三浦日記

音楽ライターの三浦智文が、日記のようにつらつらと書いていくブログ

「ラスト・ゲーム」に登場する文豪"永井荷風"について―エレ歌詞論考Ⅰ

キリスト偉い孔子も偉い 俺はいったいなんだ?
言い訳じゃなく誤魔化しでもないラスト・ゲーム 勝負したいよ
つべこべ言うな! いわば毎日がラスト・ゲーム 勝負しなよ
俺は歌手ならば歌えよラスト・ゲーム 勝負しなよ

そう俺は芸術家 昔の永井荷風のように日々を歌え 何はなくとも
そうここじゃ見得をはることはない 胸の中に力を流せ 感じているだろう? ラスト・ゲーム

言い訳じゃない誤魔化しでもないラスト・ゲーム 勝負しなよ
リアルな日々にでもどこかしらカッコイイ勝負をしなよ

上に引用したのは、エレファントカシマシ14枚目となるアルバム『俺の道』に収録されている「ラスト・ゲーム」の歌詞。太字で表したように、この曲には*1永井荷風という文豪の人名が登場する。しかしながらそれは、一聴して分かるようなものではなく、歌詞を見るまで分からないといった具合に、その意味についてよりも、音に対する親和性の方が高いように感じる。それはなぜだったのか。まずは、前後の文脈とともに見ていきたい。

 

冒頭、"キリスト"や"孔子"という名詞が提示された後に、自分自身に対する問答へと続く。次の節では、この曲の主題ともいえる"ラスト・ゲーム"が登場し、その自覚から勝負へとつながっていく。いわゆるAメロの部分はこの反復であるが、サビの部分(ちなみに、この曲にはBメロなるものは存在しない)にさしかかると一転、この永井荷風の一節、

そう俺は芸術家 昔の永井荷風のように日々を歌え 何はなくとも

という部分が突然登場する。〈そう俺は芸術家〉という部分は、Aメロから感化された後に、ふと我に返ったような印象を受けるが、そこから滑らかに永井荷風へとつながるかといえば、そうではない。たしかに冒頭部分でもキリストや孔子が登場しているが、主題はあくまで"ラスト・ゲームの自覚、そこへの勝負"である。

 

また、直前部分の形容としても不完全である。何かを形容するときというのは、前の文の名詞・代名詞を対象にし、〇〇(名詞・代名詞)は〇〇のように〇〇だ(太字部分が形容)という構文になる。たとえば「あなたの文章は、永井荷風のように軽やかだ(この、太字部分が重要でもある)」という具合だ。「ラスト・ゲーム」では、〈何はなくとも〉の倒置を普通に戻すと、「何はなくとも、昔の永井荷風のように日々を歌え」という風に解釈できる。そして、その主体は直前の芸術家である俺であるとすれば、「芸術家の俺よ、何はなくとも昔の永井荷風のように日々を歌え」ということになる。すると、形容が不完全になっていることがお分かりではないだろうか。つまり、永井荷風のように"〇〇な"日々の、"〇〇な"のもっとも重要な部分が、欠落してしまっているのだ。このままだと、仮にも永井荷風を文筆家だと知らない人間がみたら、永井荷風があたかも音楽家のような印象を受けてしまう。ここに関しては、永井荷風が文章を書く様を歌うという表現にした、という捉え方もできるが、この場合はやはり、"綴れ(つづれ)"や"紡げ(つむげ)"などにした方がスムーズにつながる。

 

永井荷風を、"かつての永井荷風"ではなく"昔の永井荷風"としている部分にも注目しておきたい。"昔の"といえば、今昔という言葉があるように今との対比のニュアンスが強い。昔の永井荷風がいるのなら、今の永井荷風がいなければいけないという話になってくる。ただ、この世の中には誰一人として同じ人物、クローンは存在しないために、そういう使われ方はまずされないだろう。そのため人名の場合には(たとえば、○○代目中村勘三郎などはまた違ってくると思うが)、"かつての文豪○○"や、"かの文豪○○"などといった使い方はするが、"昔の"という修飾語はあまり用いられないのが普通である。

 

以上で日本語的な指摘をしてきたが、一番初めの話に戻すと、筆者はこの楽曲の歌詞カードを見るまでこの永井荷風という部分に気が付かなかったと書いた。では、どのように聴いたのかというと、"長い歌風"であった。少々シャレのようにも聴こえてしまうかもしれないが、先ほどの指摘を、"長い歌風"という言葉に置き換えると、全く不都合な点がない。「芸術家の俺よ、何はなくとも昔の長い歌風のように日々を歌え」(説明の分かりやすさから、解釈した方の文)とした場合、形容の構文的な問題も"歌風(歌のよみぶり)"、つまりは歌として形容されているために、"歌え"にいくぶん滑らかにつながる。"昔の"という部分に関しても、歌というものに関しては『今昔物語集』という作品があるように、現在と過去との対比で使われることもあるために、すんなりと理解ができるのではないだろうか。

 

"長い歌風"と聴こえた理由は他にもある。というのも、宮本は人名を呼ぶときのように、「ナガイ(、)カフウ」と一息、あるいは苗字と名前のところで一呼吸置くのではなく、「ナ、ガイ、カ、フウ」と人名的な切り方をして歌っていない。これはメロディーや拍子による制約がもたらしたものであろうが、それによって、日本語がまずは音として入ってきて、フラットな状態から意味が構築されていくという思考の順序になる。すると、日本語的なつながり(文脈)、さらには日常的な日本語の使われ方の方が優先されるために、"永井荷風"ではなく、"長い歌風"という風に意味が構築されていくことになるのだ。

 

ここまでくると、「ラスト・ゲーム」を永井荷風が引用されたということだけで、"文学的な楽曲"と言われてしまうことに関しては、非常に懐疑的になってくる。というのも、その内容を見てみると、ただただ名前だけが使われているというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。この楽曲に関して言えば、永井荷風は"意味"ではなく、純粋な"音"なのである。ここに、エレファントカシマシは文学的だ、という短絡的な形容に疑問を投げかけ、筆を置くことにしたい。

 

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*1:小説家。本名,壮吉。別号,断腸亭主人ほか。 1899年東京高商付属学校清語科中退。広津柳浪の門に入り『地獄の花』 (1902) などでゾライズムの紹介を試みた。 1903年にアメリカ,次いでフランスに渡り 08年に帰国。『あめりか物語』 (08) で文名をあげ,09年『ふらんす物語』『深川の唄』『すみだ川』『冷笑』などを発表,独自の文明批評と耽美享楽の作風で反自然主義の代表作家として重きをなした。東京の形骸化した文明への嫌悪,大逆事件 (10~11) の衝撃などで江戸趣味を強め,花柳界を描いた『腕くらべ』 (16~17) ,『おかめ笹』 (18) などを発表。『つゆのあとさき』 (31) ,『濹東綺譚 (ぼくとうきたん) 』など風俗描写にも才筆を示した。第2次世界大戦中は沈黙したが,戦後,その間ひそかに書きためた『浮沈』『踊子』『勲章』『来訪者』や 17年以来の日記『断腸亭日乗』を発表。 52年文化勲章受章。『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』より