三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

矢沢、人の人生動かしてみせます――EIKICHI YAZAWA 50th ANNIVERSARY TOUR「MY WAY」ライブレポート

池袋西口のカラオケルーム、男は「黒く塗りつぶせ」を予約していた。曲が始まる。イントロのビートが、音の割れたスピーカーから流れる。男は矢沢永吉の歌い方を意識し、しゃがれ気味でシャウトをしながら歌う。曲が終わり、すぐさま次の曲が始まる「時間よ止まれ」。ところが、まったく声が出ない。疲弊した声帯の震えで生じた雑音のみが響いた。言うまでもなく、声がつぶれたのである。あの歌い方は、常人がなせる業には程遠かった。仕方なく男はカラオケルームを後にし、急ぎ足で新国立競技場へと向った。これは矢沢永吉の50周年ライブ〈EIKICHI YAZAWA 50th ANNIVERSARY TOUR「MY WAY」〉2日目のことである。

 

国立競技場駅を降り立つと、矢沢永吉のライブに行くと思われる格好の人を何人か見かけた。矢沢永吉の顔がプリントされたTシャツに、タオルを首に巻いている。筆者は会社の上司とその後輩と思われる2人組の後についていった。スーツ姿であったが聞こえてくる会話の内容が矢沢一色だったので、ライブに行くのだと一瞬で分かったのだった。開演の時間まで、あと25分。国立競技場の外の所々にはこれまでの矢沢永吉のライブの写真が載った垂れ幕が下がっている。午前中の雨は見事に止み、晴れ間まで見えている。「矢沢、持ってます」と言わんばかりの最高のコンディションである。入場ゲートで検温と身分確認を済ませ、会場内に入る。国立競技場は"階"ではなく"層"という言葉が使われていて、筆者の座席のある場所は最上の"3層"であった。"3層"直通のエスカレーターを使って、到着。前の国立競技場に行ったことはないのでああだこうだとは言えないが、新しいはずなのに全体的な造りにどこか"ハリボテ感"があった。無論、気のせいである。

 

座席へと続く細い通路を通ると、一気に会場が開けてきた。10万人が収容可能とのことで、ものすごい広さである。開演まであと5分、手拍子が響き渡っている。所々でウェーブができていて、その期待感が高まっていることが分かった。ところが、座席を見ても自分の座席の位置が書かれておらず、スタッフの女性に聞いてみた。すると、ちょっとした広い踊り場のようなスペースの奥のほうに案内された。その端の方には階段があり、そこを降りていくと座席があった。これは、所見だと絶対に分からない。というのも階段の手すりやその表示が全くないのだ。座席まで、通路という通路がなかったので、座席とフェンスの隙間を通って自分の席にたどり着いた。座席は狭く、隣の人の肩が触れるほどだった。上手の端っこの方で、スクリーンがギリギリ見える位置であった。会場は9割くらいが埋まっていただろうか。開演の時間を10分ほど過ぎたところで、BGMが鳴りやみ、スクリーンが消灯。いよいよライブのスタートである。夕暮れの空が天井に広がっていて、秋風が会場に吹き抜けてきていた。

 

バックステージの様子がスクリーンに映し出され、矢沢永吉がステージへと向かってきている様子が映っている。そして、ついに現れた。場所はかなり遠いが、肉眼でその姿を見ることができた。ホンモノの"矢沢"がそこにいる。いよいよ"ROCK 'N' ROLL SHOW"の始まりである。矢沢は
「ロックンロール!ロックンロールに感謝しようぜー!」
などと観客を繰り返し煽りながら、圧巻のパフォーマンスを繰り広げていく。思わず口から「カッコいい……」という言葉が漏れた。隣の席に座っている人は、親と娘のようで、もう一方の隣の方は夫婦とその息子で見に来ていたようだった。親から子へ脈々と受け継がれる"矢沢イズム"を感じた瞬間である。声援を上げられない分、観客は、拍手でそのすさまじいパッションに応えていく。

 

