江ノ島駅の一番線ホーム、藤沢方面に向かう電車を待っているときに、ガラス越しにジオラマが展示されているのを見つけた。説明にはこのように書かれてある。
「このジオラマは、平成10年11月11日に当社が当時闘病生活にあった新田朋宏くんの「江ノ電の運転士になりたい」という夢の実現をお手伝いしたご縁で、朋宏くんのお父さん新田和久さんのご友人でおられる石井彰英さんからご寄贈いただいたものです」
日常において唐突な感動的なエピソードが挿入されると、図らずも込み上げてくるものがあった。何とかこらえながら、ジオラマのディティールを見てみる。20年近くもの間展示されているためか、日に焼け始めていたものの、今にも動き出しそうなほど精巧な作りである。江ノ島電鉄の各駅の風景が、数メートル四方の小さい宇宙となって凝縮されていた。今は亡き、夭折の運転士は、別の世界線で無事に運転士となり、今日も乗客を運んでいるのだろうか。
電車にしばらく揺られ、藤沢駅に到着する。この日はメタラーの友人Aと鶴岡八幡宮で初詣をするという恒例企画を敢行していたが、企画はこれで終わりではなかった。話は数時間前、鎌倉での昼食にまでさかのぼる——。
「たまには日帰りじゃなく、どこか泊まってみるのもクレイジーだろ?」
ハリウッドザメタルこと、Aの突拍子のない一言は思いのほか、心躍るような感触を持っていた。無論、学生の頃にはなかった金銭的な余裕は、かかる期待感を冷めさせることなく後押ししてくれる。
「学生時代に戻りたいかって?ありえないよ。ティーンのオレたちはこんなことはやりたくても絶対にできなかった。でも今は違う。やりたいことができる環境がそろっている。ある人はそれを退屈に思うかもしれないけど、むしろ心地いいよ」
かかるロック雑誌口調の饒舌は今回ばかりはAではなく筆者であった。無論、即決であった。周辺に一泊することが決定したのである。さて、場所はどうする——さっそく、予約サイトを駆使して、ホテルを手当たり次第に探してみる。
「ここはどうだい?ホテル法華クラブ湘南藤沢。値段もお手頃で、一応大浴場も付いてるんだ。ただ、鎌倉じゃなくて藤沢まで行かなくちゃいけないけどなハハハハハ」
そう言ってAから差し出されたスマートフォンの画面には、平成初期の雰囲気がプンプンと漂う、これぞビジネスホテルといった感じのホテルの写真が表示されていた。
「うん、なかなかいいじゃないか。まあ寝るだけだし、まったく問題なし——」
そんなわけで、我々は藤沢に降り立ったのである。
「Trouvez un endroit où dormir avant le dîner (夕食を食べるよりも先に、宿を取りなさい)」
フランスの民話の教訓はのちに日本において「メシよりも宿」という言葉に訳され広く認知されるようになった——というのは嘘で、某水曜バラエティ番組において発せられた紆余曲折の末の結論である。この言葉を念頭に置き宿をいち早く確保していた我々は、悠々と駅前周辺を闊歩する。だが、ここは藤沢。あいにく土地勘がまったくなかった。無論ここは観光地ではなく、生活をするために最適化された区画整備がなされた、極めて一般的な首都圏のベッドタウンであった。だが不思議なことに、何らかのイベントを敢行している時というのは、こうした何気ない風景でも特別に見えてくる。非日常的な行為をしているという自覚によって、いつもの世界が相対的に自分から遠ざかっていくからなのだろうか。
