三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

転がり続ける宮本、苔生(む)すエレカシ

2022年、エレファントカシマシが最後に曲を出してから、4年半の歳月が経過しようとしている。この空白期間は、これまでの彼らのキャリアにおいて最長であり、今現在も更新中である。新曲をリリースしていない期間中のエレファントカシマシの活動といえば、年始に行われる"新春ライブ"と日比谷野外音楽堂、通称"野音"でのライブ、そしてフェスも数えるほどの出演にとどまっている。2021年に関して言えば、いわゆる定例のライブは開催されず、エレファントカシマシ名義でのフェスへの出演も一度もなかった。これは30年以上、ある一定の温度感で走り続けてきた彼らにとっては異例中の異例であるといえる。ただ、表面上、そこまでの"空白感"がないように思えたのは、背反するように本格化していった宮本浩次のソロ活動であるといえよう。なお、本記事は、これまで筆者が書いてきた記事も随所に挿入しているため、そちらも参照していただくと、当時の空気がより鮮明に伝わるのではないかと思う。

 

2018年、宮本は椎名林檎とのコラボレーションを果たし、ソロアーティストとして初めて音源を残すこととなる。以来、東京スカパラダイスオーケストラとも共演をし、2019年、ソロアーティストとしてデビューをする。「冬の花」、「昇る太陽」、Ken Yokoyamaとの共作「Do you remember?」、高橋一生へのプロデュース楽曲「きみに会いたい-Dance with you-」など、意欲作を続々と世に送り出した宮本は、フェスにもソロ名義で出演を重ねるようになる。そして、2020年には初のソロアルバムとなる『宮本、独歩。』をリリース。ところがその直後の新型コロナウイルスの流行によって、ライブ活動の一切の中止を余儀なくされてしまう。その期間中生み出されたカバーアルバム『ROMANCE』では、日本の歌謡曲から自身のルーツを振り返り、女性シンガーを通じて新たな表現の可能性を見出すことに奏功した。それから2021年、宮本はソロ3部作"集大成"と題した『縦横無尽』をリリースする。それに伴い、ソロとして初となる47都道府県ツアーを2021年10月より慣行、翌年4月には宮本自身もコロナウイルス罹患し延期に見舞われながらも、2022年の6月にはそのフィナーレ『縦横無尽完結編 on birthday』にて無事にツアーは完遂された。

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と、ここまで書いてきたが、エレファントカシマシの空白期間は、宮本浩次というソロアーティストによって補填されている。あるいは、ソロ活動はバントの飛躍に相乗的な効果をもたらしている――。2022年現在、これらの命題は果たして素直に真であると言い切れるのだろうか。当初、というのは2018年の「獣ゆく細道」のリリース時点では、そもそもこのような命題が頭に浮かんでくることはなかった。というのも、それまでの宮本のソロ名義での活動というのは、テレビ番組等の企画によるものにとどまっており、あくまでエレファントカシマシとしての活動が主であった。デビュー以来30年もの間、他のアーティストと交わることなく"孤高の存在"として日本の音楽史に名を刻み続けてきたフロントマンが、音源としてコラボレーション楽曲をリリースする――。そう、この時のソロ活動には何より"特別感"があった。そして、バンドに地に足をつけるのではなく、キャリア30年を迎え、新たなステージに踏み出そうとする姿勢に、さらなる可能性をみたのだった。

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それから数か月後、宮本はソロとして正式にデビューを果たすが、この時にようやく先に書いた命題がぼんやりと浮かび始める。そしてそれは、この時点では真であった。歌謡曲をモチーフにした「冬の花」、ヒップ・ホップをモチーフにした「解き放て、我らが新時代」、バンド時代の「RAINBOW」や「Easy Go」の激情をさらに突き詰めた"続編"のような佇まいの「昇る太陽」、そして、メロコア・パンクをモチーフにした「Do you remember?」と、バンドという屋号に縛られない"柔軟性"と、何よりも"軽さ"を兼ね備えた楽曲を次々にリリースしていく。これは、エレファントカシマシとの完璧な差別化でありつつも、いざバンドとしてライブが開催された際には、着飾ったソロの華やさが楽曲に纏わりつくように反映されていた。

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その象徴ともいえるのは、2019年の日比谷野外音楽堂でのライブだ。このライブは近年では珍しく、ユニバーサルミュージックに移籍後である2000年代後半の楽曲がセットリストの大半を占めた。またストリングスチームやこれまでのライブやレコーディングでのサポートメンバーが入れ替わりに登場するなど、祝祭のような様相を呈していた。いわゆるユニバーサル期のエレファントカシマシといえば、「俺たちの明日」に代表されるような大衆に間口を広げ、バンドのイメージを固定化していくような楽曲作りへとシフトチェンジをしているが、当時は表現しきれなかった、楽曲の色彩やダイナミクスなるものが見事に補完されていた。エレファントカシマシに"光"と"影"があるとすれば、その"光"の部分が、ソロ活動によって刷新されたのがこの時期であったように思える。

