三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

港町の風景、そして路地裏の生活感―スピッツの『インディゴ地平線』レビュー

 スピッツの7thアルバム『インディゴ地平線』(1996)には、現代において失われつつあるひっそりと生活が根付いているような風景がそのまま"音"として表現された感じがある。

 「花泥棒」は、細い路地裏を抜けると突如現れてくる、煤けた壁の色と花の鮮やさがコントラストをなしている花屋の風景が想起される。そんな小ぢんまりした店から花を盗む"花泥棒"。けれどもそこには陰湿な感じはなくパンクロック調の曲の雰囲気と相まって、どこか子供の悪戯のような感じのコミカルさがある。

 The Beatlesの「You Won't See Me」を彷彿させる懐かしさの中にポップさが見え隠れしている「初恋クレイジー」。好きな子ができてふわふわと浮かれている思春期の少年のような青い感じが可愛らしく、けれどもちょっとだけ危うさを孕みながら描かれている。サビの部分の〈優しくなれない時も 優しくされない時も / 隠れた空は青いだろう〉という歌詞。海から家が密集する山の方まで続いている狭い石段の始まりの所でふと上を見上げれば、住宅や電線の合間から青い空が見えている、そんなシーンが思い浮かぶ。少年の儚く移ろいやすい心模様は、窮屈で坂の多い港町のような風景と絶妙に溶け合っている―。

 陽が沈んで間もない"マジックアワー"の頃、建物の間を縫うように狭い石段を下っていくと辺りは急に開けてくる。テトラポットと白い浜、先の方を観れば地平線がどこまでも続いている。インディゴブルーとオレンジ色のグラデーションになった空はまだ明るいけれど、早くも一番星が出てきている―。「インディゴ地平線」はまさにそんな情景が思い浮かばれる。「渚」でも、そんな違う星に迷い込んだかのような"マジックアワー"の海辺の風景が、非物理的な"幻"や"夢"と重ねて幻想的なものの象徴のようにして描かれているような感じがある。

 キラキラとしたサウンドの中にどことなく寂しさとくすんだ感じが散りばめられた「ハヤテ」。夜明け前、星がまだ見えている頃、海岸沿いの道路にはぼんやりと朝靄がかかっている。紫色と水色のグラデーションの空はぼんやりと霞んでいる。そんな場所で眠い目をこすりながらバイクを走らせている―。この曲の雰囲気からはそんなシーンが連想された。

 「ナナへの気持ち」には、路地で下校する学生たちが賑やかにワイワイと話している様子を切り取ったような可愛らしい感じがある。でも、そんな可愛らしさをよく見てみると、男性視点のエロティックさみたいなものがしっかりと見え隠れしている。夕暮れ時、錆びた昭和のモダンフォントの看板がついた、街の隅っこにポツンとあるような工場に目をやってみる。剥がれかけのトタンは風が吹くたびに生き物のように揺れている。そんなノスタルジーみたいなものが感じられる「虹を越えて」。工場のある通りを外れ、路地に入ってみると、かつて歓楽街だったと思われる古ぼけたキャバレー、スナック、ストリップバーが連なっている。桃色の看板の周りにはわざとらしいネオンが点滅している。その中の一つに入ってみる。そして、そこで流れてくるような曲、それが「バニーガール」である。この曲にはレコードの針が擦り切れて、かつての輝きがごっそりと失われたようなポップソングのような雰囲気があった。

 様々な人間模様がうかがえる港町は、すっかり夜になった。空を見上げると月と星が見えている。海の方は月明かりが水面に反射し、星が海に落っこちたように輝いている。海と空の区別はつかない。そんな夜の帳が下りた美しい風景のような「ほうき星」。この曲には、〈今 彗星 はかない闇の心に そっと火をつける〉というフレーズが繰り返される。幻想的な夜の雰囲気が漂う曲調に見事にマッチしている。そんな港町からどこか遠い場所へと逃げ出すような「マフラーマン」。〈流された毒さえも 甘い味がする / 安上がりな幸でも 今なら死ねる〉という歌詞からは、ポップな曲調とは裏腹の自暴自棄になった印象を受ける。

 「夕陽が笑う、君が笑う」には、故郷を離れた登場人物の"郷愁"のようなものが感じられる。故郷で経験した甘酸っぱい青春、そして風景。そんな一瞬がインスタントカメラで撮ったような画質で切り取られたような雰囲気がある。そして、最終トラックの「チェリー」。木造の安い部屋に、電車が騒がしく通過する音。この曲は港町の風景とは打って変わって、東京の下町のような都会的な風景が想起される。そんな新天地で街に出た少年はこれまでの思い出を胸に、新たな一歩を踏み出そうとするのである―。

 アルバム『インディゴ地平線』は日本の目立たない場所でひっそりと、けれども素敵な生活を送っているような人の日常風景が見事に表現されている。まさにそれは、一つの物語として、見事に完結しているような印象も受ける。本作は、売れ線を狙って作っている感じは微塵もない。その代わりに日本の風土の"美しさ"や"儚さ"を交えながら、ひたすら上質な音楽を作り出しているというのが如実に感じられるのである。【ほぼ日刊三浦レコード53】

 

Track Listing

01. 花泥棒
02. 初恋クレイジー
03. インディゴ地平線
04. 渚
05. ハヤテ
06. ナナへの気持ち
07. 虹を越えて
08. バニーガール
09. ほうき星
10. マフラーマン
11. 夕陽が笑う、君も笑う
12. チェリー

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