ホテルの周辺をうろついていると「いらっしゃいませ 奥田センター飲食街」と書かれた看板を見つけた。昭和の頃からそこに在り続けているような雰囲気である。「いらっしゃいませ」といわれてしまったからには入らなくてはいけない。てっきり抜け道があるのかと思いきや、店が数件立ち並ぶ袋小路であった。昭和チックなレトロな看板とは裏腹に、店の方は新陳代謝されているらしく、どれも小奇麗で洒落た、けれども気取ってはいない感じがあった。筆者は和食が良いといい、Aはガッツリしたものが食べたいという。しばらく進んで見えてきた看板に書かれていた文字は、とんかつ——折衷案としてはこれ以上にない選択肢であった。店の名は「とんかつ中目黒 かつも」。無論ここは中目黒ではないが、そんなことはどうでもよかった。店内は清潔であり、メニューを眺めてみると、とんかつ関連の料理オンリーで勝負しているらしかった。色々と悩みに悩んだ挙句、最初にビビビッときた味噌カツ煮定食にした。互いに食べ比べをしてみるのもまた一興ということで、Aは普通のカツ煮定食を注文。意外にもサッポロビールの赤星があったので、併せて頼む。意外にも、と書いたのは赤星は基本的には居酒屋の、それも本格的なのんべえが集まってくるような場所に置いているのが普通であるからだ。後々調べてみるとこの店はもともと、豚料理居酒屋のスタイルで経営していたようで、赤星はその残滓といったところだろうか。
しばらくするとグツグツに煮えたぎる味噌カツ煮が提供された。カツと出汁の茶色と卵とじの黄色にキャベツの爽やかな緑が乗る。かかる色彩のコントラストは食べる前から既に美味しさが完膚なきまでに保障されている。熱々の状態で一口頬張る。少し甘めの味付けに、味噌の風味と出汁の香りが広がる。程よい柔らかさの豚肉と目一杯だしを吸った衣の完璧なハーモニー。たちまちこの日の疲れが取れていく。普通のカツ煮の方も食べてみたが、これまた甲乙つけがたい。以前はご飯のおかわりが自由にできていたというが、昨今のコメ価格の上昇のあおりを受けてかできなくなったようである。お腹にまだ余裕のある我々が次に向かったのは『焼きとん 焼き鳥 みっちゃん』という店であった。
黄色——ときにそれは警告として、動物に対して注意を引く色として存在している。他方で日本人にとってこの色が飲食店において使われた瞬間、ジャンク、デカ盛り、せんベロなどという、ある種の背徳の業を一身に背負ったようなイメージが纏われる。例によってこの店の看板の黄色は堂々たるものであり、そこに、簡易的な線と色使いでで串焼きを焼いているブタのキャラクターのイラストとスーツを着、ビールを飲まんとする鳥のキャラクターが描かれている。そんな徹底されたチープな演出の入り口から地下の店内へと続く階段は赤提灯によって彩られ、たちまちお祭りのような高揚感をもたらす。店内は案の定混んでいた。タバコと煙による熱気は、先ほどまでの冬の寒さとは一線を画す世界である。お通しのキャベツに辛みそを付け、ホッピーをいただく。ラミネート加工のメニューから串焼きを数本頼み、カウンターのホワイトボードに吊るされたオススメから数品。
しばらくすると、注文した品々が続々と到着する。狭い2人席で展開される、串焼きを中心とした宇宙がたちまち広がる。会話は彗星の如く宇宙を駆け巡り、あっちにいったりこっちにいったりを繰り返す。こうした店における会話は他愛のないものであればあるほど美徳であるとされている。例によって我々もその作法に倣う。道徳、政治、宗教——かかる宇宙は無論、治外法権であった。さて、いつもの行きますか——。飯の後は歌を歌うというのが我々のお決まりであった。メタル、Jポップ、メタル、Jポップ、メタル、JPOP——。奇妙奇天烈なデンモク履歴の曲の並びもお馴染みである。Children of Bodomの次に星野源が入れられていたのを見たら、それは我々が歌った後であることは間違いない。そうして、長い一日が終わった。ホテルの大浴場の壁紙には、先ほどまでいた江ノ島の風景の浮世絵がでかでかとあった。明日はどこへ行くのやら——。(続く)
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