三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

2010年代の音楽を振り返る―プラットフォームの分散期

 2010年代の音楽シーンを一言で表せば、"音楽のメインストリームの分散期"であったように思える。つまり、音楽媒体におけるメインストリームというのはどこにあるのかという問いに関して、すぐに答えることはできなくなったということである。少なくとも30年前は圧倒的にテレビがその地位を誇っていたといえるだろう。

 

 それが明らかに崩れ始めたのは間違いなく、2010年代以降の話である。城が老朽化するかのように"テレビ離れ"が加速する一方でインターネット配信、さらにはフェスの規模はどんどん拡大していった。2016年には、日本に定額制ストリーミングサービス(以下ストリーミング)が上陸。さらに近年は、ライヴ配信も増えてきた。こうなるとテレビなる牙城はすでに崩れ、その周りの城下町に、城のように強大なものがどんどん建っているという状況になってきた。本稿では、そんな2010年代に新たに建立されたような、メインストリームについて具体的に見ていきたい。

 

 1つ目のメインストリームは、動画配信サイトである。YouTubeは、2010年代に差し掛かると、さらなる飛躍を遂げた。というのもプロモーションの場として十分な機能を果たすようになったのだ。それは、アーティストが意図せずしてヒットを生み出すことにもつながった。例えば竹内まりやの「Plastic Love」はアンオフィシャルながらYouTubeで2400万回以上再生され、日本のシティー・ポップが世界的に評価されるきっかけになった。つまり、こうした動画配信というのはこの10年で、時代や国を一切合切飛び越えて、世界的なムーブメントとしてヒットする可能性を秘めたものへと進化を遂げたのである。

 

 動画配信サイトをきっかけにデビューを果たしたアーティストが、チャートを賑わせたという点も特筆すべきであろう。ジャスティン・ビーバーはアップロードした自身の楽曲がアッシャーの目に留まり、一躍スターダムへと駆けあがったのはあまりにも有名である。日本だと、ニコニコ動画YouTubeに楽曲を投稿していた米津玄師が、まさにその最たる例であるといえよう。

 

 2つ目はフェスである。1997年のFUJI ROCK FES.(以下フジロック)の頃を"フェス黎明期"とするならば、2010年代は"フェス成熟期"であった。フジロックSUMMER SONIC FES.(以下サマソニ)、さらにはROCK IN JAPAN FES.、RISING SUN ROCK FES.などのフェスの規模はさらに大型化し、出演者のラインナップも大幅に増え、ジャンルも多様化を見せた。2018年のフジロックを例にとれば、ケンドリック・ラマ―とボブ・ディランという時代とジャンルをクロスオーバーさせたヘッドライナーを据えての成功は、日本のフェスの成熟を表しているかのようでもあった。

 

 さらに、2014年のVIVA LA ROCK FES.(以下ビバラ)や、2015年のオハラ☆ブレイクなどの地域に密着型のフェスも新たに開催された。例えばビバラは、地元埼玉県の浦和レッズとコラボレーションをし、音楽とサッカーの融合を図った。また、都市部と地方の音楽的な差、具体的にはライヴやフェスは都市部に行かなければ体験できないという状況もこの10年で改善されてきたように思える。秋田県男鹿市で開催されるOGA NAMAHAGE ROCK FES.は今年10回目を迎え、夏の風物詩として、そして地域活性化としての機能を果たすようにもなってきた。

 

 ここ数年の大型フェスの在り方、特にフジロックの現在とこれから、そして日本あるいは世界の音楽の歴史を伝えるようなラインナップは、間違いなく日本においてフェスがしっかりと浸透してきたからからこそできたはずである。また、地域密着型のフェスの興隆は、フェスというものが、都市部の音楽ファンのためだけではなく、より身近なものとして音楽を体験できるようになったともいえるのではないだろうか。

 

 3つ目のメインストリームとして、ストリーミングを挙げたい。Spotifyは2011年にアメリカに進出を機に、その利用率は年々増加。日本でも2016年の解禁以降、徐々にではあるがそのシェアを拡大させている。そんなわけで2010年代(特に後半)というのは、曲がリリースされたら全世界の人間が作品を一斉に聴き、共有できるという図式が確立されたということもできる。

 

 それは時間的な差の埋め合わせだけではなく、地域的な差に関しても言える。ストリーミング以前の、イギリス・アメリカという英語圏の音楽がグローバル・スタンダードで、そのほかの国の音楽がワールド・ミュージックとして括る図式が崩れ、どの国の音楽も分け隔てなく聴けるような「土壌」が一気に作り上げられたのがこの10年間であるように思える。

 

 こうしたメインストリームの乱立は、少なくとも2000年代にはなかったはずである。フェスやインターネット配信サービスはまだ"成長過程"の分野であり、ストリーミングという全世界に影響を与え得るものはまだ存在すらせず、依然テレビというドメスティックなものがメインストリームとして一強的な役割であったからだ。それらが成熟を見せた2010年代の音楽シーンというのはやはり、"メインストリームの分散期"であったといえるのではないだろうか。