選挙に行った。献血にも行った。曇天なのに、心は晴れやかだ。気合もみなぎる。2024年10月27日、今日は奥田民生のライブがある。会場の両国国技館に来たのは、かれこれ中学校の修学旅行以来だった。両国国技館の外周には四股名の書かれたのぼり旗ではなく、"奥田民生"、"ソロ30周年ライブ"、"ラーメンカレーミュージックレコード"などと江戸フォントで書かれた様々な色をしたのぼり旗が並ぶ粋な演出もあった。入場口から大階段を上がって会場内に入る。場内からさっそく、民生の声が聞こえてきたと思ったら、何やらグッズの紹介の映像が流れていた。座席は一番上の階、修学旅行の時と同じような場所であった。あの時は力士が豆粒のように見えたが、そのぶつかり合う激しい音が会場全体に響き渡ったのを鮮明に覚えている。場内にいると、"グッズ紹介VTR"がだんだんとわずらわしくなってきた。どうりで場内の客がまばらなのかと合点した。
開演時間が近づいてくると、最終のサウンドチェックが行われる。「ジャッ、ジャッ、ジャーン……」というレスポールギターの温かみのあって重たいサウンドがかき鳴らされる。さっそくの"民生サウンド"である。17時を少し過ぎたあたりでいよいよ開演する。ヴァン・マッコイの「The Hustle」がオープニングで流れる中、メンバーがゆるゆると登場。それぞれのメンバーの足元にはペルシャ風の絨毯が敷かれている。一曲目は「ルート2」。初っ端から民生の声が会場にズシンと響き渡る。民生はカーキ色のパンツに、オレンジの車(トツゲキ!オートモビレで使用されたトラック)とフラッグとギターがランダムにあしらわれたシャツのコーディネートだ。民生のギターからはオレンジ色のカールコードがアンプに向かって伸びていて、動くたびに伸びたり縮んだりしている。
まったく間髪を入れずに始まったのは「彼は泣く」に「ときめきファンタジーIII」。どちらも『GOLDBLEND』に収録されているアルバム曲というレアな選曲が序盤から飛び出す。今日のバンドメンバーは1990年代のメンバー、いわゆるGOZが20年ぶりに再集結しているスペシャル仕様だ。GOZというのはソロ本格始動当時のバンドの名称で奥田民生(Vo./Gt.)の他、古田たかし(Dr.)、根岸孝旨(Ba.)、長田進(Gt.)、斎藤有太(Key.)からなる5人編成。そのためなんとなく、今日はすごいライブになるかもしれないと期待していると、今度は超スーパーレア級の「夕陽ヶ丘のサンセット」が始まる。やっぱりすごいぞ今日のライブ!サビの部分のキーの高いところも今日はラクラク出ているように思えた。会場に民生のビリビリと響く歌声がものすごい勢いで伝わっていく。
往年の名曲が次々披露されていく中で「風は西から」はこのタイミングで披露される。これがなんとこの日唯一の2010年代にリリースされた楽曲だった。もちろんGOZのメンバーで演奏されるのはこれが初めて。ギターソロもいつものように民生ではなく、今日は根岸が担当する。「夕陽ヶ丘のサンセット」と並べて聴くと、ギターオンリーのパートになる部分が何となくつながっているという新しい発見もあった。曲が終わるたびに「タミオー!」、「かっこいー!」という黄色い声援が随所で飛び交う。声は、往年の追っかけファンであろう声から、おじさんの野太い声まで実にさまざまである。
「ソロ30年ということで、まあ、いろいろと作ってまいりました。その中でやってもいいんだけど、なんつーかね、これはちょっともうキャラが違ってきてないかな、みたいな曲もあるんだよね。次はね、そういう曲です」
と苦笑交じりに披露されたのは「トリコになりました」。これがまたすごい。30代の頃と同じテンションと歌声がそこにはあったのだ。特に、サビのところ〈ハニー 今日からこう呼ぶよ/ ハニー トリコになりました〉の一番高くなるところは、ライブ映像で見た若き日の民生とおんなじだった。基本的に省エネで歌う最近のイメージ(曲によっては今でもフルパワーの曲はあるが……)しかなかったため、未だにこの声が出るのかと驚いた瞬間であった。
