1. Billie Eilish - WHERE DO WE GO WHEN WE WERE SLEEP?
本作はベース、ドラム・ビート、そしてボーカルという音数の少ないシンプルな構成の中にも、「bad guy」が象徴しているように、低音が強調された楽曲が並ぶ。リリックもダークで破滅的。そんな、1990年代のインダストリアル・シーンと直結するようなスタイルに纏うファッションは、蛍光色を基調とした派手なものが多い。そして、体のシルエットをなるだけ見せないようにダボついている。それは、女性を"性的"なものとして消費されてきたというものへのアンチテーゼのようにも思える。女性らしさや、"人はこうあるべき"といった考え方のに対して、もう一度疑問を投げかけ、性別のくくりを取り払った一個人としての表現に徹するということ。〈コーチェラ・フェス 2019〉でのパフォーマンスが同世代の若者を熱狂させていたのは、その時代性を象徴しているかのようだった。今後の音楽シーンの分岐点となるような作品であることは間違いない。
Billie Eilish - all the good girls go to hell
2. Tash Sultana - Flow State
タッシュ・スルタナは、オーストラリア出身の若干23歳のシンガーソングライター。その作曲スタイルは一人で様々な楽器を使いこなし、ルーパーで重ね撮りしながら作るという。さて、本作であるが、ドラム・ビートに、落ち着いたクリーン・サウンドのギターとハスキーな彼女の歌声が柔らかく乗せられる。一聴するとアンビエントなリラクゼーション、を促すような作品のような体裁を持っているが、そこにアクセント的に歪んだギターが入り込む。そして、そのギターの音はジミ・ヘンドリックスであったり、ジョン・フルシアンテのような枯れ、オーセンティックなものだった。一人で全て完結させてしまうという、DIY的でチル・ビート的な曲づくりの中に、そうした人間味のある、ギター・サウンドを乗せる。人間的な部分と、機械的な部分の共存。また、ギターをバンド・サウンドの中の一部としてではなく、純粋な道具として際立たせるという点でも、2019年を象徴するような作品であるように思える。
Tash Sultana - Big Smoke
3. Slipknot - We Are Not Your Kind
Slipknot、5年振りとなる新作『We Are Not Your Kind』。今作でも核となっているのは、"怒り"である。これまでも、バンド・メンバーの死や脱退などを"怒り"として、楽曲に昇華させてきた彼らであるが、今作は少しばかり違う。サウンドは、負の感情がコントロールされ、特に、ドラムやギターの高音域は抑えられ、ギター・リフもシンプルになっている。それは、楽曲を構成している四角い箱から一切はみ出ることなく、きっちりとその枠内で感情をぶつけているかのようであった。ただ、これだけでは2019年のベストとして選ぶにはあまりにも弱い。彼らの場合はその周りの状況が、この作品を選ばせた。ポスト・マローンを筆頭とするエモ・ラップ、さらにはビリー・アイリッシュというインダストリアルを踏襲する音楽が席巻する昨今の音楽シーン。さらには、2019年を取り巻いた様々な社会の"怒り"。そこにぴったりと彼らの音楽が当てはまったということなのである。
Slipknot - Nero Forte
4. Bring Me The Horizon - Amo
今作を"ポップに媚びすぎている"ととるか、"音楽的な挑戦作"ととるか。無論、彼らはその評価の両方を待ち望んでいたはずである——。その作風は『Sepiternal』(2013)以降、エモーショナルなポップ/エレクトロ路線を推し進め、今作はメタルやハードコアという枠組みにとらわれず、ジャンルを軽やかに横断したその集大成のようなものとなった。2010年代のロックは、ある意味冬の時代。そこでバンドが撮った手法は、従来的なロックの枠組みの再構成であった。彼らが生き残るためには、ギターやバンドの在り方、更には構成に至るまですべてを転換する必要があった。Bring Me The Horizonもまたその一塊である。しかしながら彼らはあくまで、俯瞰的にシーンを見ていた。12月末に突然リリースされた、EPはもはやメタルでも、バンドサウンドですらなく、環境音楽に近いもの。まるで批評家を嘲笑しているかのようだった。そんなスタンスを含め今作は、現在のロックの在り方を体現したといえるのではないだろうか。
Bring Me The Horizon - Medicine
Beck - Hyperspace
グラミー賞も獲得した『Colors』(2017)以降、2年ぶりの作品。洗練され、粒のそろったバンド・サウンドが炸裂した前作から一転、楽曲を構成するのはシンセサイザーを主体とした浮遊感のあるサウンドだった。そこに、ローの効いたドラム・ビートやスライドギターが随所に入り込む。この、前作を一切顧みないといった感じのふり幅こそ、ベックの真骨頂であるといえるだろう。ただ相も変わらず、そのメロディーやシンプルな音数の中には、これまでのようにサンプリング的なサウンドが遊び心たっぷりに入れられる。聴いたとたん、陽が沈みかけているマジック・アワーの、美しい青紫と橙のグラデーションの色が広がった異世界へといざなってくれるような、SF的な美しさを持った作品である。キャリアとしては、盤石の領域に差し掛かってきたベックであるが、その止まない探究心、そして実験的な試みには、脱帽せざるを得ない。
Beck - Dark Places