今から30年前、エレファントカシマシは『THE ELEPHANT KASHIMASHI』で"衝撃の"デビューを飾る。そして20年前には『愛と夢』でラブソングを歌い、10年前には『STARTING OVER』で再び世間から脚光を浴びる。そしてデビューから30年目となる2018年、『Wake Up』は満を持してリリースされた――。
鼓動のような打ち込みサウンドの表題曲「Wake Up」。打ち込みによる楽曲と言えばアルバム『good morning』(2000)を思い出すが、「Wake Up」には、その頃にはない前向きさと、吹っ切れた感じがある。〈オレはただ今覚醒したぜ 輝く青空の下で〉と、混沌の中からとてつもなく力強いものが目覚め、そして〈荒野を越えて素敵な未来へ / 全てが今はじまる〉と、もう一度スタートを切ることを高らかに宣言する。デビュー30年を迎え次なるステージへと向かう彼らになんとも相応しい幕切れである。
そして、エレカシ流"メロコアパンク"「Easy Go」へ。エレカシ史上最高の熱量はまさに「50代が作る、若さ溢れる楽曲だ」。そんな一見"矛盾"のような文言を辻褄合わせしているのは、楽曲に存在する"進んでゆく老化に真っ向から挑む感じ"に他ならない。前作『RAINBOW』(2015)で宮本は"老いて死んでゆく存在"であることを受け入れた結果、爆発的な力が生まれた。一方「Easy Go」で宮本は、表題曲である「RAINBOW」のさらに上を行くギリギリの音域で、これでもかという位に詰め込んで歌う。そうすることで宮本は自分自身を奮い立たせ、老いを"受け入れる"というよりは、真っ新な気持ちになって真っ向から"老い"と勝負をしている。そしてそれが、結果として50代の作る楽曲に"瑞々しさ"と"若さ"をもたらしているような感じがするのだ。
3曲目は昨年のNHK「みんなのうた」6、7月のテーマソングとなった「風と共に」。アコースティックなサウンドの楽曲に乗せられるのは一貫して"自由"というメッセージだ。『ELEPHANT KASHIMASHI 30th ANNIVERSARY“THE FIGHTING MAN”DOCUMENTARY』で、宮本はこの曲に関して「本当に"自由"を手にすることができるんじゃないかっていう風に思って作った」、そして「今の感じをちゃんと歌ってる感じがあって、ホントに"自由"になりたいなって思っててそれがそのまま出てる、ありえないですけど"自由"って」と振り返る。この曲には今現在の宮本にとっての"自由"がそのままさらけ出されている。そしてそんな"自由"は〈傷つくことを恐れて 立ち止まったり逡巡したり / 風よ どうか私に 相応しい光へ導いてくれ〉と気張ることなく、あくまでも"さらっと"、"軽快"に歌われている。
続く、「夢を追う旅人」はシングルカットされた当初は歌詞に〈POWER ひとくちの力〉とあるように、明治の"CMのタイアップ曲感"満載だった。だが、いざアルバムに入ると不思議とタイアップ曲の感じがない。というよりも、アルバム『Wake Up』においては他の楽曲に劣らないくらいのキラーチューンにすらなっている。アルバムを通して聴くことで改めて曲の力強さを知ることができるような、そんな楽曲である。
今作において、もっとも"異色"な楽曲といえば5曲目の「神様俺を」だろう。レゲエチックな拍子の取り方は「太陽ギラギラ」を彷彿させるが、当時の楽曲とは一線を画している。ロックスターに憧れがむしゃらに走ってきた少年も、いつしか歳を取った。この曲にはそんな男が海辺の堤防のコンクリートに腰かけ、潮風に当たりながら若き日々を振り返っているような感じがある。でも、"振り返る"だけではなく、最後の悪あがきではないが〈神様どうか俺を見捨てないで / 祈りをささげるから 明日を歩むから〉と、最後の最後まで生き抜いてやるという強い覚悟も滲み出ている。"永遠の少年"宮本らしい一曲だ。
そして、歳を重ねた男の叫び「RESTART」。サビにある〈行こう 今日の俺が俺の証 ならばこの場所から / RESTART 素直に生きてみたい どうせ一度の人生なら〉と言う歌詞は、この期に及んで到達した宮本なりの人生観のようにも受け取れる。そしてそれが、"ダイレクト"すぎるくらいにさらけ出されることで、何にも代え難い説得力となって聴くものに訴えかけてくる。