「息子」はこの日のハイライトの一つ。単独のバンド編成でいえば「okuda tamio FANTASTIC TOUR 08」以来約15年ぶりの演奏だった。エレキギターでイントロのDコードがかき鳴らされると、大きな歓声が上がる。やがてバンドサウンドとして重厚になってくるにつれ、だんだんと民生の歌声にも熱を帯びてくる。〈そうだ あこがれや 欲望や 言いのがれや/ 恋人や 友達や 別れや〉と最終局面においてはそのサウンドと歌声はバッチリと噛み合う。締めの部分ではメンバーが全員手を横に広げてピタッと停止するパフォーマンスもあった。当時の「tamio okuda TOUR"29-30"」の映像なんかを見てみても、これをやっているため、いわば懐かしの再現といったところか。
ライブ後半、「MANY」からの流れも秀逸であった。「コーヒー」はこの日一番のどよめきが起こった。民生の曲は最初はたいてい曇りがちである。もちろんそこから本当に雨が降ったりする描写もあったりするが、もっと精神的な部分での曇りがある。雨は降り続ける(メタファー的なものも含めて)。けれどもそれを受け入れる。受け入れているといつの間にか雨は上がって、晴れ間が見えてくる――。「コーヒー」の終盤のハイトーンには、沈み込んだ気分を吹き飛ばすくらいのパワーがあった。曲を聴くと、感情があふれてくることがあるが、この曲はちょっと違う。体の中にあるモヤモヤしたものが全部出ていく爽快感があった。〈そのうち空がもち上がる あきらめる 消える〉――まさに"すっきり"という言葉がふさわしい。晴れやかな気分の中、続けざまに「恋のかけら」が披露される。このあたりから民生はゾーンに入ったかのような熱量でで歌い上げていく。
「トロフィー」も今日のハイライトといって良いだろう。スタジオ音源ではアウトロの箇所がフェードアウトしていくが、この日は、そのフェードアウトの"続き"が演奏される。曲がひと段落したところで、民生のギターストロークによって物語が再び始まる。得も言われぬ感動が湧き上がってくる。〈明かりの向こう 暗闇のながめ/ 君には何が見える〉という最後のフレーズがもう一度高らかに歌い上げられる。"見える"の"る"のところは本来のメロディラインからずっと高いところに飛ばされ、究極のクライマックスが演出される。本編が終わり、アンコールは「愛のために」で終演。そしてクロージングSEのルイ・アームストロングの「What A Wonderful World」が場内に響きわたる中、ステージの端から端まで手を振って去ってゆくのだった。
序盤の感じから何となく勘ぐってはいたが、蓋を開けてみれば、1990年代のキャリア初期の楽曲から、2000年代の"円熟モード"に入り始めた楽曲が大半を占めるセットリストとなった。それはまるで"隠れた名曲"を、30周年という節目をきっかけに「さてさて」と掘り起こしているかのようであった。もちろんそこには、長年溜まっていた埃やら砂やらが溜まっているものもあるのだが、奥田民生がひとたび歌ってしまうとそれらは、スーッと拭い去られ、あの頃とまったく同じ輝きを放ちはじめる。当時のバンドに引っ張られているせいか、この日は声も若返っているように感じた。マイペース、自由気まま――。彼の人間性を形容するとき、このような言葉がしばしば使われる。だが、今日のその佇まいからはそのようには感じられなかった。むしろその逆。どこまでも楽曲に真摯に向き合い、表現するストイックな姿勢が垣間見えた。人間は何もしていないと、当然ながら衰えていく。あの頃と変わらないと感じたということは、それだけ何かをやってきたはずだ。"ビジネス自然体"――ライブを観てまっさきにこの言葉が浮かび上がってきた。両国国技館外に出ると冷たい雨が降ってきていた。洗濯物は部屋干しにして正解だった。明日も雨になりそうだ。
セットリスト
01. ルート
02. 彼が泣く
03. ときめきファンタジーIII
04. 夕陽ヶ丘のサンセット
05. 風は西から
06. メリハリ鳥
07. トリコになりました
08. ワインのばか
09. KING of KIN
10. 息子
11. The STANDARD
12. 手紙
13. 無限の風
14. MANY
15. コーヒー
16. 恋のかけら
17. MILLEN BOX
18. 御免ライダー
19. トロフィー
20. CUSTOM
アンコール
21. マシマロ(ック)
22. 愛のために