檎の"必然性"の上で、この作品は世に出されたということなのである。言い換えれば、少なくとも、10年前には到底実現できなかったラインナップであることは間違いない。
そんなアーティストの物理的な多様性はもちろん、本作の音楽性は実に種々雑多になっている。仏教的なインストゥルメンタル「鶏と蛇と豚」から始まり、宮本浩次と椎名林檎両者の鍔迫り合いのようなデュエット曲「獣ゆく細道」はラテン・ビート。そうかと思えば、櫻井敦司とのコラボレーション曲は、冷徹なインダストリアルサウンドで貫かれる。さらに、長岡亮介との共演作「長く短い祭り」ではオートチューン、トータス松本とデュエットした「目抜き通り」ではスウィング・ジャズ、そして聖歌のようなエンディング「あの世の門」で締めくくり、といった具合。その間々には、これまで彼女がリリースしてきた、既存曲をアルバム用に再録したものが入れ込まれる。
普通であれば、このカオスをまとめ上げるのは至難の業であるはずだ。椎名林檎のみのクレジットならまだしも、このゲストのバリエーションを考えればなおさらのこと。彼らは言うなれば、全国津々浦々から集められた"国宝級の仏像"だ。それが妖力のようなもので生き生きと操られる。楽曲はアルバム用にリミックスされ、曲同士の繋がりにも全く不自然さが全くなかった。特に、その妙を感じたのは一曲目の「鶏と蛇と豚」から「獣ゆく細道」へとつながる流れ。幕が一気に落ちて、物語がスタートする高揚感をもたらす。また、「獣ゆく細道」は配信シングル版よりも、ベースをはじめとした低音がより際立たせたミックスで、ホーンセクションの華やかさよりも、バンド・サウンドの緊張感が前面に出たことで、前曲とのつながりを強固にしているように思えるのだった。
まるで、一巻の絵巻物を読んだかのような佇まい。まさに"現代版百鬼夜行"である。