まさに50周年ライブにふさわしい"オール・タイム・ベスト"なセットリストが続く。昔の曲を、今演奏するのにはまた違った味わいがあって非常に良かった。矢沢はアップテンポなビート・ロックよりもむしろ、AORテイストのバラードの方こそが本領なのではないかと感じた。
「デビュー当時は、メロディの渋い曲作ってまして。その頃の曲、やります」
と言って披露された「バーボン人生」。どことなく「雨に唄えば」のようなミュージカル映画のようなテイストを感じる。ワイシャツにベスト姿でキメた矢沢は、曲の最後の方、タバコに火を付ける。国立競技場でタバコを吹かすのが似合うアーティストは、日本でおそらくこの男しかいない。「チャイナタウン」のあたりで風が吹いてきて、その歌声を心地よくたなびかせていく。何と美しいバラードなのだろうか。ピンク色の照明効果と夕暮れの空のコントラストもまた、楽曲を彩っていた。

 

矢沢は、
「いやー、サイコーの天気だね。こうなると夏も悪くないって思っちゃうよね」
と言っていたように、この日は猛暑日の前日から、10度も気温が下がっていた。ライブ中盤「黒く塗りつぶせ」が演奏される。この楽曲は2009年、矢沢の還暦ライブのときに、同曲でザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトと真島昌利、そして氷室京介がゲストとして出演していたため、もしかしたらゲストが登場するのではないかという淡い期待があった。1番、2番をそのまま歌い間奏、矢沢がMCをし始めた。
「昨日、矢沢の50周年、MISIA来てくれました。同じお金払ってんのにさ、今日ゲスト来なかったらマズいよね――」
淡い期待は、現実になろうとしていた。今回のライブは一体誰が来るのだろうか――。

 

「矢沢の50周年、俺たちに祝わせてください、つって来てくれました。紹介します。B'z、松本、稲葉!」
2日目のゲストはなんと、B'zであった。会場からは思わず歓声が漏れた。「黒く塗りつぶせ」のイントロが松本によって弾かれる。すると会場からはどよめきが起こった。立て続けに稲葉が歌い始める。会場のボルテージはたちまち最高潮になる。その声質は矢沢と全く違っていて、ハイノートのつんざくような歌声であった。一節歌っただけで、完全にB'zカラーに染め上げていたのに驚いた。稲葉はアレンジしながらシャウトをし、時にはコーラスをしていく。そこに矢沢のドスの効いた太い歌声が入り込んでいく。主張の強い両者の歌声ではあるが、不思議とマッチしていた。矢沢が、
「もう一曲やります」
と言って続けざまに披露されたのは、キャロル時代の往年の名曲、「ファンキー・モンキー・ベイビー」。まさに、1ポンドの和牛サーロインステーキと旅館で出されるような刺身の船盛が一緒に出てきたようなものである。なんと豪華でハイカロリーなステージだろうか。

 

この日特に印象的だったのは、ライブ終盤に演奏された「いつの日か」であった。何か、矢沢自身の人生を懸けて歌っているような、そんな凄まじさを感じた。人生の折り返し地点を過ぎ、先はそこまで長くはない――。矢沢は、まだまだ元気にパフォーマンスを続けているが、今この瞬間のライブが最後だのライブと思ってやっているような、そういう鬼気迫るものがあったのだ。この曲が披露されているとき図らずも、自分の人生の最後についても考えた。人生には、必ず終わりが来る。その瞬間というのはどういうものなのだろうか――。矢沢通じて、人生を想う――。それは、矢沢から滲み出る生き様と歌の力がなせる唯一無二の業であった。2時間以上にもわたるパフォーマンス、あまりにも最高な"ROCK 'N' ROLL SHOW"であった。矢沢は「年齢を感じさせない」というよりも、「年齢を受け入れ、それを全てさらけ出したうえで最大限のパフォーマンスをしようとしている」ように思えた。そんな、ありのままの姿が、多くの人々を熱狂させ続けるのだと確信した。

 

国立競技場の帰り道、千駄ヶ谷駅に向かうまでの道のりでタオルを首にかけた比較的ライトな恰好から、オールバックリーゼントのスタイルの中年男性、そして極めつけは、全身白スーツに帽子という、いわば矢沢観戦スタイルの"正装"のような出で立ちをした人まで、様々な人がいた。キャロル、あるいは矢沢永吉に一生を捧げた男たちのいわば決意表明のようなものである。日常空間では到底あり得ない、"矢沢メタバース"の中にいるような光景であった。その中には、50代、あるいは60代、会社においてはある程度の地位や役職についているであろう人たちも散見された。そんな人たちが、人目をはばからず、そうした格好をしていることに一抹の感動を覚えた。知らぬ間に筆者の歩き方も、"矢沢ステップ"になっていた――。
「矢沢、人の人生動かしてみせます。ヨロシク!」