三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

Something Human / MUSE (和訳・解説)

My circuits have blown
I know it's self-imposed
And all I have shared, and all I have loved
Is all I'll ever own

But something has changed
I feel so alive
My life just blew up, I'd give it all up
I'll depressurize

Oh, oh, oh, ten thousand miles left on the road
Oh, oh, oh, five hundred hours 'til I am home
I need something human, human
Human, human

Let's face all our fears
Come out of the shade
Let's burn all the money, absolve all the lies
And wake up unscathed
The big picture's gone
Replaced with visions of you
 
Now life can begin, I've cleansed all my sins
I'm about to break through
 
Oh, oh, oh, five thousand miles left on the road
Oh, oh, oh, two hundred hours 'til I am home
I need something human, human
Human, human
 
And I need the touch
And something human, human
Oh, oh, oh, less than a mile left on the road
Oh, oh, oh, I will be crawling though your door

I need something human, human
Human, human
And I need your love
And something human, human
 
 
俺の中をめぐっている回路はショートしてしまった
自分自身に非があることだって知ってる
俺が分かち合ってきたもの、愛してきたものは、
全て心の中に残り続けるだろう

けれども何かが変わった
俺には今生きている実感が沸き立っている
自分の人生はもう取り返しがつかなくなって、全てを手放してしまった
だからきっと意気消沈してしまうだろう
 
嗚呼、残すところあと10000マイル
嗚呼、家に帰るまであと500時間
消沈した俺に、人間味のある何かが欲しい
人のぬくもり、ぬくもり…
 
暗影によって生じた
あらゆる不安と対峙しよう
全財産を燃やしてしまおう、すべての嘘を赦免しよう
そして、痛手を負うことなく目を覚ますんだ
問題の全体像はどこかへ消えてしまった
その代わりそれは、あなた自身の問題に取って代わった
 
たった今人生が始まったかのようだ、犯してきた罪をすべて浄化しきった
まさに困難を突破しようとしている
 
嗚呼、残すところあと5000マイル
嗚呼、家に帰るまであと200時間
消沈した俺に、人間味のある何かが欲しい
人のぬくもり、ぬくもり…
 
そして人との触れ合いが必要だ
人のぬくもり、ぬくもり…
嗚呼、残すところあと1マイルを切った
嗚呼、俺は這いながらあなたがいる家のドアに手をかけるだろう 
 
消沈した俺に、人間味のある何かが欲しい
人のぬくもり、ぬくもり…
そしてあなたの癒し、
あなたのぬくもり、ぬくもり…
 
 
 この楽曲がリリースされたとき、筆者は日本を飛び出して、トルコにいた(詳しくは「トルコ滞在記」をご参照)。トルコの郊外、カッパドキアで有名なネブシェヒルという場所に滞在していたのだが、一たび車を走らせれば、「Something Human」のMVさながらの荒野が続いていて、ときおり三角錐の奇岩が無数に連なっているという、SFチック極まりない風景を望むことができたのだった。

 しばしば風景と音はリンクし、「サウンド・スケープ」なんていう言葉もあったりするけれど、この楽曲の場合は、トルコの「風景と音」、というよりはその「風景と歌詞」が、非常に親和性を持っていたように思えた。なんというか、東京の電車の中で揺られながら聴くのにはあまりにも壮観な感じがしすぎるし、かといって大きなスピーカーの前に立って聴くのもちょっとはばかられる感じがしてしまうのだ。この歌は、乾燥地帯の荒涼とした風景を見ながら(夕暮れ時だとなおよい)、バスについている安いスピーカーから流れてくる感じでちょうどいいのである。トルコの魅力に毒された男として、それぐらい言い切ってしまいたい。

 話は曲に戻って先ほど、「風景と歌詞」の親和性について書いたが、より歌詞について具体的に見ていきたい。「Something Human」では、一人の男が登場する。何か人生を揺り動かすほどの大きな出来事をきっかけに、自分自身を保てなくなった、あるいは破綻してしまった男。彼は、愛する者が住む場所に戻ることを決意する。その場所ははるか遠く、長い旅路。目的地まで10000マイル、5000マイル、そして500時間、200時間…と、だんだん近づいていく中で男は、自分がいままでついてきた嘘や罪と向き合い、"ケリ"をつけていく―。

  長い旅路というのは、暇を持て余しがちだ。けれどもそれは、考える時間が十分にあるということでもある。悩みごと、将来のこと、良いことも、あるいは余計なことまでも考えてしまうのであるが、その時間が長ければ長いほど、不思議と腑に落ちるのだった。そんな機会、日本にいたときはめっきりなくなってしまっていたのだが、トルコでの長時間の移動中に、ふとそうしたことを考えるときがあった。そんなとき、バスのスピーカーから「Something Human」が流れた。外の景色を眺めてみる。日が沈みかけていた。どこまでもまっすぐの道が続き、荒涼とした大地が広がっている。そんな風景に、楽曲の歌詞がしみいるように入ってきたのだった―。ぜひとも旅に出たとき、それも日本から離れた遠い遠い場所で聴いてみてほしい一曲だ。

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