7曲目の「自由」の冒頭部分には〈外に出りゃビルの谷間につき浮かび / 気にかかる仕事終えた帰り道 / 電灯に照らされ若葉重たげ宵の公園 / 初夏の風を吸い込む〉とあるが、この世界観はどことなく「シグナル」を彷彿させる。そして繰り返される"自由"という言葉。この曲からは、悲しみや迷いにもがき苦しむ「シグナル」で登場する人物が、混沌から解放され、限りなく爽やかな気分になったという、ある意味で伏線が回収されたような印象さえ受ける。そんな楽曲はThe Policeの「Every Breath You Take」のような何とも心地の良いサウンドと宮本の美しいファルセットで彩られる。〈今の俺に相応しい最高を 探してる 探してる 探してる 探してる 探してる……〉最高に美しく、心の深淵に沁み込んでくるような曲である。
そして「i am hungry」へ。横文字が単語に多用された歌詞からは"ポジティブさ"と楽曲に"軽さ"をもたらしている。また、〈「目醒めてlet's go 手を抜くな」/ そんなタフなセリフ でも空回り俺の人生〉という歌詞。ここでの"醒める"というのは迷いがなくなって普段の判断ができるようになる、物思いが晴れるという意味であるが、タイアップ曲になったときには感じられなかった、"目醒め"というキーワードがこのアルバムで浮き彫りになっている。続く、本作唯一のバラード曲「今を歌え」には、細い糸を震わせるような感じがある。でも、その"糸"は細くても簡単には切れないくらいの強靭さとしなやかさが備わっている。いうなれば朝露がついた蜘蛛の糸が、風に揺れて宝石のようにキラキラと光っているような。そんな美しさがこの曲にはある。
「旅立ちの朝」は、中島みゆきの「地上の星」のような壮大さを思わせる。この曲にはファルセットが多用されるが、『RAINBOW』のファルセットの楽曲にあった"壊れそうな儚さ"というよりも、"力強さ"が如実に感じられる歌いっぷりになっている。〈幼い日々に目指してた憧れの場所 / 橋を渡り山を越えて今 俺よ もう一度起て〉と、もう一度起ちあがり、自分を奮い立たせる"力強さ"。30年目にして新たな強さを獲得したような、そんな楽曲である。そして、シティーポップ感漂う新境地ともいえる曲調の「いつもの顔で」。この曲には下町から飛び出した青年が歳を経て、少しシャレて、さらには洗練された都会に憧れ、背を伸ばしてみたような感じがある。ただ、そこには"カッコ悪さ"がない。"30年"という歳月を経て宮本が新たに到達した価値観をそのまま曲に映し出しているからなのだろうか。
アルバムの最後を飾るのは「オレを生きる」。『俺の道』(2003)のような連発される"オレ"構成。そして、「平成理想主義」のような展開のサビ。それは、東芝EMI時代のエレカシを思い出させる。そんな、"オールドスタイル"の楽曲でアルバムは最後まで力強く締めくくられるのだった――。
『Wake Up』では、"目覚め"、"覚醒"、"自由"が宮本自身の現在をさらけ出すかの如く歌われている。そしてそれは、一見断片的に見える楽曲を統一感のあるものに昇華させている。そんな楽曲の音程は今までのアルバムの中でも群を抜いて高い。特に「Easy Go」に関してはライブにおいて未だに完璧に歌いこなせないほどに難易度が高い。現状に満足せず、つねに高みを目指し続け、さらには自身が作った最新曲と戦っている感じ。それが証明しているのは宮本のみならず、バンドの状態が"今現在が最高"であるということだろう。宮本のギターの音色にも注目したい。前作までのディストーション系のクラシックで渋い歪みから、今作ではファズ系のハウリングするくらいに力強く太い音色へと変化した。この変化からは過去を顧みつつ、あくまでも"リスタート"をする気持ちで再び立ち上がるという強い決意が感じられる。『Wake Up』、現時点のエレカシの最高傑作であることは間違いない。【ほぼ日刊三浦レコード57】
Track Listing
01. Wake Up
02. Easy Go
03. 風と共に
04. 夢を追う旅人
05. 神様俺を
06. RESTART
07. 自由
08. i am hungry
09. 今を歌え
10. 旅立ちの朝
11. いつもの顔で
12. オレを生きる