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ところが、先の命題を"真"とは言い切れなくなってきたのは、2021年のことである。宮本はバンドではなく、ソロの比重を極限まで高めてゆく。先にも書いたように、この年はバンドとしての活動という活動はなく事実上、活動休止状態であった。代わりに、2022年の6月まで続く全国ツアーを敢行。エレファントカシマシの"真の空白期間"はここに誕生したといえるだろう。そして、バンドを置き去りにしたことは、思わぬ弊害をもたらし始めた。宮本がソロで構築してきた軽さが、空虚さへと作用し始めたのである。エレファントカシマシの東京なるもの、そしてその森羅万象を通じて表現される粋――。対するソロのカウンターとしての軽さが、バンド活動の休止によって、カウンターではなく"メインストリーム"に躍り出てしまったのである。先の"光"と"影"の話でいえば、そのバランスが崩れ、"光"のみがクローズアップされてしまったという具合だ。影のない造形物は通り一遍であり、陰影による深みや広がりがない。

 

2021年リリースの『縦横無尽』には、Mr.Childrenの桜井和寿とのコラボレーション楽曲「東京協奏曲」が収められているが、そこで描かれる東京というのは、これまでとは全く違う東京であった。銀座の時計塔で両者が歌いあげるMVさながら、上から見下ろすような視点があり、そこには宮本がこれまでのキャリアで描いてきた地平から同じ温度感と距離感を持って表現(内在)する東京はそこにはなかった。また、コラボレーションの文脈も「獣ゆく細道」の頃とは大きく異なっている。エレファントカシマシの宮本浩次ではなく、ソロとして醸成された宮本浩次が歌っている——。当時の孤高の存在からの解放にみられた"途轍もない衝撃"は既にそこにはなかった。単なる数値ではあるが、その注目の度合いもYouTubeやストリーミングの再生回数の差をみれば歴然である。また、カバーに対する認識も大きく変化した。コロナ禍で自身のルーツを内省したカバーアルバム『ROMANCE』に引き続き、『縦横無尽』でも一曲「春なのに」のカバーが収められているが、前作で醸成された表現を基にしてはいるものの、選曲に必然性が感じられない。2008年リリースの『STARTING OVER』での「陰りゆく部屋」にはエレファントカシマシの屋号と宮本のルーツとが見事に絡み合い、『ROMANCE』の楽曲群は宮本個人の核となる部分が色濃く反映されていた。ところが――『縦横無尽』のカバーにはそうした文脈がないのである。ソロ楽曲、コラボレーション、そしてカバー――。これらは確かに新たなる境地を切り開いた、という見方もできるのかもしれないが、その表現はバンドの空白を補完しているかと問われれば、現時点そうとは言い切れない。そもそもバンド自体がツアーや新曲リリース等の活動をしていないのだから、バンドの飛躍の相乗効果も何も、言うにも及ばないだろう。

 

そんな中、2022年、エレファントカシマシが再び動き始めた。というよりも、ソロとしての活動が"完結"したといった方が良いのかもしれない。6月に開催されたツアーのフィナーレを飾る『縦横無尽完結編 on birthday』以後、ソロ活動はフェスへの出演一回のみであり、今後の行く末が気になっていた。ソロという名のロウソクは限りなく短くなりながらも、最後の灯りを全力で照らし続け、フッと消えたように、見えた・・・――。そんな中、スピッツの定例イベントである『有明サンセット 2022』に、エレファントカシマシとの出演が決定した。スピッツは宮本浩次ではなく、エレファンカシマシを呼んだ。そして彼らは、その期待に応える尖りに尖ったパフォーマンスを披露した。そして確信する。エレファントカシマシが、帰ってきたのだ、と。ところが――どうやら、ソロとしての旅路はまだまだ続くようである。2022年11月にリリースされる『秋の日に』は全曲カバーのEPであり、『ROMANCE』の続編的な立ち位置と言えよう。とはいえ、そもそも続編のようなものを出す必要があったのだろうか。ここで何度も書いてきたように『ROMANCE』はコロナ禍を通じた自身のルーツの内省であり、そこに切実さが見られた。では、今回はどうか――やはり、必然性がないように思えてならない。それ以上に、何かの外部からの働きかけがあったようにすら思えてしまう――。

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エレファントカシマシは、最後に曲を出してから4年半をかけ、そこに在り続けるバンドになった。筆者は『新春ライブ 2022』のライブレポートで、その様子を"富士に太陽"であると表した。ただ、この状態が続くことは同時に、彼らの屋号に苔がし始めるということでもある。このことは、エレファントカシマシから新たな楽曲がリリースされない限り、残念ながら免れない事実だろう。別段、楽曲が古びれてしまうだとか、時代遅れになってしまうだとか、そういった次元の話ではない。単純に4年半が経過したことによるいわば自然の摂理のようなものに近い。2023年は、バンドデビュー35年目を迎える。彼らの粋なるもの、ひいては東京なるものを再び獲得する旅に出るのは一体いつになるのだろうか。宮本は、転がり続ける、そしてエレファントカシマシは苔生してゆく、その時が来るまで――。

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