三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

土耳古(とるこ)にて、寿司食らふ

 イスタンブルのショッピングモールに寿司屋があった。名前は"sushico"という。店に入ってみると寿司屋というよりは、カフェや、ハンバーガーショップのようなたたずまい。店員も割烹着姿ではなく、普通のカフェのような制服を着ていた。天井の方に目をやってみると、和紙のようなもので包まれた球体の形をしたシャンデリアがつるされている。カウンター席はなく、すべてがテーブル席。外にはテラス席もある。寿司を外で食べるとは、なかなか斬新な光景ではないか。

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 メニューを見てみると、枝豆に野菜の天ぷら、さらには餃子があった。どうやらここは日本食だけではなく、アジア料理全般を取り扱っているようだ。餃子には、牛肉、野菜、エビの3種類があった。通常餃子といえば豚肉を使用するが、ここはイスラム教徒の国。豚肉が食べられないので、代わりに牛肉を使用する。驚いたのは、エビのフリッター。これはもはやアジア料理ではないような気もするのだが…。 
 

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 続いて、寿司のメニューの欄に進むと、こちらはオーセンティックな寿司のメニューが並んでいた。唯一突っ込みたいところとしては、食べ合わせの飲みものがコーラ、あるいはワインであるということだった。寿司には緑茶、あるいは日本酒、焼酎。そんな定石はここでは一切通用しないのだ。それでいいのか。いいはずがない。届かぬ思いではあるが、ここの店に足しげく通い、日本料理を愛するような人たちには、ぜひとも足を延ばし、一度日本で食べていただきたい。

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  一緒に寿司屋に来た人たちの興奮っぷりといったらなかった。というのもその前日、サマースクールで同じチームの人数名と、コーディネーターの先生が寿司を食べたいという話が出た。それで、日本人である筆者を筆頭に、イスタンブルの寿司屋に行くことになったというわけである。なんでも彼らの中には、人生で初めて寿司を食べる、あるいは生の魚を食べるという人もいた。メニューは自分がおすすめを頼みつつ、他のメニューはみんなに選んでもらった。

 最初に来たのは、焼きそばと、エビのフリッター。非情なことに、フリッターは人気だった。焼きそばの方は、オイスターソースがかなり効いていて、どちらかというと中華料理に寄せられた味付けのように思えた。肉は使われておらず、シンプル。フリッターの下には日本の新聞記事が敷かれていた。日本でも揚げ物の下に、英字新聞のような印刷物が敷かれていることがたまにあるが、英語圏の人間から見ると、こういった風に見えるのかということを、追体験できたのだった。

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 続いてメインディッシュである。カリフォルニアロール、握り寿司の盛り合わせが次々とテーブルに登場した。カリフォルニアロールの方は、一口サイズで食べやすく、すぐに無くなってしまうくらいに好評だった。問題は握り寿司の方である。これは酸味の効いた飯に、生魚が乗っている。日本人にとってみればいたって普通であるが、他の国の人、特に中南米の人たちにはかなり衝撃的だったらしい。口に入れた瞬間、顔をゆがめ、目をぎゅっとつむった。つまりおいしくないということである。約半分ほどがここで脱落を余儀なくされた。

 当たり前のように皆がコーラ、あるいはスプライトとともに寿司を食す。これには魯山人も目を細めるはずである。自分は誇らしげに、文化に乗っ取り煎茶を頼もうとしたが、これは食後にしか提供できない、といわれあえなく断念。コーラを注文した。いやはや、そんな外道なことをしようものなら、先祖に足を向けてなられないではないか。そう自分に言い聞かせながら帰国後は無論、寿司にコーラを浸して食す、そんな日々が続くのだった。

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 寿司というものは、世界的になってきているとはいえ、他の国のフィルターを通してみるとかなり変わった食文化であることを痛感させられた。そもそもトルコでは魚が生で出されることはほとんどない。基本的に魚は加熱することが前提なのである。というのも、魚には寄生虫がいる場合が多いのだ。そんな海外の人々の既成概念をぶち壊してくれたのがこの寿司(Sushi)である。思えばサーモンというのは長年、寄生虫のために生食ができなかったが、養殖の技術が発達したと同時に、生でも食べられるようになった。なんという執念の賜物、恐るべし日本人…。

 個人的に少し残念だったのが、マグロの握り寿司。これは色がかなり黒ずんでしまっていた。臭みも少し感じられたし、初めての人が食べておいしくないというのも無理もない。これほど築地へと通ずる"どこでもドア"が欲しいと思った瞬間があっただろうか。ただ、異国の地に、自国の文化の店が存在するというのは心なしかうれしいし、日本食に興味を持ってくれるのはなおのことうれしかった。それにしても、トルコに来てまで寿司を食べるなんて思いもしなかったなぁ…。